【今週はこれを読め! SF編】SF読者が待ちわびた第一短篇集〜理山貞二『すべての夢、果てる地で』
文=牧眞司
理山貞二は、第三回創元SF短編賞を受賞した「〈すべての夢│果てる地で〉」で、2012年にデビュー。本書はこの受賞作を含む短篇集だ。六篇を収録している。
書名は『すべての夢、果てる地で』だが、作品そのものは「〈すべての夢│果てる地で〉」だ。ずいぶんと変わったタイトルだが、これは物理学者ポール・ディラックが提案した量子方程式の記法である。中央の"│"で隔てられている、右側の量子状態が、左側の世界へと遷移する確率を示す。物語の主人公は記憶を失った男K。彼は、フェルミ粒子で構成された変幻自在の霧のような自律機械、三匹のフォッグからの依頼を受けて、情報技術やネットワークがらみのキナ臭い案件をこなしているらしい。「らしい」というのは、経緯の説明なしに、アクションシーンから開幕するからだ。ウィリアム・ギブスンばりのサイバーパンクである。
しかし、奇妙なのはKが受けとる報酬である。それは物語----フォッグたちがいかに創られたかについての真実の物語----なのだ。この段に来て、この作品は語ることを主題とするメタフィクション、あるいはグレッグ・イーガンを彷彿とさせるメタフィジカルなSFへと転調する。
凄まじいのは、創作的営為としての想像と、観測によって世界が決定する量子力学問題とが、一体の事象として結びついてしまう展開だ。この仮説に絡めて、古今東西のSFが参照されるところも楽しい。たとえば、三匹のフォッグは、〈問いのアーサー〉〈解のアイザック〉〈過程のボブ〉と名づけられているのだが、SF読者にとってはこれが何に由来するかは一目瞭然だろう。エンディングには、とっておきのサプライズが用意されている。
この短篇集の冒頭を飾る「折り紙衛星の伝説」は、金星を無着陸で探査するために、折り畳み式のグライダーがつくられる。イメージ豊かな小品。
「四元数の悪魔」は、複素数を拡張した数体系である四元数を題材に、異次元から来た怪物を出現させる。数学ホラーというのは珍しい。
「ディセロス」は、火星近傍の宇宙船〈アントリア〉内で起こった殺人事件をめぐるSFミステリ。被害者は五分後の未来が視えるデバイスを備えており、殺されてそれが奪われた。しかし、そんなデバイスがあったのに、襲われることが予測できなかったのか? 疑心暗鬼のなか、宇宙船外部からの脅威(火星で台頭したヒト至上主義者との戦闘)と、殺人事件の捜査とが同時進行で描かれる。
「キャプテン・セニョール・ビッグマウス」は、凝ったSF設定と軽快な語り口が読みどころ。十年前に起きた大英博物館における奇妙なテロ行為では、侵蝕性ナノマシン爆弾が用いられた結果、数百名の死傷者が出て、収蔵品の大半が灰色の塊に変わってしまった。イズミはテロに巻きこまれ、肉体再生とリハビリを経てようやく生活に復帰したばかり。彼女がこの物語の探偵役である。そして、いま世界各地で、ピラミッドの石、年代物のワイン、アンティキティラ島の機械......といった重要文化財の盗難が連続していた。十年前のテロと、現在起きている盗難事件。両者の結びつきを追ううち、背景にある宇宙的規模の珍事が浮き彫りになる。巻末解説で堀晃氏が指摘されているように、夥しいアイデアが繰りだされる、見事なワイドスクリーンバロックだ。
最後に収録された「黒い星の伝説」は、この短篇集のための書き下ろし。「ディセロス」の後日談、あるいはリトールドである。宇宙船〈アントリア〉にいた祖母の話を、その孫であり、いまカリストで暮らすスヴェンが、移民の子どもたちへと語って聞かせているのだ。寓話風のアレンジが加えられているのを別にしても、「ディセロス」とぴったり重なりあわないところがある。語りつがれる物語にはいくつものヴァージョンが派生するのだとも言えるし、実は「ディセロス」では語られなかった断片があり、それを嵌めあわせることで別な絵図が見えてくるのだと解釈することもできる。いずれにせよ、一筋縄ではいかない作品だ。
(牧眞司)


