原型は『ラブライブ!』二次創作。異色のSF作家・草野原々、早川書房から同社史上初の電子書籍デビュー!

文=大森望

 先ごろ発表された第4回ハヤカワSFコンテストの受賞作は、大賞が該当作なし、優秀賞が吉田エン『世界の終わりの壁際で』と黒石迩守『ヒュレーの海』。両者はともに11月22日にハヤカワ文庫JAから刊行されたが、それと同時に電子書籍オリジナルで刊行されたのが、特別賞を受賞した草野原々の中篇『最後にして最初のアイドル』。

 タイトルからわかるとおり、オラフ・ステープルドンの『最後にして最初の人類』(および『スターメイカー』)を下敷きにしたアイドル小説。
 原型になったのは『ラブライブ!』二次創作小説「最後にして最初の矢澤」だというが、SFとして高く評価された。小川一水の選評にいわく、

「現代日本のアイドルを目指して死んだ少女みかが、グロテスクな怪物になって復活し、時空の果てる先までアイドル活動を続ける。美少女が聖なる怪物と化す話は昔からあるが、その人生を地球環境の崩壊や壮大な宇宙進出と一体化させて、とことんまで描いたこの話は、まぎれもなく今回のどの作品よりSFだった」

 東浩紀もこれに最高点をつけ、「いわゆるバカSFだが、文章のテンポがよく楽しく読ませる。宇宙論やニューラルネットなどの設定も魅力的で、巷のアイドル論への痛烈な皮肉も効き、多才を感じさせる」と絶賛している。

 一方、神林長平は、そもそも小説になっていない(大意)と批判し、「正直、本作が最終選考の羽にあるのはなにかの間違いではないかとぼくは思った」と手厳しい。

 実際に読んでみると、絶賛できる部分もある一方、(この分量の中篇としては)同人誌ノリが過ぎる面も。
 とはいえ、「ラブライブ!」とステープルドンのマッシュアップというのは、ネタ的には最強。

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 著者の草野原々(くさの・げんげん)は、1990年、広島県東広島市生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。SFマガジン12月号掲載のメールインタビュー(https://cakes.mu/posts/14583)によれば、

 クリーチャー造形では、『キャッチワールド』『地球の長い午後』『フューチャー・イズ・ワイルド』『マン・アフター・マン』『皆勤の徒』などを参考にしている。もしも拙作がコミカライズされたり、アニメ化することがあったとすれば酉島伝法さんにクリーチャー原案を頼みたい。哲学分野においては、デイヴィッド・チャーマーズの『意識する心』をヒントにしている。

 とのこと。最後に読者へのメッセージをと乞われて、草野原々いわく、

 わたしは専業SF作家にならなければならない。他に道はない!! 親にそう言ったら、三十歳(二〇二〇年)までに年収百万円を達成できれば良いが、ダメであれば就職せよ! と指令が下った! 精神が非常に弱いわたしが就職すれば、精神状況が悪化してSFが書けなくなるだろう。SF界はこの悲劇に一丸となって立ち向かわねばならない!

 SF系新人賞を受賞した短篇を独立した電子書籍版としてリリースする試みでは、東京創元社の創元SF短編賞が先行する。伝え聞くところによると、2015年の同賞受賞作、宮澤伊織「神々の歩法」は、7000ダウンロード以上を記録し、東京創元社の電子書籍で最大のヒットになっているらしい。
 はたしてこの記録を越えて、年収100万円の壁を突破できるか。新人SF作家・草野原々の今後に注目。

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