【今週はこれを読め! ミステリー編】物理の北山、ここにあり!『「石球城」殺人事件』が凄い
文=杉江松恋
物理の北山、ここにあり。
北山猛邦『「石球城」殺人事件』(講談社)は、同月に発売された辻村深月『ファイア・ドーム』(小学館)と2026年度の各種ミステリー・ランキング上位を争うことになるだろう。原書房の本格ミステリ・ベスト10に関しては、この作品で決まりかもしれない。これから秋口にかけて強力な作品の刊行予定が目白押しなので、確定ではないのだけれど。
それより物理の北山、物理の北山である。
第24回メフィスト賞を受賞した2002年のデビュー作、『「クロック城」殺人事件』(以下、いずれも講談社文庫)は事件現場として描かれる建築物の奇抜さだけではなく、文明終焉後を思わせる静謐な世界の描き方にも特徴があった。以降、2002年の『「瑠璃城」殺人事件』、2003年の『「アリス・ミラー城」殺人事件』、2005年の『「ギロチン城」殺人事件』と題名に〈城〉を配した作品が続いた。そこで一旦休止された後、2025年から20年ぶりに『メフィスト』誌上で連載が始まり、このたび単行本が刊行された。
奇抜な建築物と特殊な世界が特徴ではあるものの、『「クロック城」殺人事件』でミステリー・ファンが最も感心させられたのは別のことであった。物理トリックである。どんなに世界の形が変わっても物理法則は不変のものとしてある。それに忠実に、それのみを用いて北山はミステリーの物語を構築していたのだ。初めて出会うような物語世界、しかし中身は物理トリックを軸とした、実に正統的な謎解き小説。それが『「クロック城」殺人事件』であった。
『「石球城」殺人事件』はデビュー作を、あるいは『少年検閲官』シリーズ(東京創元社)を思わせる最果ての世界で繰り広げられる物語だ。文明の灯が消えかかっていることが、冒頭数ページの描写からも察せられる。視点人物の〈僕〉ことルーサは、わずかな食糧を巡るいさかいから氷原で殺されかけ、傷を負って意識を失う。目を覚ましたとき、彼は暖かいベッドの中にいた。助けてくれたのは同じくらいの年頃の、ロメリアという少年だ。三日前に、街の中にある泉のほとりでルーサが倒れているのを発見したのだという。穏やかに語るロメリアだが、この事実は彼を大いに驚愕させていた。
何が驚きなのかが次第にわかってくる。この地は石球城と呼ばれている場所だ。名称の由来はそこかしこに大小さまざまな石の球が転がっているからで、屋外だけではなく室内にも存在する。円形の街の中央に城が聳え立っており、この地を統治する〈九人の夜の王〉がそこに住んでいる。街の外周には十三の灯台が並んでおり、結晶髑髏から生み出される光が闇を切り裂く。この施設を守るのは十三人の〈灯台守の巫女〉だ。灯台と灯台の間は高い壁によって塞がれており、外界に通じる門はない。そう、ないのである。
ロメリアはルーサに問う。君は一体どうやって、この閉ざされた場所に足を踏み入れることができたんだ、と。
全体を貫く最も大きな謎がこれである。次いで、事件が起きる。灯台守の巫女の一人が殺害されたのだ。事件現場は彼女が護る灯台の中であった。塔の上階にある灯室に、首を斬られ、持ち去られた無惨な姿で死体は横たわっていた。塔内に入るための扉には内側から鍵が掛けられており、それ以外に開口部は最上階にしかない。当たり前に考えれば犯人がそこから出入りできたはずはない。つまり、灯台は密室状態にあったのだ。
この事件を皮切りに、十三人の巫女たちが次々に殺害されていくのである。首無し死体の出現があまりに速く、流れ落ちる瀑布のような勢いに圧倒されてしまう。現場の状況は毎回異なる。ということは、もし十三の殺人事件が起きるとすれば、十三の密室トリックが成立するということだ。その推理も十三である。そういう趣向なのか、と気づいたときには作者の大胆さに眩暈のする思いがした。前作にあたる2025年の連作短篇集『神の光』(東京創元社)で北川は、収録作5篇全てで建築・巨大構造物の消失トリックを描くという試みに挑戦した。建物一つを消すだけでも大変なのに、五つとなったら並大抵の苦労では収まらない。いや、五つでも凄いのに、今度は十三か。昨今のミステリーは、過去の作品では考えられなかったほどのアイデア量を詰め込むのが水準維持のためのお約束になりつつあるのだが、それにしても十三の密室トリックというのは凄い、破格である。この時点でもう、何をされてもいいです北川さん、という気持ちになっている。
ルーサとロメリアは、自分たちの手で犯人を突き止め、悲劇を終わらせようとする。〈九人の夜の王〉によってルーサが容疑者として告発されそうになった、という事情もあるが、もっと重要な動機が彼らの行動には存在する。灯台を守る巫女が命を落とせば、結晶髑髏は光を失う。十三の髑髏から輝きが奪われたとき、街は暗闇に沈むことになるのである。すなわち世界の終わりだ。
この、結晶髑髏を巡る謎がもう一つの柱となる。結晶髑髏によって生み出される光によって照らされる街は、なぜ暗闇に包まれているのか。街にはおよそ100人の住民がいるが、彼ら全体を危うくするような行為を、なぜ犯人は重ねているのか。この行動原理も、結晶髑髏から始まる謎を論理的に解明することによって、芋蔓式に理解できるように設計されている。
私には、この小説自体が北山にとってのミステリーに対する恋文であるように感じられた。灯台と壁によって形成された街の姿を見てルーサは「閉ざされた円環(クローズド・サークル)」であると考える。ミステリー用語においてこれは、外界から隔絶された場所で事件が起きる設定のことを指す。必然的に登場人物が限定されることから犯人当ての趣向が高まるほか、次に誰が殺害されるかわからないという極限状態がスリルを生むという効果もある。北川がデビュー作『「クロック城」殺人事件』において終末世界を舞台にしたのも、クローズド・サークルを出現させるだけではなく、全体のシンボルとしてそれを置くことが目的だったのではないか。『「石球城」殺人事件』では、壁の外が存在しないという世界設定がはっきり宣言されており、象徴性はより純粋なものになっている。
謎解きが進んでいく中で、読者はあることに気づくだろう。ここで描かれる密室の数々は、ただ漫然と並べられているだけではなく、ある意図をもって配置されている。ミステリーとは先人の生み出した着想を後続が引き継ぎ、より発展させることによって歴史が紡がれてきたジャンルである。そうしたミステリーの体系を思わせる作品に『「石球城」殺人事件』はなっている。小説を構成するのは、先人によって使用ルールが定められた部品であり、技術である。北山は得意とする物理トリックを選択し、一つもルールから逸脱することなくこの驚くべき巨塔を創り上げている。ミステリーの系譜に自身が連なることに対して上げている喜びの声が、行間から聞こえてくるようだ。
ここまで書いてこなかったが、ルーサとロメリアは、ある目的によって心が結ばれる。目的というか、夢というか。それが叶うのかどうかということも、物語の大きな関心事になる。大団円の光景は読者の胸に迫るだろう。そこに辿り着けたことへの感慨が、いつまでも記憶に残るはずだ。
(杉江松恋)






