【今週はこれを読め! ミステリー編】驚きと余韻を残す犯罪小説〜辻堂ゆめ『残火』
文=杉江松恋
AでなければB、表でなければ裏。
そういった二者択一の思考には常に陥穽がある。ミステリーというジャンルは、その落とし穴の存在を巧みに見抜き、あるいは作者が自ら仕掛けることで読者に驚きを与える。
辻堂ゆめ『残火』(東京創元社)を読んで、しっかりその驚きを味わった。これは気づけるはずだったのに、という一抹の悔しさと共に味わった。
冒頭で描かれるのは何者かの独白だ。過去に見た花火の記憶を語っているその人物は、どうやら刑事に向けて語りかけているらしく、何かの事件の関係者であることが判明する。それがプロローグにあたる部分で、以降は九月二十一日から始まる日付に沿った形で叙述が行われていく。本書には複数の視点人物が登場する。最初に出てくるのが安野瑞貴という人物だ。彼が受けた単発バイトは、車に複数の人間を乗せ、指定された家まで送り届けるというものだった。在宅で家族の介護を開始するという依頼人が、それに関連する業種の人々に集まってもらい、対象の家を見てもらいたいというのだった。三人の関係者をかき集め、目的地に着いたのは深夜だった。目指す家のシアタールームに安野を含む四人が入ると、意外なことが起きる。外側から施錠され、出られなくなってしまったのだ。壁の液晶モニターに「皆殺しにしてやる」という文字が映し出された。
次の章は九月二十三日、森垣里穂子という警察官が視点人物になる。森垣は東京都の高尾署に移動してきたばかりだ。家族が仕事に行ったまま帰ってこないという相談が持ち込まれた。それも三組ほぼ同時だ。届を受理するための手続きをしながら森垣は、行方不明者がみな〈TOWA〉という被害者遺族の会に属していることを知る。
その事件が起きたのは十四年前のことだった。八王子市内にあった産婦人科クリニックで放火事件が起き、結果として五人の死傷者が出たのである。その火災によって配偶者などの家族を喪った人々がまとめて行方不明になったというのだ。ここから過去の事件との関係を前提とした捜査小説のパートが始まる。
二日間先行する、地下に閉じ込められた安野側の視点では、脱出の試みが描かれていく。それと並行して明らかにされるのは、犯人の動機らしいものである。〈TOWA〉に属する三人に害を為そうと考える人物がいるとしたら、大森潤だという。大森はすでに逮捕されて獄死した、放火殺人犯の息子なのだ。視点人物が切り替わると、あっさりとその大森潤、改姓して湊川潤は、あっさりと森垣たちに逮捕される。潤の父親が過去の事件で逮捕されて無期懲役の判決受けた大森千彦という元医師であったこと、放火したのが自らの経営するクリニックであったこと、などがこのあたりまでで判明する。冒頭に紹介したよくわからない花火の語りは、高尾署に連行された潤のものなのである。
森垣は、警視庁捜査一課からやってきた羽山圭司という警部補と再会する。森垣は蒲田署から武蔵野署を経て高尾にやって来た。その蒲田署時代に羽山が扱った事件に非公式な形で捜査協力をしたことがあったのだ。2021年に刊行された『トリカゴ』(創元推理文庫)で、その顛末は語られている。
『トリカゴ』は、辻堂がミステリー作家としての高い技量を有していることを示した記念碑的な作品だった。ある事件が起き、関係者の中に無戸籍者がいることが判明する。蒲田署強行犯係に属する刑事だった森垣は、その無戸籍者たちが隠れるようにして住んでいる〈ユートピア〉というコミュニティに接近するのである。そうやって社会の外側で暮らさざるをえなかった人々を思いやる森垣の気持ちは、刑事としての自分と必ずしも一致しない。事件捜査を進めていけば、〈ユートピア〉は崩壊してしまうかもしれないのだ。
『トリカゴ』は、深刻な問題をエンタテインメントの中で見事に処理した、いわゆる社会派ミステリーとして優れていただけではなく、謎解きの醍醐味を存分に味わわせてくれる犯人当て小説としても秀逸であった。ミステリーは小説だから、テーマだけで光り輝くことはできない。謎とそれを解明するための論理が人間ドラマの展開を伴って綴られる物語性があってこそ、読者の心を動かす作品になりうるのである。そのことを熟知した作品で、第24回大藪春彦賞も授与されている。
その続篇にあたるのが『残火』なのである。今回の物語は『トリカゴ』よりも単純な構成だ。一方で安野を視点人物とした脱出劇のスリルがあり、もう一方で森垣側の捜査小説の展開がある。早々に実行犯である湊川潤は逮捕されているのだが、それだけでは事件は解決から程遠い。加害者の家族であった彼が被害者遺族を誘拐したのはなぜなのか。単独犯であるのか、それとも背後に誰かがいるのか。誘拐の果てに何を目論んでいるのか。〈TOWA〉の面々に危害が加えられる可能性はないのか。ページが進んでいってもこれらの謎は一向に解消されず、事態は混迷の度合いを深めていく。
重要な事実については決して口を開こうとしない湊川潤の真意を確かめるためには、過去にも遡って推理をしていくしかない。こうして湊川潤という人物の立体的な肖像画が描かれていくことになるのだ。ここに作家の力量が発揮されており、最終的に判明する人物像が絵空事のようなものであったら、拍子抜けがしてしまう。十分にその心理を伝えるものとして完成させられる人物洞察と描写の能力があって、初めて書き得る作品である。
そうした警察小説、あるいはスリラーの要素だけでも十分に読み応えのある作品なのだが、辻堂はそれだけで終わらせず、中盤以降にミステリーとしてのさらなる趣向を準備している。森垣をはじめとする登場人物と、彼らの目を通して作品内で描かれた出来事を見ている読者は、それによって頭の中に論理的な解釈を作り上げている。だが、見たものがそのまま真実だとは限らず、ある一点に注意して考えれば、もしかすると別の視点が成立するのかもしれない。ミステリーのどんでん返しとはそうやって仕掛けられるものだが、本作でもどこかで決定的な瞬間が訪れる。
本作が優れているのは、事件の真相解明だけで終わらせず、すべてがわかったときに登場人物たちの間に何があったのか、という関係性に焦点が当てられ、それによって強い感慨が沸き起こるように設計されている点ではないかと思う。こうした技巧に長けていたのが東野圭吾で、直木賞を受賞した代表作『容疑者χの献身』(文春文庫)や、長い期間の因縁譚である『流星の絆』(講談社文庫)といった作品では、その人間ドラマもまた読みどころになっていた。事件の謎と人間の心が持つ見えない部分の秘密とが共に立ち上がってきて読者に迫るのだ。そうした作品として『残火』は読むことができる。幕切れには忘じがたい余韻が残った。見事な犯罪小説である。
(杉江松恋)




