
作家の読書道 第224回:伊与原新さん
2019年に『月まで三キロ』で新田次郎文学賞、静岡書店大賞、未来屋小説大賞を受賞した伊与原新さん。地球惑星科学を専攻して研究者になった伊与原さんが読んできた本とは、ある日小説を書きはじめたきっかけとは。エンタメから分かりやすい理系の本まで、幅広い読書遍歴を語ってくださいました。
その2「ミステリーを知った漫画、物理に目覚めた本」 (2/7)
――小学生時代に、ほかにどんな本を読みましたか。
伊与原:中学年くらいになると分厚い本を読んだほうが格好いい気がして、分厚いというだけの理由で『西遊記』を読みました。子ども向けの簡単なものではなく、呉承恩が書いた本物のほうです。これを読み切って「俺、すごい」みたいなことを思っていました(笑)。それとジュール・ヴェルヌ『海底二万里』とか『地底旅行』とか。『二年間の休暇』も読みました。子ども向けの『十五少年漂流記』を知ったのはもっと後で、分厚い『二年間の休暇』のほうを読みました。
――どれも面白かったですか。
伊与原:面白かったですね。『西遊記』はちょっと意味不明でしたけれど。「堺正章の『西遊記』とはずいぶん違うな」と思いながら読んでいました(笑)。
――そうですね、堺正章さん主演でドラマがありましたよね(笑)。夏目雅子さんが三蔵法師で。
伊与原:そうですね。ドリフターズの人形劇の「西遊記」もありましたね。いかりや長介さんが三蔵法師で。
――傾向として、冒険系、SF系がお好きだったのでしょうか。
伊与原:あ、そうだ。小学校高学年の時に『パタリロ!』がすごく好きでした。魔夜峰央先生ってすごくミステリーが好きな人で、『パタリロ!』のなかにも古典ミステリーのネタがちょこちょこ入ってくるんですよ。パタリロっていろんな人物に扮装したりするんですけれど、そのなかに......今日、メモしてきたんです。シャーロック=エラリイ=ファイロ=ブラウン=エルキュール=フェル博士というキャラクターがいる。
――詰め込んでますね(笑)。
伊与原:そう、詰め込んでいる(笑)。それを見た時に「これはなんだろう」と思って調べてみたら、どうやらミステリーの名探偵たちの名前らしい。シャーロック・ホームズはもちろん知っていましたけれど。そこから中学生になって海外の古典ミステリーをすごく読んだんですよね。エラリイ・クイーンを読んで、アガサ・クリスティーを読んで、ジョン・ディクスン・カー、チェスタトン、ヴァン・ダイン......。
――好きな作家、作品はありましたか。
伊与原:どうでしょう。チェスタトンのブラウン神父のシリーズは好きでした。アガサ・クリスティーはやっぱり有名どころがすごく面白かったですね。『オリエント急行殺人事件』とか『そして誰もいなくなった』とか。エラリイ・クイーンだと『Xの悲劇』や『Yの悲劇』とかはやっぱりすごいと思いましたね。クロフツの『樽』も読んだけれど、あれは途中でどうでもよくなった記憶があります。
それと、魔夜峰央先生はオカルトも好きで、『パタリロ!』のなかにラヴクラフトの世界もよく出てくるんですよ。だからラヴクラフト全集も読みました。
――クトゥルフ神話を読んだわけですか。すごい、『パタリロ!』って偉大ですね。
伊与原:偉大です。
――中学生時代はどんな本を読まれたのですか。
伊与原:父が電機メーカーでエンジニアをやっていたんですけれど、すごく科学が好きな人で。僕が中学生の時、たしか刊行されたばかりの科学雑誌の「Newton」を取ってたんですよ。それがいつも家にあったので、僕もパラパラ見るようになって、中学1年生の時かに、父がプレゼントとして『ガモフ全集』というのをくれたんです(と、実際の本を取り出す)。
――わあ、きれいにとってあるんですね。白揚社という出版社の、箱入りの本。
伊与原:今も違う形で本は出ていると思います。ジョージ・ガモフという、ロシア生まれのアメリカの物理学者がいるんですよね。素粒子論とか宇宙論で有名な先生なんですが、一般向けの啓蒙書をたくさん書いたことでもよく知られていて。一番有名なのは第1巻の『不思議の国のトムキンス』といって、1940年に出たものですね。トムキンスさんという銀行員が主人公で、その人が相対論的効果の強い世界に迷い込んだり、量子力学の世界に迷い込んだりして、不思議な体験をするというお話。こういう科学系のちゃんとした本を読んだのはこれがはじめてかもしれないです。この全集を読んで、物理、面白いな、と思って。
――そういう本に中学生くらいで出会うって大事ですよね。でも中1で量子論ってわかりますか。
伊与原:まあ別に数式は出てこないので。相対論的効果が強い世界、要は速く進んだらものが縮んだり時間がゆっくり進む世界とか、あるいはビリヤードをやったら玉がぶつかった瞬間にぶわーっと広がってわけがわからなくなる量子力学的世界とか。そういうことが書いてあるだけで、物理を理解しなくてもその世界が味わえるようになっています。
――面白そうです!
伊与原:そうそう、たしか小学生の時に父と一緒に、NASAの惑星科学者のカール・セーガンの「コスモス」というテレビ番組もよく見ていました。宇宙についてのシリーズ番組で、大ブームを巻き起こしたんです。その番組を進行していたのがカール・セーガン。『コスモス』という本も出ていて、父が持っていたんです。僕はこれは古本屋で買ったんですけれど(と、実物を見せる)。
――カール・セーガン『コスモス』朝日新聞社。へえー。
伊与原:太陽系を探査していくような内容で、番組ではカール・セーガンは話がうまくて、ちょっと格好良くて、スター研究者だったんです。僕は当時人気だった「シルクロード」と同じくらい話題になったテレビシリーズだと思っていたんですけれど。
このあいだ出した短篇集『八月の銀の雪』のクジラの話のなかで、ボイジャーという探査機にクジラの歌声を録音したゴールデン・レコードがある、ということを書きましたが、ボイジャーにゴールデン・レコードを乗せたのも、このカール・セーガンなんです。彼は惑星探査などに人生を賭けていた人で、ボイジャー計画を立案した人なんです。
――わあ、そうなんですか。
伊与原:こういうのを読んで、宇宙とか天体とかいいなあ、と思って。この頃からですかね、そういう方面の勉強ができたらいいなと思ったのは。