
作家の読書道 第224回:伊与原新さん
2019年に『月まで三キロ』で新田次郎文学賞、静岡書店大賞、未来屋小説大賞を受賞した伊与原新さん。地球惑星科学を専攻して研究者になった伊与原さんが読んできた本とは、ある日小説を書きはじめたきっかけとは。エンタメから分かりやすい理系の本まで、幅広い読書遍歴を語ってくださいました。
その3「高校時代は文豪時代」 (3/7)
――そこから宇宙や地球関連の本も読むようになりましたか。
伊与原:高校生になってちょっとはそうした本も読んだと思うんですけれども、文豪時代が始まりまして。文学作品を読んでいました。そういうものも読んでおいたほうがいいと思ったんでしょうね。本当にその頃しか読んでないんですけれど、夏目漱石、芥川龍之介、森鴎外、三島由紀夫、太宰治......。小林秀雄の本もいっぱい読んで格好つけていました。ドストエフスキーも読みました。『罪と罰』とか『地下室の手記』とか。『カラマーゾフの兄弟』も読みましたが、意味分からない、と思いながら読んでいました。
――小林秀雄って、伊与原さんの世代でそこまで読んでいる人は少ないのでは。
伊与原:小論みたいなものが教科書に載ってましたよ。現国の先生がいろいろ言っていたんですよ。「過去から未来に向かって飴のように延びた時間という蒼ざめた思想」(※『無常といふ事』の一節)......だったかな。これは実はマルクス主義のことなんですよ、とか。で、小林秀雄を読んでいるのを父が見て「なんでそんなのを読んでいるの」「日本の最大の知性とか言われているけれど、お父さんにはよう分からん」って言うので、冷めてるなあ、大人の感覚とはそういうものか、と思った記憶がすごくあります。
――ふふ。文豪時代に読んだ本で面白いと思ったのは。
伊与原:『罪と罰』は面白いというか、まあ意味は分かると思いました(笑)。三島由紀夫の作品は面白かったですね、『金閣寺』とか『仮面の告白』とか。
同じ頃、高校の先生がサン=テグジュペリの『人間の土地』を読みなさいとしきりに言うので、読んでみたんです。『夜間飛行』や『戦う操縦士』も読みましたが、『人間の土地』だけはよく意味が分からなくて。僕はその先生を尊敬していたので、彼があれだけ言うんだから理解できたほうがいいんだろうと思って3回くらい読みました。それでもまだ完全には分からなかったですけれども。
その頃読んだものの中で一番好きだったのは、アラン・シリトーの『長距離走者の孤独』です。あれは本当にいいなあと思いました。やっぱり、高校生だったので、大人との関係みたいなものが一番刺さる年代だったんでしょうね。
――不良少年が感化院に入って、そこで長距離走者に選ばれる話ですよね。
伊与原:そうです。それと、今日のために本棚を見ていたら高校生の時にすごく読んだ本を発見したんですね。これです(と、本を出す)。渋谷陽一の『ロック ベストアルバムセレクション』。新潮文庫です。ロック評論家の渋谷陽一さんの本ですが、僕たちやもう少し上の世代のロックファンにとっては、渋谷陽一が「いい」と言った音楽は絶対にいいんですよね(笑)。この本には60年代と70年代のロックの名盤と言われているものが写真付きで紹介されているんです。僕はこれ、載っているものをレンタルレコード屋で借りて順番に聴きました。
――音楽が好きだったんですか。それと、ご自身でなにか楽器はされたんですか。
伊与原:高校の頃に古いロックが好きな友人がいて、その影響で聴くようになりました。楽器はまあ、ピアノはやっていましたけれど、バンドを組んだりはしていなかったです。
――ピアノはずっと習ってらっしゃったんですか。
伊与原:小学校1年から大学3年くらいまでやってましたけれど。でもうちのピアノの先生がすごく甘い人で。中学生くらいになると、ピアノを続ける男子って貴重になってくるじゃないですか。辞めてほしくないからとにかく甘くて、まったく練習せずにレッスンに行っても笑って許してくれるような人だったんです。だから全然上手くならなくて。「どうしても発表会に出て」と言われて高校生くらいまでは出ていたんですが、小学生の女の子のほうがよっぽど弾けるのに僕のほうがプログラムの後ろに入れられて(笑)。恥ずかしい、と思いながらやっていました。でも、しつこく続けたってことは、嫌いじゃなかったんでしょうね。今はもう何も弾けませんけれど。
――ところで、中高時代はなにか部活はやってらしたんですか。
伊与原:部活は中学から、高校の途中までテニス部に入っていました。スポーツが好きだったので運動部に入ろうとは思っていて、仮入部したら楽しかったから、というだけの理由です。小学校の頃に剣道をやっていたので剣道部に入るつもりでしたが、他の部活も見てみようとしたら、テニスが思いのほか楽しかったんです。まあ、そういう意味でも普通の中学生でしたね。特に科学に夢中になっていたわけでも、本ばかり読んでいたわけでもないんです。
――ちょっとベタな質問をしますが、大阪ご出身ということで、お笑いはお好きでしたか。
伊与原:関西以外の人にはなかなか伝わりにくいんですけれど、笑いが日常的すぎて、高校生くらいになるとオチをつける技術というのは誰でも持っていることでした。プロのお笑い番組も見ますけれど、同級生のお笑いレベルも高くて、新喜劇よりおもろい奴がクラスにいっぱいいるな、という感じで。でもダウンタウンの出現はやっぱり僕らも衝撃を持って受け止めました。僕が中学生か高校生の時にダウンタウンが「4時ですよーだ」っていう番組を始めて、すごい人たちが出てきたなと思いましたね。