第233回:岩井圭也さん

作家の読書道 第233回:岩井圭也さん

1997年の香港返還を題材にした『水よ踊れ』が話題となっている岩井圭也さん。少年時代から漠然と小説家になることを意識しつつ、理系の道に進み研究職に就いた後で新人賞への投稿を始め、作家デビュー。毎回まったく異なる題材を作品テーマに選ぶ岩井さんがこれまでに影響を受けた本とは? 1冊1冊に対する熱い思いを語ってくださいました。

その3「高校時代のこの3冊」 (3/7)

――高校ではどのような読書を。

岩井:鮮明に憶えているのが井上ひさしさんの『吉里吉里人』です。二段組で分厚い本なのに一気に読みました。母親がわりと小説を読む人なんですが、その母から「井上ひさしが面白い」と言われたんです。『ブンとフン』を薦められたのに図書館に行って目についた『吉里吉里人』のほうを借りて読んだら夢中になって。
 東北に吉里吉里国を作って独立しようしている人たちの話ですが、最後のオチも馬鹿馬鹿しくて、こんな嘘をこんなに真顔で書く人がいるってことに驚きました。その壮大さと、ぶっとんだ世界を破綻なく最後までやりきっているところに酔わされたんだと思います。あまりにも面白かったので、読み終わった後に二次創作を書きました(笑)。吉里吉里国に迷いこむ主人公の小説家、古橋健二の消息について別の新聞記者が書くという内容だった気がします。あれが私の唯一の二次創作かもしれません(笑)。
 それと、すごく鮮明に憶えているのが金城一紀さんの『GO』です。『吉里吉里人』と『GO』は私のオールタイムベストに入りますね。

――高校時代に『GO』を読んだら相当ぐっときそうです。

岩井:読んだ時は「おもしろーい!!」しか思わなかったんです。でも後から、『GO』は完璧な小説じゃないかと思うようになって。フォーマット自体は、10代の少年が父親との対話や友情や恋愛の中で自我に目覚めていくという古典的な筋書きではありますよね。その筋書きが持つ魅力を120%引き出している小説だと思うんです。トリッキーなアイデアがひとつある作品も面白いけれど、やっぱり王道というのはいちばん強くて、その王道の仕組み、構成や構造を使ってどれだけ面白さを引き出しているかというところで、『GO』は完璧ですよね。文章も文体も展開も、どこを取っても良くて、全部が完璧。主人公が日本に帰化するかどうかの最後の決断や、女の子とどうなるかといった展開も、王道といえば王道だけど、それをいちばん高いレベルで実現している。そういう意味で、自分は完成度の高い小説が好きなのかなと思います。
 高校時代はもう一冊、武者小路実篤の『友情』もありました。文豪の作品もたまには読んでみようと思った時に、すごく薄いから「これなら読めるだろう」と軽い気持ちで手に取ったんですが、感動して。「ここには俺のことが書いてある」と思いました。

――「俺のこと」とは。『友情』って、親友と同じ人を好きになってしまう話ですよね。

岩井:私は男子校でまったく女っ気なく過ごしていたので、三角関係の部分に関しては興味がなかったです(笑)。それよりも、友人の才能への嫉妬の部分ですね。私は剣道をやっていましたが弱くて全然選手になれなくて、なんでこんなに差がつくんだろうとコンプレックスを抱えていたんです。『友情』はコンプレックスの塊みたいな本なので、読んで「これは自分のことだ」って感じる人は多いんじゃないかと思います。こんなに人間の内面って書けるものなんだという驚きもありました。
 高校時代に読んだ本で、この3冊は鮮明に憶えているんですが、ジャンルもバラバラですよね。その頃から特定のジャンルが好きということはなく、なんでも読んでいたんです。ジャンルそれぞれ、面白さの質が全部違いますから。ただ、どんなジャンルであっても、完成度の高いものを求めたがるのが自分の性癖のような気がします。

――高校時代、将来小説家になろう、ということはどれくらい意識していたんですか。

岩井:小説にできる題材に対してアンテナが立ち始めた時期だったように思います。小説の具体的な設定などは考えるようになっていました。たぶん、『水よ踊れ』の元となる香港の話も、設定だけはあった気がします。もちろん出来上がったものとは直結していないし、全然違うものになりましたが。
 今思うと、『水よ踊れ』は今挙げた3作の影響がありますね。『GO』のマージナルなアイデンティティの話であったり、『友情』の内面の葛藤だったり、『吉里吉里人』みたいな発想であったり。

――確かに。香港の中国返還の直前の年に、少年の頃に数年間香港に住んでいた青年が、交換留学生として香港に戻ってくる。彼の目的は建築学科で学ぶことのほかに、もうひとつ、かつて恋心を抱いていた少女の不審な死の真相を探ることで...という内容。今言われて、確かにその3作のエッセンスを感じますね。

岩井:そういう意味ではやっぱり『水よ踊れ』は現時点での集大成に近いものが書けたのかもしれないなと思いました。

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