第233回:岩井圭也さん

作家の読書道 第233回:岩井圭也さん

1997年の香港返還を題材にした『水よ踊れ』が話題となっている岩井圭也さん。少年時代から漠然と小説家になることを意識しつつ、理系の道に進み研究職に就いた後で新人賞への投稿を始め、作家デビュー。毎回まったく異なる題材を作品テーマに選ぶ岩井さんがこれまでに影響を受けた本とは? 1冊1冊に対する熱い思いを語ってくださいました。

その7「アイデアの蓄積と今後」 (7/7)

  • 転がる香港に苔は生えない (文春文庫)
  • 『転がる香港に苔は生えない (文春文庫)』
    星野 博美
    文藝春秋
    1,089円(税込)
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――小説の題材を見つけるためのインプットは何かしていますか。

岩井:あんまりしていないんですけれど、香港に限らず、今までの30年ちょいの人生の中でひっかかっているテーマがいろいろあるんです。その中から見つけるので、改めて探す必要を感じないというのが正直なところです。ただ、行き詰まった時に本屋さんのノンフィクションの棚を眺めることはあります(笑)。書店の本棚をブレストがわりに使っているという。

――アイデアノートなどは作っていますか。

岩井:アイデアレベルのものは書き留めています。全部パソコンで作業しているんですが、小説用のフォルダを作るんです。たとえば、「香港」というアイデアが浮かんだら、そのフォルダを作り、その中にメモ帳をひとつ作り、思いついたことはとりあえずそこに書き留めていく。それがいつ小説になるのか私にも分からないんです。タイミングとか、自分の力量がマッチしたと感じた時に、そろそろ書こうか、となる。そうしたらそのフォルダの中に新しいファイルを作って、小説を書き出すんです。すでにたくさんフォルダがあるので、「これなんのことだっけ」と思うものもありますね(笑)。

――『水よ踊れ』は、参考文献もかなりの数が載ってますよね。

岩井:あのなかでは、星野博美さんの『転がる香港に苔は生えない』はもともと読んでいましたが、他はだいたい書くと決めてから読んだものですね。参考文献に関しては、あまり集めるとそれを読んでいるだけで楽しくなっちゃうし、受ける影響も大きくなってしまうので、あまりやりすぎないようにしています。自分の中の蓄積で書けるものはそれだけで書く。『文身』なんかはそういう小説ですね。ただ、『水よ踊れ』は自分の中にないものが多かったので参考文献が多くなりました。

――読んだ時、岩井さんって以前香港に住んでいたか、何度も通っていたのかと思ったんです。それくらい街並みや人々の生活や、個人個人の事情がリアルに描かれていたんですよね。だから、一度も香港に行ったことがないと聞いて、本当に、びっくりしました。香港の建築物についても詳細に描かれていますよね。

岩井:もともと写真集などを見て、香港の建物って特徴的だなと思っていたんです。九龍城もそうですし、ルーフトップ・スラムと呼ばれる、ビルの屋上のスラム街なんかもそうだし。それで、直感で、建築というモチーフを使って香港が描けるんじゃないかと思いました。それまで建築については全然詳しくなかったんですが、分からないけれどとにかく書く、堂々と嘘をついていればなとなるんだっていう図太さが身についているので(笑)。

――さて、今後のご予定は。

岩井:10月に双葉社から『この夜が明ければ』という、「小説推理」に連載していた本が出ます。北海道の季節バイトに集まった七人の男女の一人が、ある日遺体で発見されて...という話です。10月からポプラ社の「WEB asta」で始まる連載は少年事件の弁護士の話、年末から小学館の「STORY BOX」で始まる連載は女性カメラマンが北米最高峰に挑む話です。
 他には、年明けに中央公論新社から書き下ろしが出る予定で、これは北海道の水銀鉱山が舞台です。それと、来年KADOKAWAから連作短篇集が出る予定です。

――見事に、どれも全然題材が違いますね。スランプになったり行き詰まることはないですか。

岩井:ありますけれど、「やる気はやらないとでてこない」っていうのが好きな言葉なので。投稿時代が、すごく孤独だったんです。最後のほうは書いても書いても結果が出なくて、意地だけで書いていたところがある。その時も、書くしかないと思っていました。書かないと投稿もできないですから。そういう気持ちが投稿生活6年の間に培えたことが、いま財産になっています。

(了)