第233回:岩井圭也さん

作家の読書道 第233回:岩井圭也さん

1997年の香港返還を題材にした『水よ踊れ』が話題となっている岩井圭也さん。少年時代から漠然と小説家になることを意識しつつ、理系の道に進み研究職に就いた後で新人賞への投稿を始め、作家デビュー。毎回まったく異なる題材を作品テーマに選ぶ岩井さんがこれまでに影響を受けた本とは? 1冊1冊に対する熱い思いを語ってくださいました。

その6「社会人になってからの読書」 (6/7)

  • 敗れざる者たち (文春文庫 さ 2-21)
  • 『敗れざる者たち (文春文庫 さ 2-21)』
    沢木 耕太郎
    文藝春秋
    770円(税込)
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  • 新装版 テロルの決算 (文春文庫)
  • 『新装版 テロルの決算 (文春文庫)』
    沢木 耕太郎
    文藝春秋
    727円(税込)
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――社会人になってからは、他にどのような読書生活を。

岩井:社会人になってすぐに沢木耕太郎さんを読みました。沢木さんの作品はどれも好きで甲乙つけがたいんですが、オールタイムベストでいえば『敗れざる者たち』。スポーツ選手についてのノンフィクションで、ヒーローの陰にいた人たちのことが書かれている。『テロルの決算』や『人の砂漠』も好きだし、『無名』というお父さんの死を描かれたノンフィクションもしみじみといい作品だなと思いますね。町田康さんはすごく好きだけど小説を書く時に影響を受けているかといえば分からない。でも沢木さんは間違いなく影響を受けています。

――小説の読書はエンタメ作品が中心でしたか。

岩井:そうですね。特に自分がエンタメのジャンルでデビューしてからは、意識してエンタメ作品は読みました。そのなかでハマったのは宮内悠介さん。デビュー作の『盤上の夜』から入って、『エクソダス症候群』や『彼女がエスパーだったころ』のあたりが特に好きです。他には、最近でいうと小川哲さんの『ゲームの王国』にハマりました。それと、月村了衛さんの『機龍警察』シリーズは新作が出たら即買いしています。最新作の『機龍警察 白骨街道』も読みました。もう、完成度の高さが際立っているんですよね。並々ならぬ知識と技術でもって社会派とSFと活劇エンタメみたいなものをくっつけて、それらの美味しいとこ取りに成功していて。スーパー神業をハイレベルでやってのけていて、あの完成度は異常だなと思います(笑)。
 意識してエンタメを読むといっても、もちろん読者として自分が楽しいと思えるかが大事ですね。日々の仕事は辛いし、行き帰りの電車の中では楽しく読書したい。
 もともと私が小説を書き始めたのも、『ちあき電脳探偵社』の連載が終わってしまったから代わりに自分で作るしかなかったんですよね。読みたいものを自給自足していた。今も結局それなんだと思います。書き手である時も、読み手としてどういう展開なら面白く読めるかを考えている。だから読書している時も、自分のアンテナに引っかかるかどうかがすごく大事なんです。

――以前、東山彰良さんの『流』と、真藤順丈さんの『宝島』も絶賛されていましたね。どれも青春小説であり、国や政治という背景が感じされる作品で。

岩井:『流』は直木賞を受賞したのがきっかけで読んだんですが、やっぱりものすごく良くて。『宝島』は刊行直後から話題になっていたので出てすぐ読みました。真藤さんといえば、私が野性時代フロンティア文学賞を受賞した時、KADOKAWAの主催する賞の合同の授賞式があったんですが、ちょうど真藤さんが『宝島』で山田風太郎賞を受賞された年だったんです。「あ、『宝島』の人だ!」と思って、ちょっとご挨拶して。だから真藤さんって、自分が作家としてスタートラインに立った時にベンチマークになった人なんですよ。作家としてのひとつのモデルケースのイメージです。
『GO』と『流』と『宝島』という3作を読んだことで、自分の中の『水よ踊れ』の布石が完成した気がします。自分はこういう作品が書きたいんだとはっきりした。
 3作とも初読で感じたのは熱量でしたが、この熱さの正体ってなんだろうと考えた時、闘っていることだと思ったんです。何に対して闘っているかというと、自分の生まれとか宿命とか運命とか、究極的に言ってしまえば、国家と闘っている。国によって定められた、規定されたことに抗って無謀な闘いをしている。でも、勝てるわけがないじゃないですか。それでも、どうせ負け戦だったらさっさと負けたほうがいいよね、ではなく、勝ち目がまったくないなりに必死で走っていく姿勢に熱さを感じたんです。摩擦がないところに熱は生まれませんが、3作とも主人公が抗って、がつがつぶつかって、摩擦を起こしてくれている。そこに惹かれたんです。

――確かに『水よ踊れ』も、そういう作品ですよね。

岩井:そういう先行作品へのリスペクトのもとに成り立っている小説ですね。私は読書量が多いほうではないけれど、自分の中で1冊1冊が占めているウェイトは大きいのかなと思っています。あれもこれも読んでいるわけじゃないけど、「自分にはこの小説がある」と思える、まぎれもないオールタイムベストが20冊くらいある。それが作家としての自分の宝にもなっています。

――『水よ踊れ』の最後では、抗って勝てるわけがない相手に、ある意味、どう一矢報いるかが示されていますよね。

岩井:あそこは何度も書き直しました。闘うといっても、正面からぶつかっていく方法もあるし、逃亡するやり方もある。そのどちらでもない、第三の道を探し続けました。そういう、新しい選択肢を提示したかった。毎回そんな選択肢が見つかるか分かりませんが、オルタナティブな提案ができる存在であり続けたいです。

  • エクソダス症候群 (創元SF文庫)
  • 『エクソダス症候群 (創元SF文庫)』
    宮内 悠介
    東京創元社
    902円(税込)
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  • 彼女がエスパーだったころ (講談社文庫)
  • 『彼女がエスパーだったころ (講談社文庫)』
    宮内 悠介
    講談社
    671円(税込)
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  • ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)』
    小川 哲
    早川書房
    924円(税込)
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  • 機龍警察 白骨街道 (ハヤカワ・ミステリワールド)
  • 『機龍警察 白骨街道 (ハヤカワ・ミステリワールド)』
    月村 了衛
    早川書房
    2,090円(税込)
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