第238回:河野裕さん

作家の読書道 第238回:河野裕さん

『サクラダリセット』や『いなくなれ、群青』など映像化もされた人気シリーズを持ち、『昨日星を探した言い訳』では山田風太郎賞の候補になるなど、注目を集める河野裕さん。緻密な世界設定や思いもよらない展開を作り出す源泉となった読書体験とは? 小説観、読書観、創作観どれもに河野さんらしさが感じられるお話、たっぷりとリモートでおうかがいしました。

その2「ライトノベルとの出合い」 (2/6)

  • 魔術士オーフェンはぐれ旅 新装版 1
  • 『魔術士オーフェンはぐれ旅 新装版 1』
    秋田 禎信,草河 遊也
    ティー・オーエンタテインメント
    1,650円(税込)
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  • スレイヤーズ 1 (ファンタジア文庫)
  • 『スレイヤーズ 1 (ファンタジア文庫)』
    神坂 一,あらいずみ るい
    KADOKAWA
    660円(税込)
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  • 闇の運命を背負う者 (角川スニーカー文庫)
  • 『闇の運命を背負う者 (角川スニーカー文庫)』
    神坂 一,木村 明広
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  • なりゆきまかせの異邦人 日帰りクエスト (角川スニーカー文庫)
  • 『なりゆきまかせの異邦人 日帰りクエスト (角川スニーカー文庫)』
    神坂 一,鈴木 雅久
    KADOKAWA
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  • グラップラー刃牙 1 (少年チャンピオン・コミックス)
  • 『グラップラー刃牙 1 (少年チャンピオン・コミックス)』
    板垣 恵介
    秋田書店
    499円(税込)
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  • 閉鎖のシステム (富士見ファンタジア文庫)
  • 『閉鎖のシステム (富士見ファンタジア文庫)』
    秋田 禎信,黒星 紅白
    KADOKAWA
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――他に、小学生時代の読書といいますと。

河野:小学校の図書室にあった江戸川乱歩の少年探偵団のシリーズや、たぶんシャーロック・ホームズなども読んでいたと思います。高学年になるとお小遣いで漫画を買って読むようになるんですけれど、漫画ってすぐ読み終わってしまう。それで文庫本のほうが長持ちするなと思い、ライトノベルを読み始めるんですよ。当時はまだライトノベルという名前はなかったかもしれませんが。

――最初のうちは、どのあたりを?

河野:いちばん好きな作家は秋田禎信先生で、『魔術士オーフェンはぐれ旅』が本屋さんで平積みされているのが目に入って読むようになりましたが、最初に読んだのは神坂一先生でした。神坂先生は富士見ファンタジア文庫の『スレイヤーズ』が有名ですが、スニーカー文庫の『闇の運命を背負う者』と『日帰りクエスト』のほうが好みです。そちらのほうが『モモ』や『二分間の冒険』に似ていたというか。どういうことか整理してみると、『スレイヤーズ』はエンタメ性が前面に出ていると思うんですが、『闇の運命を背負う者』と『日帰りクエスト』は思想性を読み解きやすいんですね。
『闇の運命を背負う者』は光の超能力者と闇の超能力者が争っている話で、最初はライトな感じで始まるものの、だんだん悲惨な闘いになっていく。そこから、「光」のトップと「闇」のトップが、実は......という真相があって、その部分に得に惹かれました。『日帰りクエスト』は高校生の女の子が突然異世界に行くんですが、そこでは戦争をしている話です。敵だと思っていた竜人族の町に迷いこむと、住民たちがそんなに悪い人たちじゃない。どっちが正義なのかというか、どっちにもそれぞれの理屈があるんだという話に寄っていくところが好きでした。

――善と悪がはっきりしていたり、成長して強くなって悪を倒すような単純明快なものではないものが好きだったんですね。

河野:究極的には、強くなって勝つって、善悪関係なくできることですよね。なので、思想的に「それはどうなんだろう」という部分にいく話が好きですね。ただ、強くなる話が嫌いというわけではないです。10代の頃は『グラップラー刃牙』とか読んでいましたし。それはそれで面白いと思うんですが、のめり込んだ物語はやっぱり、自分の価値観や倫理観が問われるもののほうでした。

――秋田禎信さんがお好きなのも、そこですか。

河野:そこと、あとは文体です。中学生くらいの頃から物語より文体に興味がいくんです。それでライトノベルと、夏目漱石などの純文学を読んでいたんですが、そのふたつのジャンルはアプローチは違うけれど、文体への意識が高い気がしていました。
 当時、ライトノベルではないエンタメ小説小説をあまり読んでいなかったのは、手に取った本がストーリー展開に重点が置かれたものばかりで、文体で面白みを作ろうとしている作品に出会えなかったからなんですが、秋田禎信先生は文章がめちゃくちゃ面白いんですよ。比喩表現も好きですね。たぶんですけれど、秋田先生は海外文学が好きで、英語文の翻訳みたいな文章に影響を受けていると思います。私の中では、その情報の並び方がすごくしっくりくるんです。私の文体も部分部分で英文の翻訳みたいになるんですけれど、そのほうが情報がカチッとはまるんですよね。
 作品でいうと、最初は『魔術士オーフェンはぐれ旅』をぼんやり読んでいたんですが、高校生の時かな、『閉鎖のシステム』という1冊完結の本が出て、それがめちゃくちゃ好みだったんです。それを読んだ後で「オーフェン」に戻ると解像度が上がって、面白さのポイントをしっかり押さえられるようになりました。そこから秋田先生がめちゃめちゃ好きになりました。
『閉鎖のシステム』は、あるショッピングモールが停電して人々がそこに閉じ込められたところ、殺人鬼がいて死体が見つかって脅迫文が血で書かれていて...みたいなところから始まるんです。数人の視点が移り変わる群像劇なんですが、みんな疑心暗鬼になってどんどん暴力的になっていく。当時の理解を今憶えている理解でいうと、結局、殺人鬼がいたほうがいいんだという世界なんですよ。最初に起こった殺人事件が、普通の人間が起こした事件ではなくちゃんと狂った悪い人間が起こした事件であったほうが世界は平和なんだっていう着地なんです。その感じがすごく好きで。そういうテーマ性で書く作家さんなんだということを持ち帰って「オーフェン」を読むと解像度が上がります。

――夏目漱石を読んだきっかけは。

河野:わりと10代20代は文字であればなんでもいいやという感じだったので、たぶん有名どころだから読んだんだと思います(笑)。最初に『吾輩は猫である』を読んで「あ、面白いな」と思い、次に読んだ『草枕』で大ファンになった流れです。『坊っちゃん』はそこまでではなくて、後期の『こころ』とかになると「じめっとしているな」という印象になっていくんですけれど。
 私の中で『草枕』って、ひとつの理想的な小説なんです。あれってわりと自己言及的というか、自分がやろうとしている活動についてずっと語っているみたいなところがある。そこに影響を受けている気がします。作中、小説の本を適当に開いて読んでいて女の人に「それで面白いんですか」と訊かれて、最初から読むと最後まで読まなきゃいけない、と言うんですよね。私もずっと、小説を最初から最後まで読まなきゃいけないことに軽い苛立ちを感じているんです。どいうことか言語化するのは難しいんですけれど、なんというか物語の接し方としては、最初から最後まで読むのってフィクションのような気がするんですよね。ページを開いて適当に読んだほうがリアルな気がする。自分で書く時には一応丁寧に書こうと気を遣うんですけれど、読む時は「こんなに丁寧に書かなくていいのに」とずっと思っているんです。「なんですべての事情が分かってしまうんだろう」って。
『草枕』はわりとそうした思想的な部分の影響を受けています。ですから小説に限っていうと、『モモ』と『二分間の冒険』と秋田禎信先生と『草枕』でわりと私はできています。小説に限らなければ、そこにスピッツが入ってきます。めちゃめちゃ影響を受けている自覚があります。

――スピッツですか。いつくらいから聴いていたのですか。

河野:高校生の頃からですね。歌詞がちょうど好きなひねくれ方をしているというか、ひねくれてないからこそひねくれているように見える感じが気持ち良かったんです。

――具体的にどの曲のどの歌詞が好き、というのはありますか。

河野:全体像としてあるので、ここのこれ、と挙げるのが難しいんです。好きな曲はその時その時で違いはするんですけれど、フラットだからこそひねくれているものの例示として挙げるなら、「8823(ハヤブサ)」の歌詞の〈君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ〉というところですね。君を幸せにできる、ということの言い換えとしての〈不幸にできる〉というワードセンスにべらぼうに憧れます。自分もこれがやりたいなと、ピンポイントで思っていた10代の頃があります。
 あとは「夢追い虫」の〈削れて減りながら進む〉という歌詞は、私の中のヒーロー像としてずっとあります。私がヒーローを書く時はだいたい、削れて減りながら進んでいる、と思いながら書いています。だって、進むと絶対削れるじゃないですか。物理的にも絶対に靴底は削れているはずだし。そこにカメラのピントを合わせるところが好きですね。息が上がるとか汗が流れるとか叫ぶとかじゃなくて、「靴底が削れる」なんです、私の中のヒーロー像は。

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