第238回:河野裕さん

作家の読書道 第238回:河野裕さん

『サクラダリセット』や『いなくなれ、群青』など映像化もされた人気シリーズを持ち、『昨日星を探した言い訳』では山田風太郎賞の候補になるなど、注目を集める河野裕さん。緻密な世界設定や思いもよらない展開を作り出す源泉となった読書体験とは? 小説観、読書観、創作観どれもに河野さんらしさが感じられるお話、たっぷりとリモートでおうかがいしました。

その4「学生時代の読書と執筆」 (4/6)

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  • 『ソフィーの世界 哲学者からの不思議な手紙』
    ヨースタイン ゴルデル,Gaarder,Jostein,香代子, 池田
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  • 『世界は密室でできている。 (講談社文庫)』
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――話は戻りますが、中学生の時にワープロをもらって小説を書き始めたとのことでしたが、どのような話を書かれていたんでしょうか。

河野:正確には、中学3年の終わり、卒業して高校に入るまでのどっちつかずの時期から書き始めました。当時は『トライガン』が好きだったので、砂漠の惑星の話を書いたと思います。

――そこからずっと小説を書いてきたのですか。

河野:高校時代は年に1作長篇を書こうと決めて、義務的に3年間で3冊書いたはずです。毎年夏休み中に長篇を書くことにして、春から準備して、夏の終わりくらいまで書いていました。他の時期はショートショートとかを書いていましたね。星新一も好きでしたから。

――SFやファンタジー要素のある作品でしたか。

河野:長篇となるとそうでしたが、短いものはなんでもありでした。3人の男が信号待ちをしながら自由とは何かを語り合うだけの話とか(笑)。赤信号で足を止められているのは自由ではないけれど、信号無視して渡るのは自由かどうか語り合っているんです。

――河野さんは倫理などにも関心がありそうだなと思うのですが、倫理とか哲学の本とかは読みませんでしたか。

河野:ああ、『ソフィーの世界』は好きでした。哲学は高校生の時に一瞬興味を持ちました。最新の哲学を知りたかったんですけれど、今の哲学者の本を手に取っても、だいたい過去の説学者の説明しかしていなくて。当時は即座に利益がほしかったので、「僕はお前の話を聞きたいのに」と思って(笑)、興味を失くしていきました。でも、『ソフィーの世界』は面白かったです。

――大学の進学先はどのように決めたのですか。

河野:大阪芸術大学の文芸学科に入りました。ざっと調べた範囲で、文学の研究でなく書くほうをメインに教えている学校があまりなくて。それと、大阪に伯母が住んでいたので、そこに置いてもらえるということだったので大阪にしました。

――創作が学べる学科を選んだということは、その頃にははっきりと、小説家になりたいと思っていたわけですか。

河野:高校生の時にはもう小説家になりたいと思っていました。中学の時に物語よりも文体が好きになったので、そうすると小説家だよね、って。でもなれるとはあまり思っていなかったんです。最初、高校卒業後の進路については自分なりに真面目に考えて、専門学校に行ってなにか手に職をつけて、働きながら裏で小説家を目指すというプランを立てたんです。親に「専門学校に行く」と伝えたら「まあ大学は行っとけ」と言われ、大学に進学したんです。なので、裏で小説を書く人ではなく、しっかり目指さないといけないなという気持ちになってきました。

――授業では実際に創作をしたのですか。

河野:多少はしていましたが、どちらかというとサークル活動のほうが糧になりました。文芸サークルに入って、はじめて周りのみんなが本を読んでいる環境になったんです。本の情報をダイレクトに受けるようになって、楽しかったですね。たぶん、そこで伊坂幸太郎さんも読むようになったし、たしか在学中に森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』が本屋大賞2位になってサークルで話題になっていたりして。
 合評会もあって、尊敬する先輩に読んでもらうのがすごく励みになったし勉強になりました。月1回書いて部室の封筒に入れておいて、全員分刷ったものをホチキスで留めた冊子を使って合評会をして、あとは年に1回機関誌みたいなものを作っていて、そこには小説を載せたり、プロの作家さんへのインタビューを載せたりしていて。
 私、4年生の時に米澤穂信さんにインタビューしてるんです。私ともう一人、『さよなら妖精』がすごく好きな部員がいて、お話聞きたいねと話して試しにお願いしてみたら、意外と作家さんも大学生の取材を受けてくださるという。

――おお、米澤さんに。何を刊行された頃でしょうか。

河野:『ボトルネック』が出る直前で、サークルに献本をくださってものすごく感激しました。その機関誌の同じ号には、「ひぐらしのなく頃に」などの竜騎士07さんへのインタビューも載っているんです。超リッチですよね。その瞬間だけを切り取ると輝かしいサークル活動でした(笑)。

――落語研究会にも入っていたそうですね。

河野:1年生の時になんとなく入ったんです。どちらかというと運営側の人間でした。マネージャーとしての動きが楽しかったんですよね。会長だったので、老人ホームと交渉して部員を連れていって高座をやらせて、御車代的なものをもらってその金でみんなと飲む、とか。
 落語の文章ってきれいだなって思ったんですよ。一人称の文体で同じものが何世代にもわたって推敲され続けているので、稀有な文学ではありますよね。笑おうと思って聞くのではなく、物語の朗読を聴くテンションで聞くといろんな面白みがあります。楽しかったり怖かったり、物語として面白いと思います。もともと自分は自然な会話文を書くのが苦手なので、落語は役に立ったはずなのに、いまだに自然な会話を書くのが苦手で...。もっと学べることがあったんじゃないかと思います。

――大学時代もなんでも読む、という感じでしたか。

河野:そうですね。当時もお金がなかったので、ブックオフの100円均一のコーナーで一番ページ数のあるものを買うとか。中身は無視して、1ページあたりの単価が安いものを選んでいました(笑)。追いかけている作家や、まわりで話題になっていて面白そうなものは泣く泣く定価で買っていましたが。

――好きな作家さんはいませんでしたか。

河野:インタビューした米澤穂信さんは大好きでしたし、恩田陸さんも好きでした。サークルでは森博嗣さんと西尾維新さんが二大巨頭という流行り方で、そのなかで私は舞城王太郎派でした。尊敬する先輩が舞城派だったので。『世界は密室でできている。』なんてめちゃめちゃ好きでしたし、いまだに好きです。ストーリも好きなんですけれど、特にクライマックスあたりにある「何たるアンチクライマックス」っていう1文が格好良すぎてたまらないですね。
 ルンババという少年の探偵がいて、すごく聡明なんだけれど、お姉さんが転落事故で死んだことが心の中でひっかかったままなんですよね。そのことに気づいている主人公たちが、お姉さんが落ちた屋根にルンババを立たせて、下に布団をたくさん敷いて、俺たちが助けるから大丈夫、飛べ、って言うんですよね。ルンババが珍しく感動して、自分の感情を吐露しようとしたら主人公がそれを遮って「はよ飛べー!」と言うと、ルンババが「何たるアンチクライマックス」と言って飛ぶ。そこまでの持っていき方がめちゃめちゃ好きなんです。この小説のクライマックスとして、これ以外の台詞ってたぶん存在しないよなっていうくらいかっちりハマっている。
 乙一さんにも本当に影響を受けました。大学生の頃に『失はれる物語』を繰り返し読んでプロット構造とかを考えていました。私の物語づくりに関してはこの本がベースになっている気がします。
 それと、大学生の頃は筒井康隆さんにもハマりました。当時好きだったのは『虚構船団』で、今いちばん好きなのは『旅のラゴス』です。筒井さんはものすごい作家ですが、私がやりたいこととは違うことをやっていると思っていたんです。でも、『旅のラゴス』はまさに私がやりたいことをやっていて、打ちひしがれました。

――やりたいことというのは。

河野:なんというか...。感情の書き方なんですよね。喜怒哀楽を立たせて書くんじゃなくて、ぐっと理性で押さえつけてもなお消えない感情を書くみたいな感じ。それが私の憧れでもあるので。それと、あの小説は、ものすごく壮大な半生をあのページ数で書いておきながら書き急いでいる感じがしない時点でものすごいと思っています。この小説も最後がめちゃくちゃきれいなんですよ。旅の序盤で出会った少女がいるんですが、旅をして壮年期に入ったラゴスが彼女のところに行こうとするところで終わる。そのシーンがすごくきれいで。読んでいる間ずっと面白くて、それを超越して最後のシーンがきれいだという。基本的には一冊すべての物語がひとつのきれいなシーンに集約する小説が好きなんですが、『旅のラゴス』はまさにそういう小説ですね。

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