作家の読書道 第238回:河野裕さん

『サクラダリセット』や『いなくなれ、群青』など映像化もされた人気シリーズを持ち、『昨日星を探した言い訳』では山田風太郎賞の候補になるなど、注目を集める河野裕さん。緻密な世界設定や思いもよらない展開を作り出す源泉となった読書体験とは? 小説観、読書観、創作観どれもに河野さんらしさが感じられるお話、たっぷりとリモートでおうかがいしました。

その1「原点となる2冊の児童書」 (1/6)

  • なん者ひなた丸ねことんの術の巻 (なん者・にん者・ぬん者)
  • 『なん者ひなた丸ねことんの術の巻 (なん者・にん者・ぬん者)』
    斉藤 洋,大沢 幸子
    あかね書房
    1,320円(税込)
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  • ルドルフとイッパイアッテナ
  • 『ルドルフとイッパイアッテナ』
    斉藤 洋,杉浦 範茂
    講談社
    1,430円(税込)
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  • 二分間の冒険 (偕成社文庫)
  • 『二分間の冒険 (偕成社文庫)』
    岡田 淳,太田 大八
    偕成社
    770円(税込)
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  • モモ (岩波少年文庫(127))
  • 『モモ (岩波少年文庫(127))』
    ミヒャエル・エンデ,ミヒャエル・エンデ,大島 かおり
    岩波書店
    880円(税込)
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――いちばん古い読書の記憶を教えてください。

河野:家に絵本はあったのですが、あまりよく憶えていなくて。今考えてみていちばん古い記憶というと、幼稚園の頃に祖父が買ってきてくれた児童書ですね。まだ文字が読めなくて母親に読んでもらいました。タイトルは『なん者ひなた丸』。『ルドルフとイッパイアッテナ』の著者の斉藤洋さんによる忍者のシリーズです。忍者になる修行をしている子どもたちの話で、見習いのうちは「なん者」で、修行を積むと「にん者」になり、さらに極めると「ぬん者」になるという世界観のなかで、忍者になろうと頑張る男の子の話です。どとんの術で土の中隠れようとしたけれどどうしても手が一本地面の上に残ってしまって、それは初心者にありがちな失敗なのでその手だけカムフラージュする手袋がある、みたいな細かい要素が楽しくて好きでした。
 そういえば、寝るときに母親が昔話をそらで話してくれて、なぜか「桃太郎」は何度もねだった記憶があります。たぶん、「どんぶらこっこ」とか「お腰につけたきびだんご」といったリズムが心地よかったからかもしれません。

――どんな環境で育ったのですか。

河野:大学に進学するまで徳島県徳島市に住んでいました。徳島駅って出るとすぐ目の前に山があるんです。駅から徒歩10分くらいの山のふもとの小学校に通っていました。なので、大都会ではないけれどイメージが広がるほどの田舎でもない、のどかなフラットなところに住んでいました。

――本を読むのは好きでしたか。

河野:好きでした。両親が頻繁に図書館に行く習慣のある人たちで、自分も連れていってもらって児童書のコーナーで何冊か選んでいました。それと、祖父が本を与えるのが好きで、よく買ってもらっていた気がします。
 ただ、強く印象に残っているのは小学校の教室にあった学級文庫です。小学校3年か4年の時に、そこに岡田淳さんの『二分間の冒険』とミヒャエル・エンデの『モモ』があったんです。それを続けて読んだら両方ともめちゃくちゃ面白くて。その2冊が、本にのめりこむきっかけになりました。
『二分間の冒険』は小学校で映画会の準備をしている時に、男の子がさぼるために、見つけたとげぬきを保健室に届けにいくんですね。その途中で喋る黒ネコに出会って、「とげをぬいてくれないか」と言われて前足を差し出されるんです。とげなんて見当たらないんですが抜くふりをしたら、お礼にひとつだけ望みをかなえてやると言われる。ちょっと待ってくれという意味で「時間をおくれ」と言うと、それが願いだと受け取ったネコが男の子を異世界に連れていくんです。
 その世界には現実のクラスメイトと同じ子どもたちがいて、彼らは定期的に、選ばれた二人一組で竜を倒しにいかなくてはいけない。でも実はそれって竜が考えたことで、旅立った子どもたちは竜のいけにえになるんです。主人公も旅立つんですが、途中で岩に刺さって誰にも抜けない剣を抜いて「選ばれた者だ」と言われて誇らしくなる。でも、門番みたいな人が岩にまた新しい剣を刺している場面があるんですよ。王道のヒロイックファンタジーに対するアンチ的なものを感じさせながら話が進むんです。
 主人公は「この世界でいちばんたしかなもの」を見つければ元の世界に戻れるとも言われている。竜を倒す旅と同時にそれを探すストーリーでもあるんです。最終的にその「たしかなもの」が何かというとこも含めて、思想性みたいなものがあるところが好きでした。こちらが物語に期待している以上の納得感がある感覚がありました。みなさんご存知の『モモ』にもそれを感じました。

――『モモ』は時間どろぼうに盗まれたみんなの時間を少女が取り戻す話ですが、人生をどう過ごすかといったテーマも見えてきますよね。

河野:序盤で語られる、モモのキャラクター設定が好きです。あの子って、ただ真摯に人の話を聞くだけの能力に秀でている。ただ話を聞いているだけなのに、相手は喋っているうちに勝手に自分の問題を解決していくんですよね。そこがすごく魅力的でした。『モモ』と『二分間の冒険』は物語を好きになった根本にある2冊で、今にも繋がっている気がします。

――その頃、自分でお話を空想するのは好きでしたか。

河野:小学生の頃から、小説に限らず、何かしらのフィクションを作る仕事をしたいと思っていたので、好きではあったと思うんですよね。でも当時は書いてはいませんでした。なりたいとは思っても、なれるとは思わずにただ憧れていただけでした。
 あ、でも、4年生か5年生の時の何かの授業で、8ページくらいの白紙の本を渡されて絵本でも漫画でもなんでもいいから作りましょうという時間があったんです。その時、考えた物語が入りきらなくて、めちゃめちゃツメツメで書きましたね(笑)。内容はよく憶えていないんですが、男の子が冒険する話でした。

――作文を書くのは好きでしたか。

河野:どうだろう。字を書くこと自体があんまり好きじゃなかったんです。字が汚いし、漢字を知らなかったので。文章を考えることは苦ではないけれども、手を動かして書くのは好きじゃなかった。中学生の頃に父親が仕事場で使わなくなったワードプロセッサーを持って帰ってきて、それが小説を書き始めるきっかけです。それがなければ文章を書いていなかった可能性があります。

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