第240回:大前粟生さん

作家の読書道 第240回:大前粟生さん

2016年に短篇「彼女をバスタブにいれて燃やす」が「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」の公募プロジェクトで最優秀作に選出されてデビュー、短篇集では自由な発想力を炸裂させ、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』や『おもろい以外いらんねん』、『きみだからさびしい』などの中長篇では現代の若者の鋭敏な価値観を浮き上がらせる大前粟生さん。今大注目の若手を育ててきた本と文化とは? リモートでおうかがいしました。

その4「デビューと価値観のアップデート」 (4/6)

  • ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい
  • 『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』
    大前粟生
    河出書房新社
    1,760円(税込)
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  • 説教したがる男たち
  • 『説教したがる男たち』
    レベッカ ソルニット,ハーン小路 恭子
    左右社
    2,640円(税込)
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  • 82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)
  • 『82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)』
    チョ・ナムジュ,斎藤 真理子
    筑摩書房
    1,599円(税込)
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  • おもろい以外いらんねん
  • 『おもろい以外いらんねん』
    大前粟生
    河出書房新社
    1,540円(税込)
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――卒業後はどうされたのですか。

大前:働かなきゃいけないけれど会社員は嫌だなと思い、アルバイトをしながら趣味で小説を書いていました。短篇ばかり書いていたんですが、小説の新人賞を見ると長篇や中篇の募集が多い。どうしようかなと思っていた時に、デビューするきっかけとなった「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」で短篇の公募が始まったんです。ちょうど文学ムックの「たべるのがおそい」が創刊されて短篇を公募し始めたりして、そういうところにちょこちょこ送るようになりました。

――2016年に「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」の公募プロジェクトに送った短篇「彼女をバスタブにいれて燃やす」が最優秀作に選出され、「たべるのがおそい」に短篇「回転草」が掲載され、その版元の書肆侃侃房から短篇集を出さないかと言われて2018年に短篇集『回転草』が刊行されたわけですね。

大前:たまたまタイミングが重なってくれたな、と思っています。

――当時、短篇を次々書かれていたわけですが、アイデアに枯渇することはなかったのですか。

大前:それはあまりなくて。自分でアイデアをひねり出すというより、たとえば散歩に出かけてたまたま見た面白い光景をきっかけに、自分なりに変形させて書くことが多かったです。とりあえず何か文章を書くと、次の一行が出てきて、どんどん文章が生まれてくるという感じです。たとえば、星新一さんのようなアイデアがなにより大事、みたいなな短篇は書かなかったし、書けなかったですね。

――プロになって、気持ちに変化はありましたか。

大前:商業誌に載ったことで、「消えないようにしなきゃ」という気持ちがすごく出てきました。デビューしたことで、右も左もわからない状況ではあるんですが、いろいろな波に呑まれて自分が商業作家として消えてしまう道のりや、小説を書かなくなる道のりが出来てしまった、みたいな感覚がありました。

――読書生活に変化はありましたか。

大前:あったかもしれません。他の人の小説の言い回しが気になるようになって。好き嫌いが激しくなりました。こういうのが書きたくない、というのが増えてしまったというか。たとえば、オチに向かって、そのオチのためにうまいこと展開していく話とか...。ある目的のための設定だったり登場人物の発言があるような、良くも悪くも作為的なものは書きたくないなと思うようになりました。

――自由な発想の短篇を書くなか、2020年に刊行した『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』の表題作の中篇で注目されましたよね。「男らしさ」や「女らしさ」の押しつけが苦手な現代の大学生の繊細な感覚が鋭敏に描かれていましたが、これはどういうきっかけだったのですか。

大前:「女性差別に気づく男の子の話」という、明確なテーマで依頼がきたんです。その頃、東京医大が入試で女性受験者に対して不公平な採点をしていたことが分かったり、それと同じようなニュースが続いていたので、「そういうのがしんどい」みたいなことをツイートしたんです。それを見た河出書房新社の方が連絡をくれて、依頼されました。ちょうど雑誌の「文藝」がリニューアルする前のタイミングでしたね。
 そういうテーマの話が自分に書けるのかとか、書くことで差別を再生産しかねないかとか、小説というコンテンツとして面白い話にしてしまっていいのか、といった心理的なハードルが高かったです。めちゃくちゃ探り探りというか、恐る恐る書きました。

――その際、ジェンダー格差関連の本を読んだりしましたか。

大前:ちょうどフェミニズム関連の読みやすい本がたくさん翻訳された時期だったんです。レベッカ・ソルニットの『説教したがる男たち』とか、それこそチョ・ナムジュさんの『82年生まれ、キム・ジヨン』とか。そういう本を沢山読んでいました。そのなかで、被害を受ける側にも共感したし、男性文化みたいなところで育ってきた者として気づかないうちに加害する側になってしまうところにも共感しました。どの立場にも共感してしまう感じだったので、それを書けないだろうかと思いました。

――東京医大のニュースに対して「しんどい」と感じたように、大前さんはそもそも男性優位社会の価値観に染まらずにきた印象です。なぜ、そうしたものの見方ができるようになったと思いますか。

大前:もともと僕はあまり、「男だから」とか「女だから」ということに興味を持てずにいたんです。それともしかしたら、僕、背が低いんですけれど、そのことで中高生の頃にわりとからかわれたりしたので、それが大きかったりするのかな。からかう側というか、ホモソーシャル側への抵抗というか、苦手意識がずっと漠然とあったりしたのかもしれません。

――他にも、大前さんは『おもろい以外はいらんねん』では、芸人となった二人組と、彼らをずっと見てきた友人の姿を通して、人を傷つける笑いへの違和感を浮き彫りにしていますよね。

大前:コロナ禍になってから無観客のお笑い動画配信を見ていたら、ゲームコーナーの罰ゲームで、本気で嫌がっている芸人さんに対して、他の人たちが罰をほとんど強要する、というか、本人たちはよかれと思ってやっているのかもしれないけれど、配信の画面で見ているとそういう風に見えてしまう場面があって。お客さんがいなくて反応がないからこそ、既存のノリがどんどんエスカレートしているのかなと感じました。場のノリが生まれるとどうしてもみんなそこに乗っかっていって、個人よりも場の空気が優先されてしまう。それは劇場に限ったことではなく、学校でも近いノリがあるなと思い、すごく気になったんです。

―――話題となっている恋愛小説『きみだからさびしい』は長篇ですよね。はじめて長篇の依頼がきた時はどう思われましたか。

大前:プロットを先に作ったこともなかったし、自分に長篇を書く体力があるか分からなくて、どうしようという感じでした。でも、編集者さんがめちゃくちゃ綿密に打ち合わせをしてくれたんです。打ち合わせをするたびに、次の展開ができていく感じ、ものすごく助かりました。

――舞台はコロナ禍の京都。恋愛において、自分の男性性が相手を傷つけてしまうのではと感じている青年が恋した相手は、複数のパートナーと関係を持つポリアモリーの女性。作中、他にもさまざまな恋の形が描かれますよね。大前さんはジェンダー観や恋愛観のアップデートを示してくれる作家だというイメージがますます強まりましたが、ご自身はどういう思いなのでしょうか。

大前:せっかくだから書いておきたい、みたいな気持ちがあります。今の時代の渦中にいるからこそ出てくる悩みとか葛藤、そうした曖昧なものは小説だと書きやすいというか。SNSやYouTubeだとどうしても白黒はっきりつけがちですよね。再生数などアテンションの数に繋がるからだと思うんですけれど、それだけだと、どんどん世の中が苦しくなっていく気がします。でも小説は、あまり答えを決めたりするものではなく、曖昧なものを曖昧なままにしやすい表現形式であるし、だから大事だなと思います。

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