
作家の読書道 第240回:大前粟生さん
2016年に短篇「彼女をバスタブにいれて燃やす」が「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」の公募プロジェクトで最優秀作に選出されてデビュー、短篇集では自由な発想力を炸裂させ、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』や『おもろい以外いらんねん』、『きみだからさびしい』などの中長篇では現代の若者の鋭敏な価値観を浮き上がらせる大前粟生さん。今大注目の若手を育ててきた本と文化とは? リモートでおうかがいしました。
その5「デビュー後の読書と創作」 (5/6)
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- 『少年は荒野をめざす 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)』
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- 『ホットロード 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)』
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――『きみだからさびしい』の刊行記念として、青山ブックセンターで大前さんが選書したフェアをされたそうですね。選書リストを拝見したところ、幅広く選ばれているなあ、と。
大前:この選書フェアは、『きみだからさびしい』に関連づけて恋とか愛に関するものを沢山挙げる企画ですね。ちょうど引っ越しの準備で本をすでに段ボールに詰めてしまった後だったので、本棚を見なくても頭に浮かんでくる本を列挙していきました。
――懐かしい漫画作品も挙がっていますが、大前さん、その世代ではないですよね。
大前:大学生の頃、80年代の文化にはまっていた時期があって。それで吉野朔実さんの『少年は荒野をめざす』や日渡早紀さんの『ぼくの地球を守って』、紡木たくさんの『ホットロード』などを読み、そこから遡って萩尾望都さんの『トーマの心臓』なども読んでいたんです。
――小説では、柴田元幸さん訳のレベッカ・ブラウンの『体の贈り物』や『私たちがやったこと』なども挙がっていますが、こちらも話題なった当時、大前さんは小学生だったのでは。柴田さん訳ではバリー・ユアグローの『セックスの哀しみ』も挙がってますね。
大前:なぜ手にとったのかは憶えていないんですが、俳優の山崎努さんの『柔らかな犀の角』という読書日記を読んだんです。そこでたしか、柴田さん訳のバーナード・マラマッドの『喋る馬』が紹介されていて、そこから柴田さんが訳された本を読むようになりました。柴田さん責任編集の「MONKEY」も創刊されて、そこで紹介されていて作家さんや翻訳者の本も読むようになりました。翻訳者だったら岸本佐知子さんとか。岸本さんが訳されている作品では、ミランダ・ジュライとかが好きですね。
――アレクサンダル・ヘモンの『愛と障害』やジャネット・フレイムの『潟湖(ラグーン)』やもありますね。白水社のエクス・リブリスとかエクス・リブリス・クラシックスもお好きなのかな、と。
大前:今思い出したんですが、柴田さんや岸本さんによってアメリカ文学にはまって、京都の四条にあったジュンク堂の海外文学の棚のコーナーを定期的にチェックしていた時期がありました。海外文学は、そこで手に取った本が多いんです。『潟湖(ラグーン)』はそのコーナーで棚差しされていたのをたまたま手に取って、文章が面白かったから買ったのを憶えています。
――ああ、本は書店で選ぶことが多いですか。
大前:SNSを見ていてちょっとでも気になったものは買うようにしてるんですが、最近はあまりSNSを見なくなって、ふらっと書店に行って知ることのほうが多いです。そうなったぶん、新刊なのか古い本なのかを気にせずに、その時の自分の気分に合った本を見つけて手に取るようになった気がします。
――リストを見ると詩集や歌集もたくさん挙げられていますよね。詩集では水沢なおさんの『美しいからだよ』、石松佳さんの『針葉樹林』、歌集では初谷むいさんの『花は泡、そこにいたって会いたいよ』、榊原紘さんの『悪友』、穂村弘さんの『手紙魔まみ、夏の引越し』......。
大前:短歌を好きになったのは「たべるのがおそい」がきっかけでしたね。短歌も載っているので読んでみたら面白くて。それと、大阪の中崎町に葉ね文庫という、詩集や句集や歌集を探すならここ!という感じの書店があるんです。そこにたまたま行ってみたことがきっかけで、詩集も頻繁に手に取るようになりました。それ以前から、谷川俊太郎さんや最果タヒさんのように、詩について全然知らない人の耳にも入ってくるような方の詩集は手に取ったことはあったのですが。
小説を書いているせいか、物語疲れすることがあるんです。読むのも書くのもしんどくなる時期がある。そういう時に詩集や歌集を手に取ると、ふっと楽になるんです。小説を書くにあたってずっと登場人物のことばかり考えていると、自分自身のことは全然考えなくなってしまう。そういった時に短歌や詩を読むと、生活のリズムがゆっくりになるというか。窓の外の景色をぼんやり眺めているみたいな気持ちになれるますね。
――ご自身でも短歌を詠んでますよね。
大前:そうなんです。短篇を書く時の、散歩していて「あ、これ面白い」と思ったことがきっかけになる感覚とあんまり変わらないというか。面白いと思ったことを言葉にしておきたいのかもしれません。近いうちに『柴犬二匹でサイクロン』という短歌集が書肆侃侃房から出る予定です。
――活動の幅を広げてらっしゃいますよね。昨年には絵本『ハルには はねがはえてるから』、今年は児童書『まるみちゃんとうさぎくん』も刊行されています。どちらも子ども騙しではない内容が魅力ですが、これらは依頼があったのですか。
大前:たしか、『まるみちゃんとうさぎくん』は『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』がきっかけで依頼がきたんです。タイトルに「ぬいぐるみ」って入っているせいか、手に取ってくれた児童書の編集者さんが多かったようです(笑)。
どちらも、たくさんの子どもに向けたものというよりは、その"たくさん"の中になかなか入れなかったりする子が手に取ってくれたらいいなと思いながら書きました。教室のグループの輪からちょっと離れていたり、輪に入りたくないような子が、ひっそり手にとってくれたら。
――『ハルには はねがはえているから』の絵は宮崎夏次系さん、『まるみちゃんとうさぎくん』もカバー絵を板垣巴留さんが描かれていますね。
大前:本のカバー絵はだいたい編集者さんとデザイナーさんにお任せしているんですが、この2作の場合はどちらも、僕のほうからダメ元で「可能ならこの方がいいです」と編集者さんに言いました。そうしたら、引き受けていただけました。