第243回:砂原浩太朗さん

作家の読書道 第243回:砂原浩太朗さん

2016年に「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞してデビュー、長篇第2作『高瀬庄左衛門御留書』で野村胡堂文学賞、舟橋聖一文学賞、本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞、今年第3作の『黛家の兄弟』で山本周五郎賞を受賞と、快進撃が続く砂原浩太朗さん。歴史・時代小説に出合ったきっかけは? 本はもちろん、ドラマや映画のお話も交えてその源泉をおうかがいしました。

その2「歴史との出合い」 (2/7)

  • 三国志 (1) 桃園の誓い (希望コミックス (16))
  • 『三国志 (1) 桃園の誓い (希望コミックス (16))』
    横山 光輝
    潮出版社
    461円(税込)
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  • バビル2世 1 (少年チャンピオン・コミックス)
  • 『バビル2世 1 (少年チャンピオン・コミックス)』
    横山 光輝
    秋田書店
    461円(税込)
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  • 新・平家物語(一) (吉川英治歴史時代文庫)
  • 『新・平家物語(一) (吉川英治歴史時代文庫)』
    吉川 英治
    講談社
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  • 私本太平記(一) (吉川英治歴史時代文庫)
  • 『私本太平記(一) (吉川英治歴史時代文庫)』
    吉川 英治
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――ぜひ、歴史や歴史小説との出合いを教えてください。

砂原:小学6年生の時のNHK大河ドラマが橋田壽賀子さん脚本の「おんな太閤記」だったんです。これが本当に面白くて。同級生も結構見ていたので、人気があったんだと思います。ちょうど歴史を習う学年だったこともあって、楽しかったですね。それでだんだん歴史のほうに気持ちが傾いていきました。
 決定的になったきっかけは、小学校から中学校にあがる春休み、書店で立ち読みした横山光輝さんの漫画『三国志』でした。あのころはビニールパックがかかっていなくて、立ち読みできたんですよね。もともと横山作品は『バビル2世』などのSFも好きで読んでいましたが、春休みで時間があったから軽い気持ちでパラパラめくりはじめたら面白くて。14巻くらいまで一気に読んで、「これは買おう」と決めました。そこから決定的に気持ちが歴史へ惹きつけられましたね。
 ちなみに、その半年後、NHKで「人形劇 三国志」が始まったんです。僕がファンになったころは、まわりの誰も諸葛孔明なんて知らなかったのに、あれよあれよという間にメジャーになって。テレビの影響は大きいなと驚きました。横山三国志はその前から人気があったはずですが、一般に浸透したのは人形劇の功績がすごく大きいと思います。

――横山さんの『三国志』って相当な巻数だから買うのも大変ですよね。

砂原:中学生ですからそんなにお小遣いもないので、月に数冊ずつ買っていきました。今でも憶えていますが、第31巻が新刊で出る時に追いついたんですね。当時読んでいたのは全60巻のバージョンですから、ちょうど半分のところです。
 横山さんは出身も同じ神戸なので親近感がありますし、何を描いても水準を超えるすごい漫画家です。もっと評価されていいと思います。あとで出てくる荒木飛呂彦さんも、横山さんを高く評価しておられますよ。

――砂原さんはおいくつまで神戸にいらしたのですか。

砂原:大学に入るまでですね。神戸にいたころは徒歩圏に大きな書店が4軒あって、入り浸っていました。逆に図書館は遠かったので、図書館よりも書店になじみがあります。映画館もたくさんあって、連れていってもらったり、ある年齢からはお年玉を貯めて自分でチケットを買ったりしていました。そういう文化的なものがすぐ近くにある環境だったのは大きかったと思っています。神戸で暮らしていなかったら、僕は作家になっていないという、確信に近いものがあります。
 たとえば、書店をうろうろして文庫の背表紙を眺めているだけで、いろんな作家の名前を覚えるんですよね。読んでなくても夏目漱石や森鷗外、ヘミングウェイやヘルマン・ヘッセといった名前がなんとなくインプットされていく。知らないうちに文学地図が出来上がっていくわけです。
 あと、これは子どもならではの思い込みなんですが、当時、新潮文庫の古典ラインナップがとくに充実していたので、そこに入っているかどうかが評価の基準になってしまった。つまり、新潮文庫に入っている作家がAランクだという。あのころすでに品切れだったプルーストなどは、僕のなかで長らくBランクになっていました、本当にすみません(笑)。

――さきほど「おんな太閤記」のお話がありましたが、小さいころから大河ドラマはよくご覧になっていたのですか。

砂原:昭和の家ってテレビがつけっぱなしなんですよね。初めて見たのは昭和53年の「黄金の日日」で、主演は市川染五郎さん、今の松本白鸚さんでした。川谷拓三さんがさらし首になる場面や根津甚八さんが釜茹でになる場面はよく憶えています。自分の意志で通して見たのは、その次の「草燃える」ですね。今年の大河ドラマと同じ時代の話で、石坂浩二さんが源頼朝、岩下志麻さんが北条政子。北条義時は松平健さんで、なんて格好いい人だろうと思いました。これを1年間通して見て、大河ドラマって面白いなと感じたという前段階があった上での「おんな太閤記」でした。

――他の時代劇ドラマも見ましたか。

砂原:中学生のころ、社会科研究会という暇な部活に入っていたんです。土曜日しか活動しないので、平日は午後3時くらいに家に帰って時代劇の再放送を見ていました。
 よく見ていたのは里見浩太朗さん主演の「長七郎天下ご免!」。里見さん演じる松平長七郎は、将軍家光の弟・駿河大納言の忘れ形見で、普段は市井で浪人として暮らしているけれど、最後は葵の御紋を見せて悪を斬る。里見さんの芸には得も言われぬ気品があって、僕はこれで大ファンになりました。僕の本名は「浩太郎」なんですが、名前が似ているという親近感もあったと思います。デビューする際に画数を見たら「朗」のほうがよかったので、そこだけ替えてペンネームにしました。奇しくも完全に里見さんと同じ名前になりましたね。
 ちなみに「長七郎天下ご免!」はテレビ朝日系でしたが、その後、日本テレビ系で同じ里見さん主演の「長七郎江戸日記」というシリーズが始まったんです。長七郎の身の上は前作と同じなんですが、時代設定が何十年か後になっていて、この整合性はいいのかと思っていました(笑)。でも「長七郎江戸日記」は哀愁漂うトーンが基調にあって、すごくいいんですよ。僕の里見さんベストはこの作品ですね。
 里見さんはそれからもずっと好きで、舞台もよく見に行きました。実はサインをいただいたこともあるんです。18、9の時に太秦の映画村でサイン会に行って握手してもらい、一緒に写真も撮ってもらいました。この先、拙作が映像化されることがあったら、ワンシーンでもいいから出演していただけないかなあと思っています。

――『三国志』以降の読書はいかがだったのでしょう。

砂原:まず、吉川英治ですね。『宮本武蔵』から入って『新・平家物語』『私本太平記』...。『三国志』も読みましたが、もう横山さんの漫画で話を知っているのでそこまでのめり込まなかったですね、本当はこっちが先なのに(笑)。そもそも横山三国志って吉川三国志が原作だとは謳っていませんが、吉川さんのオリジナルまで漫画化しているんですよ。初期のヒロインである芙蓉姫は、吉川さんが作ったキャラクターなのに漫画にも登場している。当時は著作権も生きていたはずなのに、大らかな時代だなあと思います。
 吉川作品でいちばん好きなのは『新・平家物語』。今は講談社から文庫版が出ていますが、あれは「週刊朝日」に連載されたものなので、最初は朝日新聞社から刊行されていたんです。親の読んでいた本が家にあったので、その版で読みました。函入りで、旧字旧かなだったんですが、わからない字があっても文脈を追っていくうち読めるようになるんですよね。「實」ってなんだろうと思っていたのが、読んでいくうちに「実」なんだと気が付いたり。旧字旧かなは、なんとなく程度ですが、あれで覚えました。

――読むのは速いほうですか。

砂原:むかしは速いほうだったと思います。でも、精読が過ぎてどんどん遅くなり、今はほとんど読めない状態に近い(笑)。読んでいる文章がリズム的に入ってこないと、いつまでもそこで止まったりしてしまうんですよね。余談ですが、藤沢周平先生も同じようなことをエッセイに書いておられます。資料的なものは情報として読むからいいんですけど、文学作品として味わおうとすると、どんどん遅くなりますね。中学生のころは速かったから、たくさん読めました。小説以外にも、新人物往来社から出ていた雑誌「歴史読本」を毎月買っていて、グラビアのキャプションから編集後記まで全部読んでいました。読者のお便り欄に目を通していると、よく「大河ドラマの〇〇をダビングしてください」というのがあって、「こういう作品が人気なのか」と思ったりして。一度、「僕もそれがほしいです」と連絡したこともありましたね。
「歴史読本」では、歴史の全体像に触れました。今でも古代史と幕末以降は苦手なんですが、それでもこの雑誌で邪馬台国は九州にあったか畿内かという論争があるらしい、と知ったり。教科書には出てこないような合戦の顛末とか、中国史に出てくる妖婦や悪女などの話も面白かったですね。

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