第243回:砂原浩太朗さん

作家の読書道 第243回:砂原浩太朗さん

2016年に「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞してデビュー、長篇第2作『高瀬庄左衛門御留書』で野村胡堂文学賞、舟橋聖一文学賞、本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞、今年第3作の『黛家の兄弟』で山本周五郎賞を受賞と、快進撃が続く砂原浩太朗さん。歴史・時代小説に出合ったきっかけは? 本はもちろん、ドラマや映画のお話も交えてその源泉をおうかがいしました。

その4「好きな映像作品」 (4/7)

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――作品の情報は書店で得ることが多かったですか。

砂原:そうですね。あとは映像化の影響も大きいです。さきほどの『獄医立花登手控え』がそうですし、吉川英治の『宮本武蔵』も、NHKの「新大型時代劇」枠で放送されました。役所広司さんが武蔵役でしたが、このドラマが素晴らしかった。というのも、僕が原作を読んで不満に思っていたところが全部解消されていたから。僭越ながら、脚本家(杉山義法)と僕のセンスが合っていたんでしょうね。
 原作の『宮本武蔵』は人気が出て連載が長くなったせいで、明らかに要らないエピソードがあるんです。九度山の真田一党が出てくるくだりなんて、「ここ要らないんじゃない?」と思っていたら、ドラマでもバッサリ切られていました。一方、武蔵が鎖鎌使いの宍戸梅軒と立ち会うとき、その前に、梅軒の奥さんにちょっと世話になっているんですよ。それなのに、原作だと躊躇なく梅軒を斬っていて、「ええっ」と思ったんですが、ドラマの武蔵は躊躇します。「もちろん、そうだよな」と共感しました。他にもいろいろあって、挙げだすと切りがないですが(笑)。最初のほうで武蔵に負けて片腕を失った吉岡清十郎は、原作だともう出てこないんですけれど、ドラマでは最後に漂泊の僧となって現れ、すっかり解脱した姿で、巌流島に行く武蔵を激励するんですよね。ところが内心では、まだ武芸者としての未練が残っているという苦悩まで滲ませて、これも良かった。「もし自分だったらこうする」という僕の願望を全部叶えてくれた脚本でした。

――映画もお好きでしたか。

砂原:大好きでした。近所にたくさん映画館があったので、小さいころは子ども向けアニメ映画などからはじまり、「スター・ウォーズ」はシリーズ第一作の封切時から観ています。やはり大人向けの映画を観始めるのも早かったですね。ダスティン・ホフマンとメリル・ストリープ主演の「クレイマー、クレイマー」(80年公開)とか。
 当時一世を風靡した松本零士さんのアニメも好きでした。「宇宙戦艦ヤマト」などたくさんありますが、なかでも好きだったのは「銀河鉄道999」の劇場版ですね。いまだに「いちばん好きな映画は?」と訊かれると、この作品を挙げています。ちょうど作り手目線を持ち始めた小学4年生のときに公開されたんですが、原作もテレビアニメ版も知っている身としては、「毎回いろんな星に行く話をどうやって2時間にまとめるんだ」と危惧を抱いていたんです。そうしたらエピソードの取捨選択が完璧でした。「ここは要るよね」という部分はちゃんと残していて、「ここはこう取ってこう繋げるのか」と感嘆するところがたくさんあって、ただただ「すごい!」と思いました。しかも感動のラストで。ロングランになったので、5、6回は観に行きましたね。
 当然それ以上に素晴らしい映画もいっぱいあるんですけれど、10歳の魂に響いた感動って計り知れないから、いまだに「いちばん好きな映画は『銀河鉄道999』」って言っています。
 ちなみに、ベスト2も不動で、中学2年生の時に観た「アマデウス」です。やはりこれも、自分が作られきっていない時に観たということが大きいですね。豊かな娯楽性があるけれど人生の理不尽さも描かれていて、「こういう作品が作りたい」とつよく思いました。面白さと人生の奥行きを兼ね備えたものが理想だというのは、このころから変わってないですね。

――時代劇映画はどうでしたか。

砂原:当時かなり減っていましたが、89年に「将軍家光の乱心 激突」というアクション時代劇が久々に作られました。降旗康男監督、緒形拳主演で、京本政樹演じる家光がなぜか常軌を逸して自分の息子を殺そうとするのを阻止する話。なぜ突然あの映画が作られたのかわかりませんが、とにかく面白かったです。その後しばらく東映が毎年時代劇を作ってくれたので、全部観に行ってましたね。好きだったのは、「江戸城大乱」とか「動天」とか。

――さて、大学進学で東京にいらしてからは。

砂原:早稲田に入って思い切り本を読もうと目論んでいたんですが、足を運べる映画館の数がぐんと増えたので、結果的に学生時代はむしろ映画の方に傾斜してました。年に100本ぐらいは観ていましたね。といいつつ、これはストイックな数え方で(笑)、2本立ては1本とカウントし、ビデオで観たものは入れていないので、劇場に足を運んだ回数が100回ということです。
 新作映画も精力的に観ていましたが、とくに面白いと思ったのは1940~50年代、ハリウッド黄金時代の作品です。上京する1年くらい前からハリウッド・クラシックスという企画が始まって、神戸でも観ていました。「ローマの休日」から始まって「雨に唄えば」など、一般教養とでもいうべき名作をスクリーンで上映してくれるわけです。東京では銀座文化がクラシック専門館だったので、そこに入り浸っていました。今のシネスイッチ銀座ですね。あそこは当時、上が銀座文化、下がシネスイッチ銀座だったんです。オードリー・ヘップバーンの映画はとくに人気だから「昼下りの情事」「麗しのサブリナ」「マイ・フェア・レディ」などさかんに上映していて、ほかの作品も粒ぞろいでした。
 あのころ浴びるように映画を観たことも役に立っていますね。特に、さりげないユーモアをまぶした会話なんかはハリウッド映画の影響があると思います。『高瀬庄左衛門御留書』で、怪我をした立花弦之助が庄左衛門に止血された時、嬉しそうに「父というは、こうしたものかなと思いまして」と言ったら、庄左衛門が無言になる。なにか気に障ったのかと心配すると、庄左衛門が「そこもとは、身どもなど及びもつかぬほど博識でおわすが」「照れくさい、ということばはご存じないようですな」と応える...みたいなところは、おそらくハリウッドの会話から吸収したものです。『黛家の兄弟』でも最後のほう、主人公の人間的な成長を指して、しみじみ「大きくなられて」というのへ、「――丈(たけ)はあのころから変わっていないはずだが」と返す会話。愁嘆場がちょっとだけユーモアで相対化されるのも、洋画から取り入れたものですね。自分が見たり聞いたり経験したりしたものが全部血肉になっているわけです。

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