
作家の読書道 第243回:砂原浩太朗さん
2016年に「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞してデビュー、長篇第2作『高瀬庄左衛門御留書』で野村胡堂文学賞、舟橋聖一文学賞、本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞、今年第3作の『黛家の兄弟』で山本周五郎賞を受賞と、快進撃が続く砂原浩太朗さん。歴史・時代小説に出合ったきっかけは? 本はもちろん、ドラマや映画のお話も交えてその源泉をおうかがいしました。
その3「藤沢周平との出合い」 (3/7)
――吉川英治氏のほかにハマったのは。
砂原:吉川英治と前後して、ついに藤沢周平に出合うわけです。きっかけは、中学1年生の時にNHKの水曜時代劇で放送された、中井貴一さんの初主演作「立花登 青春手控え」。囚人たちを診る獄医の立花登を演じるのが中井さんでした。牢獄が舞台なので人生の暗部や社会の矛盾に触れたりして、そのなかで立花が徐々に人間として成長していくという、一話完結の時代劇です。チャンバラとは違う深みがあって、すごく感銘を受けました。そこで原作に興味を持って、講談社文庫から出ていた『獄医立花登手控え』シリーズを読み始めたのが、藤沢作品との出合いです。
そのころ、うちは「週刊朝日」を購読していたんですが、ちょうど藤沢先生の連載が始まったんです。それがいま文春文庫に入っている『風の果て』で、ファンになったところだったので飛びつくように読み始めました。身分の軽い武士が婿入りを経てだんだん偉くなり、最後は筆頭家老にまで登り詰める物語なんですが、本になってからじっくり読みたいと思うようになって、途中で連載を追うのはやめました。待ちわびてようやく単行本が出たのは中学3年の1月。高校受験の直前なんですけど(笑)、発売日に買いに行きました。急いで読むのがもったいなくて、1日20ページずつくらい、上下巻を1か月ほどかけてじっくりじっくり読みました。素晴らしかったですね。まず、全編に漂っている喪失感のようなものがいい。主人公は出世していく過程で、かつての友人などいろいろなものを失くしていく。それでも前に進んでいかなければならないということを、ことさら力こぶを入れるわけでもなく、「当然そういうものでしょう」という感じで書いていて。藤沢先生に私淑と言えるまでの思いを持つようになったのは、この作品からです。
おもに家庭的なことからくる孤独感や寂寥感を抱いている少年だったので、自分がかかえているものと藤沢作品の筆致がぴったり合ったんでしょうね。人生は基本的に苦いものであり、何かを失っていくのが当たり前、という感覚はそのころからあった気がします。自分がいまだに能天気な話が書けないのは、その辺から来るのかもしれません。
――中学時代、ご自身で時代小説は書きましたか。
砂原:見よう見まねで捕物帖みたいなものも書いていましたが、自分が手がける題材としては歴史の方を向いていました。人生の初投稿は中学2年生。当時は新人物往来社主催の歴史文学賞という新人賞があったんですね。そこに正史『三国志』を書いた陳寿の物語を50枚くらいの短篇にして送りました。でも、ストーリーは考えられても、小説という形に仕上げる筋肉みたいなものがまだなくて、既定の50枚にするためどうにかこうにかいろんな話をつけ足しました。これは無理だろうと思ったら、やっぱり駄目でしたね(笑)。
陳寿の父親は馬謖の部下で、彼が街亭の戦いに敗れて孔明の命で斬られた時に連座して罪を負っているんです。陳寿は正史で孔明を批判しているところがあるんですけれど、それは父親のことで恨んでいたからじゃないかという説があります。僕の作品ではそうではなく、最初はたしかに恨んでいたんだけれど、だんだん孔明のことを調べていくにつれて恨みが氷解し、すごい人だと思うようになった。でも歴史家として言うべきことは言うというスタンスで批判した、という話なんです。ストーリーは結構いいでしょう?(笑) いずれ、もう一度書いてみたいですね。
――中高時代、歴史小説や時代小説以外で好きだったものは。
砂原:「週刊少年ジャンプ」とか。荒木飛呂彦さんの大ファンでした。いまも好きですね。友達の家に遊びに行ったとき、『ジョジョの奇妙な冒険』の第一部を読んで、「なんだ、この斬新な漫画は」とのめりこみ、毎週買うようになりました。ここでもやはり、漫画はもちろんお便りコーナーの「ジャンプ放送局」から、もくじページの漫画家コメントや編集後記まで全部読んでいたという(笑)。
中学高校という咀嚼力のある時期に「歴史読本」も「週刊少年ジャンプ」もごたまぜに、しかも全部読んでいたのはよかったと思います。自分が進んで手を伸ばす以外のものも載っているというのが雑誌の良さですから。ジャンプは結局そこから16年間、1号も欠かさず購読していましたが、そこまで読んでいると、面白いことに連載の初回を読むだけで当たる作品、当たらない作品がわかるようになってくるんです。『ONE PIECE』も『NARUTO-ナルト-』も『ROOKIES』も「あっ、これ絶対当たる」と思って何度も読みました。編集者時代、そんなことを集英社の人に話したら、「僕が紹介するから、ジャンプ編集部に入ったら?」と本気で言われましたね(笑)。
ほかの漫画家だと、みなもと太郎さん。『風雲児たち』などが好きでした。横山光輝さんは『三国志』以外にもいろいろ読んでいました。『項羽と劉邦』とか、講談社から書き下ろしで出ていた『徳川家康』とか、他にもSFものとか。手塚治虫や藤子不二雄作品もかなり読み込んでいましたね。
あとは杉浦茂さん。ここまで挙げた方にくらべるとややマイナーかもしれませんが、僕が生まれるずっと前から『猿飛佐助』などの児童漫画を描いていた方で、叔父が子どものころ好きだったので教えてくれたんです。今でも作品集を持っています。
こうして振りかえってみると、よく知られた作家が多いですよね。ある程度のメジャー性みたいなものを備えた作品が好きなのかもしれません。
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- 『猿飛佐助 (1) (クオーレ)』
- 杉浦茂
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