第243回:砂原浩太朗さん

作家の読書道 第243回:砂原浩太朗さん

2016年に「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞してデビュー、長篇第2作『高瀬庄左衛門御留書』で野村胡堂文学賞、舟橋聖一文学賞、本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞、今年第3作の『黛家の兄弟』で山本周五郎賞を受賞と、快進撃が続く砂原浩太朗さん。歴史・時代小説に出合ったきっかけは? 本はもちろん、ドラマや映画のお話も交えてその源泉をおうかがいしました。

その5「古典を読み進める」 (5/7)

  • カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)
  • 『カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)』
    ドストエフスキー,卓也, 原
    新潮社
    979円(税込)
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  • ゴリオ爺さん (新潮文庫)
  • 『ゴリオ爺さん (新潮文庫)』
    バルザック,篤頼, 平岡
    新潮社
    825円(税込)
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  • 罪と罰〈上〉 (新潮文庫)
  • 『罪と罰〈上〉 (新潮文庫)』
    ドストエフスキー,精一郎, 工藤
    新潮社
    825円(税込)
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――大学時代の読書はいかがでしたか。

砂原:この時期に古典を読まないといけないという意識が芽生えて、ドストエフスキー、トルストイ、バルザック、夏目漱石などを意識して読み始めました。
 とくに感動したのはドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』とバルザックの『ゴリオ爺さん』ですね。『罪と罰』はそれほど響かなかったんですが、『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキーの集大成的作品で、すごいものを読んだと思いました。あれは全世界の人に読んでほしい。
『ゴリオ爺さん』はそういう言葉こそ使っていないけれど、人生の不条理を描いた作品ですね。副主人公格のヴォートランという悪党がいるんですけれど、途中でいなくなってしまう。こんなに存在感のある人が消えちゃうってどういうことか、普通だったらできそこないの小説だと思うんだけど、その時は現実ってこういうものだよと作者が言っている気がしたんです。現実には、こうやって突然誰かが消えたり、伏線が回収されないままだったりしますよね。ゴリオ爺さんが死んだあと、彼の近くにいたラスティニャックという青年が、最後にパリの町を見ながら、「今度は、おれとお前の勝負だ」と口にするのもよかった。死んでいく老人がいて、この先も生きていく青年がいて、そこにも人生の一断面みたいなものを感じました。『ゴリオ爺さん』を薦めてくれたのは僕の恩師ですが、本当に感謝しています。

――恩師、というのは。

砂原:僕が在籍していたのは早稲田の文芸専修(当時)というところだったんですが、専任の先生はいなくて、いろいろなところから先生が集まって教えておられたんです。その恩師は仏文の先生で、僕は1年の時、たまたまその先生のフランス語の授業を受けていました。2年生でその先生が指導する小説講読のゼミに入り、4年生の時は卒論の教官もお願いしました。
 3年生の時は直接の指導がなかったんですが、実際に小説を書くゼミを取っていて、書きあげたらその先生にも見てもらっていたんです。1作目の時は「よく書けてるね」と言ってくださったんですが、2作目で武家ものを書いた時、授業での評価は良かったのに、先生には「これでは藤沢周平の若書きだよ!」と叱られました。つまり、小器用な真似になっているということですね。このこともあって、その後、長く時代ものには手をつけなかったのかもしれません。
 その先生とは、今でも手紙のやりとりをしています。本が出るたびにお送りするんですが、なかなか厳しくて(笑)。『黛家の兄弟』の時も、疑問点みたいなものがいくつか挙げられてきましたが、それとは別に、「山本周五郎賞受賞おめでとう」というお手紙もいただきました。

――卒業後は出版社に就職したのですか。

砂原:中央公論社(現・新社)に入って編集の仕事に就きました。いきなり小説家になれるとは思っていないし、とにかく社会人になりたかったんです。どうせなら好きな小説に携わる仕事がしたいなと思い、出版社を受けました。
 担当作家の本をたくさん読まないといけなかったんですが、かたわら、年に最低1作品は古典を読むことにしていました。そのころ読んだのが、ヘッセの『知と愛』やドストエフスキーの『白痴』です。
 ヘッセは叙情的な感じが自分に合うんですが、特に『知と愛』が好きです。ナルチスという修道士と、ゴルトムントという諸国放浪しながら恋愛遍歴を重ねる芸術家という、対照的な2人の物語ですね。今思うと、これも大きな意味でバディものといえるかもしれません。
『白痴』はドストエフスキーの中で、『カラマーゾフの兄弟』の次に好きな作品です。これはバディものとまでは言わないけれど、ムイシュキンとロゴージンという、青年2人の対決のドラマでもあります。やはり、自分は一貫して人と人との関係性の中で動くドラマが好きなんだと思います。

――会社では小説の編集者だったのですか。どんな方をご担当されたのかなと。

砂原:まずは森村誠一、斎藤栄、永井路子、菊地秀行といったビッグネームの先生方。他には『秘密』で本格的にブレイクする前の東野圭吾さんも。とくに歴史小説、時代小説では自分のアプローチでおつきあいが始まった方も多いです。東郷隆さん、宮本昌孝さん、高橋直樹さん、安部龍太郎さん、中村彰彦さん...。結局原稿はいただけなかった人もいますが(笑)。
 7年間勤めたんですけれど、いずれ必ず小説家になるんだとは思っていました。そうすると、編集の仕事は楽しいんですけど、小説を書くのとは違う感性を使うものですから、だんだん「ずっとこれをやっていると書けなくなるんじゃないか」と思い始めたんです。いちばんそう感じたのは、新人さんの書き下ろし長篇を担当していて、ふんだんにアイディアを出しちゃった時ですね。「このアイディア、自分のために使ったほうがいいんじゃないか」と思ったのが、かなり直接的な退社のきっかけです。

  • 白痴(上) (新潮文庫)
  • 『白痴(上) (新潮文庫)』
    ドストエフスキー,浩, 木村
    新潮社
    1,100円(税込)
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