第243回:砂原浩太朗さん

作家の読書道 第243回:砂原浩太朗さん

2016年に「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞してデビュー、長篇第2作『高瀬庄左衛門御留書』で野村胡堂文学賞、舟橋聖一文学賞、本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞、今年第3作の『黛家の兄弟』で山本周五郎賞を受賞と、快進撃が続く砂原浩太朗さん。歴史・時代小説に出合ったきっかけは? 本はもちろん、ドラマや映画のお話も交えてその源泉をおうかがいしました。

その7「歴史小説も時代小説も」 (7/7)

  • いのちがけ 加賀百万石の礎 (講談社文庫)
  • 『いのちがけ 加賀百万石の礎 (講談社文庫)』
    砂原 浩太朗
    講談社
    946円(税込)
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  • 野菊の墓 他四篇 (岩波文庫 緑 9-1)
  • 『野菊の墓 他四篇 (岩波文庫 緑 9-1)』
    伊藤 左千夫
    岩波書店
    660円(税込)
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  • ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)
  • 『ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)』
    七生, 塩野
    新潮社
    539円(税込)
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――その短篇を発展させた『いのちがけ 加賀百万石の礎』は歴史小説ですが、その後、時代小説を書き始めたのは編集者の勧めがあったからだそうですね。

砂原:「文章の雰囲気や感情の掘り下げ方が時代小説に向いていると思うから、書いてみてください」と言われました。デビューしたてなので、「書いてください」と言われたら書かざるをえないわけです(笑)。時代小説はたくさん読んできたので、「てにをは」はわかっているから、書ける書けないでいえば書ける。それで、先ほど言った『山の音』を読んで感じたことをヒントに、読み切り短篇のつもりで書いたのが『高瀬庄左衛門御留書』の第一章にあたる「おくれ毛」でした。そうしたら「良かったから、続きを書いてみて」と言われました。続きはまったく考えていなかったのですが、『ゴリオ爺さん』を読んだとき感じたように、作品はここで終わるけれど作中人物の人生は続いていくという感覚が自分の中に沁み込んでいるので、これまた書けないことはない。僕の作品はつねに続きがありそうな雰囲気で終わっていますが、続篇を狙っているわけではなく(笑)、基本的にそういう感覚があるからなんです。作中、おなじ時間軸のなかでも書かれていない話があるはずだという意識も持っています。
 そこで構想を練り直し、新たに立花弦之助や半次といったキャラクター、藩の抗争などを盛り込んで、いまの形になりました。

――『高瀬庄左衛門御留書』も『黛家の兄弟』も、架空の神山藩が舞台ですよね。帯にも「神山藩シリーズ」とあります。

砂原:一度作った舞台ですから、わざわざ別の藩を作る必要もないくらいのつもりだったのですが、いつのまにかシリーズということになっていました(笑)。神山藩にはモデルにしている藩があって、作中にヒントも出しているので、わかる人にはわかると思います。

――執筆の際、史実がベースかどうかとは別に、歴史小説と時代小説で実感する違いはありますか。

砂原:じつは、ものすごい違いはないと思っています。ただ、ベクトルの向きはやはり異なっていて、時代小説のほうが、より個人の人生や生活を追うものだという気がします。ですから食事をする場面や子どもが熱を出したなどといったことを、ストーリーを邪魔しない程度に随時入れていく。歴史小説でもそれは盛り込んでいるつもりですが、時代小説のほうがより比重が大きいかなとは思います。

――『黛家の兄弟』では、『山の音』のようにヒントになった先行作品はありますか。

砂原:『カラマーゾフの兄弟』は少し念頭にありましたが、同じことをやろうとしたわけではありません。もともと群像劇が好きなんです。個性の違う三兄弟がそれぞれの道を歩んで大きく物語が動いていく、みたいなものが好みなんですね。

――そんな『黛家の兄弟』で山本周五郎賞を受賞されて。

砂原:受賞会見でも話したんですけれど、山本周五郎という大先達の名を冠した賞をいただけたことは、時代小説を書いている僕にとってすごく大きな意味があったと思っています。もともと藤沢周平に私淑していて、そういう看板をいただいている上に、山本周五郎の名前まで掲げることになったという。それだけ責任もあるので下手なものは書けないですね。新たに自分を奮い立たせているところです。

――今、1日のルーティンは。

砂原:10時~19時くらいの感じで机に向かっています。もちろん休みなく書いているわけではなく、考えあぐねている時間も含めてですが(笑)。夜はさすがにぐったりしているので、資料を読んだり、手紙を書いたりしていることが多いですね。

――やはり最近は読書というと資料読みが多いですか。

砂原:そうですね。でもいまだに、少しずつでも古典を読んでいかないと、とは思っていて。ちなみに、今読んでいるのは『野菊の墓』です。たまたま電車に乗るとき本を持っていないことに気づいて、薄い文庫本を探して買いました(笑)。
 最近びっくりしたのは、2020年のはじめにカミュの『ペスト』を読んだら、その後、世の中があんなことになって、急にこの本がベストセラーになりましたよね。あれには驚きました。あまり世の中の流行と関わりなく生きていますが、『三国志』と『ペスト』の時、この2回だけ、時代とシンクロした気がしています。

――今後はどのような作品を書くご予定でしょうか。

砂原:神山藩を舞台にしたものはおそらく、ことさらシリーズと銘打たなくてもずっと書きつづけていくと思います。時代小説の方で注目していただきましたが、ありがたいことに歴史小説のオファーも途切れず来ているので、こちらも続けていきたいですね。足利尊氏と直義の兄弟対決である観応の擾乱を、尊氏の庶子・直冬の視点から描こうと思っていて、その準備をしています。

――砂原さんはどの時代でも書けそうですね。

砂原:いや、最大がんばって平安時代からペリーが来るまでかな(笑)。先ほども言いましたが、古代史と幕末以降はちょっと苦手で。ああ、でも学生のころは中国歴史小説が書きたいと思っていて、卒論も小説を提出したんですが、そういう内容だったんです。折しも宮城谷昌光さんが現れて、あれもこれも書いてしまわれたので、方向修正を余儀なくされた(笑)。でも、いずれ形にしたいと思っています。
 実は会社を辞めたときは、ローマ史を書くつもりだったんですよ。

――ああ、すっかり聞きそびれていましたが、砂原さんは塩野七生さんの『ローマ人の物語』もお好きだそうですね。

砂原:そうです、とくに初代皇帝アウグストゥスに惹かれました。ローマ史に傾倒して、イタリアにも行きましたし、原書で勉強もしましたね。でも、ラテン語が難しすぎて身に付かず(笑)。塩野さんや佐藤賢一さんといったラテン語を読みこなしている方々がいらっしゃるので、少なくともローマ史専門の作家ですという看板は掲げられないなと。ここでも方向修正があったわけです。でもさんざん勉強したので、今はキャリアの終盤で形にしたいと考えています。中国、ローマ、純文学...。いろいろと迷った分が蓄積にもなっているはずなので、これから少しずつ、自分の引き出しを開けていきたいですね。

(了)