第244回:小川哲さん

作家の読書道 第244回:小川哲さん

2015年に『ユートロニカのこちら側』でハヤカワSFコンテストで大賞を受賞しデビュー、『ゲームの王国』が日本SF大賞と山本周五郎賞を受賞、『嘘と正典』が直木賞候補になり、現在新作『地図と拳』が話題の小川哲さん。今もっとも注目を浴びているSF界の新鋭は、どんな本を読んできたのか。作家を目指すきっかけなども含めたっぷりインタビューしました。

その2「SFにハマる」 (2/7)

  • 日本以外全部沈没 パニック短篇集 (角川文庫)
  • 『日本以外全部沈没 パニック短篇集 (角川文庫)』
    筒井 康隆,山藤 章二
    角川書店
    704円(税込)
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  • 王とサーカス (創元推理文庫)
  • 『王とサーカス (創元推理文庫)』
    米澤 穂信
    東京創元社
    946円(税込)
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  • グレート・ギャツビー (新潮文庫)
  • 『グレート・ギャツビー (新潮文庫)』
    フィツジェラルド,孝, 野崎
    新潮社
    572円(税込)
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――子どもの頃、将来なりたいものってありましたか。

小川:あんまりなくて。サッカーをやっていましたが、サッカー選手になるのは小学生のうちに諦めていましたし。ただ、自分は命令されるのが嫌いだと分かってきてからは、「将来は社長になりたい」と言っていました。当時、命令されない立場の人間として思い浮かぶのが社長だけだったんです(笑)。

――サッカーはずっと続けていたのですか。

小川:大学生までサッカーをしていましたが、高校生の時だけラグビーをやりました。
 僕が行った高校はサッカー部が厳しかったんです。闘莉王の出身校で、推薦で集まったサッカー上手な人と一般で入った人を合わせたチームでした。実際強かったけれど、練習がすごく厳しいし、自分が試合に出られるかも分からないし。それでサッカー以外ならなんでもいいやと思ってラグビー部に入ったら、ラグビー部も練習がきつかった。首の筋トレをするので、毎日首が筋肉痛でした。
 でも結局、入って半年の間に2回骨折したので、やめてしまいました。そこから帰宅部になって、いっぱい本を読みました。
 僕だけかもしれないけれど、スポーツをやっていると、なんか、途中でやめるのはみっともない、最後までやりきるのが偉い、みたいな価値観が染みつくんですよ。だからラグビー部を途中でやめた瞬間に、何かが覚醒した感じがありました。「あ、やめてもいいじゃん」っていう。スポーツをやっていた時期の僕は、本も読み始めたらつまらなくても最後まで読んでいたんです。でも、つまらなかったら途中ですぐやめるようになりました。そっちのほうが読書も楽しいと思いますね。

――では、中高時代の読書生活は。

小川:SFにハマりました。母親はミステリーが好きなんですが、父親は幅広く読んでいて、そのなかでもハードボイルドとSFが好きなんですよね。父親の本棚はハードボイルドとSFが充実していて、そこにあった筒井康隆を読んで「めっちゃ面白いじゃん」となり、ショートショートにハマって星新一を読み、フレデリック・ブラウン、レイ・ブラッドベリ、アシモフ、ハインラインを読み...。

――筒井さんは短篇集とかですか?

小川:そうですね。小松左京の『日本沈没』を読んでいない段階で筒井さんの短篇の「日本以外全部沈没」を面白く読み、その後元ネタの『日本沈没』を読んで「これって『日本以外全部沈没』のパロディじゃん」みたいに思ったりして(笑)。

――お父さんの持っていたハードボイルドにはハマらなかったんですか。

小川:中高校生の時に読んでもよく分からなかったですね。でもよく考えると、あだち充が書く漫画の主人公ってちょっとハードボイルドなんですよね。あんまり弱音吐かないし、文句言わないし、ちょっと格好つけているけれどちゃんと結果出すし。そう考えるとハードボイルドを理解する素地はあったかもしれません。でも、ウイスキー飲んでタバコ吸って人殴って...って、分かんなかったです。それこそマティーニなんて何のことだか分からないですし。

――ああ、ハードボイルドはどのあたりの作品があったのかと思いましたが、フィリップ・マーロウとか?

小川:当然ありました。父親はチャンドラーの新訳が出るたびに全部チェックしてますね。
 日本だと高村薫さん。高村さんって単行本とか文庫とかバージョンが変わるたびに、めちゃくちゃ書き直しをされるんですよね。父親は高村さんがどこをどう書き直したかとか、もうずっと言ってるんです。

――ご家族で本の話ができるなんて楽しそう。

小川:高村さんの話は父親が一方的にしているだけですよ。でも僕が本棚から取った本を見て、「だったらこれとこれを読め」とか「こういうもあるぞ」とか言ってくれて。母親も、宮部みゆきさんとかはデビュー後すぐくらいから読んでいて、「これ面白いよ」と渡してくれたりしました。母は東野圭吾さんも早いうちから読んでいましたね。学校の教師なんで、『放課後』や『魔球』といった、学校を舞台にした作品が好きだったようです。

――クリスティー以降、海外ミステリは読まなかったのですか。

小川:母親が読んでいたジェフリー・ディーヴァーなどを読みました。

――リンカーン・ライムのシリーズとか?

小川:そうです。ミステリはその時売れてる作品が多かったと思いますね。僕は最近仕事で山田風太郎や江戸川乱歩を読んだりするんですが、当時は全然読んでいなかった。
 母親は明確に、本格ミステリを読まないんですよね。僕は横溝正史も好きなんですけれど母親はあまり好きじゃなくて、松本清張なんかが好きなんです。
 最近は僕が読んで面白かったミステリを母親に薦めるんですが、アンソニー・ホロヴィッツはめちゃめちゃハマってました。米澤穂信さんも『王とサーカス』はいけるかなと思って渡したら、「めちゃくちゃ面白かった」って。文章が上品で、グロかったりエグかったりしてなくて、事件がちゃんと解決するけれどパズラーじゃなくて、動機も必然性があってご都合主義じゃないミステリが好きみたいです。

――家は本であふれていた感じですか。

小川:母親は読んだ本をそこらへんに積んでいて、それが限界に達するとまとめて捨てるんですよ。「もったいないから俺が読む」といって引き取っていました。
 父親は保管方法が特殊なんです。必ず書店カバーはつけたままで、背表紙にタイトルをペンで書くんです。最近はテプラになりましたけど。で、読み終わった本は、そのタイトルの下に「小川」という判子を押すんです。中高生の頃は読み終わった本に判子を押してると知らなかったんですけれど、判子がついてる本を読めば面白い可能性が高いと分かってきて、それらを優先して読んでいました。

――小説や漫画の他に、自分に影響があったと思う文化的なものって何かありますか。

小川:僕はそれがないんですよね。影響を受けた作家もピンとくる人がいないんです。自分は作家になりたくてなったというよりは、他のものになりたくないから作家になったんですよね。そう言うとすごいネガティブな感じがしますが、だからそこ天職だと思ってるんですけれど。
 フィッツジェラルドも好きで『華麗なるギャツビー』も30回くらい読んだけれど、でも別に同じものを書きたいわけじゃないし。

――『華麗なるギャツビー』を読んだのはいつぐらいですか。どうしてそこまで好きだったのでしょう。

小川:最初に読んだのは結構遅くて18とか19とか。フィッツジェラルドは単純に文章が上手ですよね。なんか、清潔ですよね。
 それに、僕はああいう、なりたい自分と現在の自分にギャップがあって背伸びする人の話が好きなんですよね。そいつのことを知りたくなる。自分でもいろんな小説の中でそういう人を書いているつもりです。だから佐村河内さんとか小保方さんとか好きなんですよ。あの人たちってグレートギャツビーだなと思ったんですよね。僕は運が良くて、わりとこれまでやりたいと思ったことをやってきましたが、だからこそ、なりたい自分に能力が届かなかった時に人間が過ちを犯すことに興味があるというか。どうしてかは自分でもちょっと分からないです。

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