
作家の読書道 第247回:高瀬隼子さん
2019年に『犬のかたちをしているもの』で第43回すばる文学賞を受賞してデビュー、今年、3作目の『おいしいごはんが食べられますように』で第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子さん。現代が抱える違和感や悩みを丁寧に描いて支持を得る高瀬さんの読書遍歴、作家になるまでの経緯とは? 貴重な私物の本もたくさん持参してお話してくださいました。
その3「現代作家の作品に出合う」 (3/6)
――中学生になってからは。
高瀬:真面目でおとなしいところを守り続け、学級委員もやりましたが、人気者だからというわけではなく、「あいつ真面目だからやらせておこうぜ」という感じで。学級委員じゃない時は風紀委員か美化委員という立ち位置でした。
中学生の頃は、「ハリー・ポッター」のシリーズを読んでいました。見た目も分厚くて大きくて格好よかったので、こんな素敵な本を私は読んでいる、みたいな感覚でした。誰しもそうだと思うんですが、私も魔法学校からお迎えが来るって思っていました。
『はてしない物語』も同じように、格好いいという理由で手に取りました。大きくて赤くて格好よくて、こんな本を読んでいる私は格好いい、って。もちろん内容も面白かったです。単行本を手放してしまったので、最近文庫で再読したんですが、やはりめちゃくちゃ面白くて。一週間くらいかけて読んだのですが、その間、仕事が嫌でも私は家に帰ったらこんなに冒険ができるんだ、という気持ちでいました。
それと、だんだん現代作家を読むようになりました。小学校高学年くらいから読んでいたとは思うんですけれど、ちゃんと記憶しているのは中学生になってからで、島本理生さん、綿矢りささん、金原ひとみさん、角田光代さん、吉本ばななさん、桐野夏生さん、森博嗣さんが大好きでした。
今挙げていて気付いたのですが、現代女性作家は本屋さんで見て「これが読みたい」と思ったら買っていましたが、森博嗣さんは「森博嗣の新刊が出た、買う!」という買い方をしていました。『すべてがFになる』から始まって、もう、『有限と微小のパン』なんて、そんな格好いいタイトルつけられたら買いますよね。森博嗣さんは刊行ペースがはやいのでお小遣いが足りなくて、ノベルスでは買えずに文庫になってから買っていました。自分の本棚があのグレーっぽい背表紙で染まっていました。
――いま挙げられた女性作家さんたちの本は、嗅覚で見つけたわけですね。
高瀬:いい嗅覚をしていました(笑)。角田光代さんや吉本ばななさんは中学生の頃に読みはじめて、角田さんの『だれかのいとしいひと』は何回も繰り返して読みました。他にも『幸福な遊戯』、『ピンク・バス』、『みどりの月』、『キッドナップ・ツアー』、『空中庭園』、『愛がなんだ』、『太陽と毒ぐも』とか...。吉本ばななさんは『キッチン』と『TUGUMI』とか。
角田さんは今も大好きで、私がすばる文学賞でデビューした時の選考委員だったので、授賞式の日に「会える会える」と思っていたのに緊張しすぎて自分からお声がけできなくてたくさんはお話できず、散会した後に悔しくなりました。もともと好きだけど感想を言うのは下手だという自覚があるので、ご挨拶しても何を言えばいいのか分からなかったんです。でも、このあいだの芥川賞の贈呈式の時に、角田さんのほうから「よかったね」と声をかけてくださって。「好き...!」って思いました。
――島本さんは他のインタビューでも、『ナラタージュ』が大好きだとおっしゃっていましたね。
高瀬:島本さんは好きすぎてどうしようってくらい好きです。(『ナラタージュ』の本を手にしながら)これはもう、自分にとって何冊目かの『ナラタージュ』です。好きすぎて人に薦めて貸しては返ってこなくてまた買っていたんです。最初は高校2年生の時に読みました。表紙が素敵だったので表紙買いをして、読んだらもう「大好き大好き」となって、そこから島本さん作品を追いかけるようになりました。
――どうしてそこまで好きになったのでしょう。
高瀬:私もずっと、なんでこんなに好きなのか考えているんですけれども...。私、国語の時間に音読で当てられるのがめちゃくちゃ嫌いだったんです。今でも、朗読というか、自分の声で物語を読み上げるのが嫌いで。でも、島本さんの小説は、自分で読んでいる時の音みたいなものが、すごく気持ちいいんです。それが何なのか分からなくて。
――黙読している時に、頭の中で文章が音声で読み上げられているのですか。
高瀬:いえ、声は聞こえないんですけれど、何か、ちっちゃい音がする気がします。説明するのが難しいですね。
金原ひとみさんと綿矢りささんは、私が高校1年生、16歳の時に芥川賞を受賞されて、それで作品を読んで、「やべ...」みたいな(笑)。金原さんの『蛇にピアス』にドハマりして、大学生になってから金原さんのあの赤い背表紙の文庫本を買って読んでいると、体調が悪くなるほど影響を受けてしまうというか。一人暮らしを始めたばかりの頃に『アッシュベイビー』を読んで動けなくなって、一人で鬱々としている時には読まない方がいいのかなと思いながら、それでも読まずにはいられませんでした。
金原さんにはすごく影響を受けたと思います。その時に書いていた自分の小説は、完全に金原さんの文章を真似していました。内容は全然違うのに、文体だけ真似してしまう時期がありました。
その後も、『マザーズ』を読んだ時も、このあいだ柴田錬三郎賞を受賞した『ミーツ・ザ・ワールド』を読んだ時も、動けなくなりました。ただ、私は金原さんの小説を読んで人と共有したい気持ちにはならないんです。金原さんの小説は、読んだら自分一人だけで考えていたい気がして。本好きの友達に「これは読んだほうがいいよ」「感想を聞かせて」とは言わないですね。読んでおのおので感じていればいいよね、という気持ちです。私が金原さんが好きであることは文芸サークルの友達や本好きの友達には言っているんですけれど、なにが好きかはあまり話していないですね。
――綿矢りささんはどのあたりを。
高瀬:まず、『蹴りたい背中』ですよね。のちのち『憤死』がすごく好きになりました。「憤死」ってすごくいい言葉だなと思っていました。
ああ、言い忘れていましたが安部公房もだいたい全部好きです。高校の教科書に短篇の「赤い繭」が載っていて、「なにこれ面白い」と思ったら地元の書店にもちゃんと新潮文庫で著作があって。『箱男』と『砂の女』から買いはじめて、そのまま大学生になっても好きでした。
――桐野夏生さんのお名前も挙がってましたね。
高瀬:高校のクラスで『リアルワールド』が流行したんです。誰かが「『リアルワールド』は全員読んだほうがいいよ」と言い出して、みんな読み始めたんです。ミミズという高校生の少年が母親を殺して逃げて、4人の女子高校生が手助けをするというか。読んだ時に自分も高校生で、喋り口調や感覚がすごく自分たちに似ていて、すごく分かるんですけれども、でもなにか、大切なことを教えてもらっている感じがしました。
最初、図書館で借りたんですけれど、ヘンリー・ダーガーの絵が使われた単行本の表紙が格好よすぎて買いました。この本ではじめてヘンリー・ダーガーさんを知ったんですけれど。
桐野さんの作品は大好きです。先生、という感じがします。出される本出される本全部、世界に目を光らせていらっしゃるというか。ずっといろんな方向にアンテナを伸ばし続けていらっしゃっていて、こんなふうに世界全部に興味を持って見ていない自分を反省してしまいます。
ほかには、加藤千恵さんの『ハッピー・アイスクリーム』。文庫も出ていますが、私が持っている単行本は2001年の本なので、読んだのは中学生の時かもしれません。これは何回も何回も読みました。
――刊行されてすぐに読まれたんですね。高校生の頃から歌人として注目された加藤さんの第一歌集。
高瀬:当時、短歌は読んだことがなかったけれど、これは字が大きいから読めるなと思って読んでみたら、ストレートに自分の気持ちが書かれていて、短歌ってこんなに分かるものなのか、と思いました。「自転車をこぐスピードで少しずつ孤独に向かうあたしの心」とか。「そんなわけないけどあたし自分だけはずっと16だと思ってた」って、本当に私も、自分だけはずっと16歳だと思っていたんです。