第247回:高瀬隼子さん

作家の読書道 第247回:高瀬隼子さん

2019年に『犬のかたちをしているもの』で第43回すばる文学賞を受賞してデビュー、今年、3作目の『おいしいごはんが食べられますように』で第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子さん。現代が抱える違和感や悩みを丁寧に描いて支持を得る高瀬さんの読書遍歴、作家になるまでの経緯とは? 貴重な私物の本もたくさん持参してお話してくださいました。

その6「現在の日常、自作について」 (6/6)

  • 犬のかたちをしているもの (集英社文庫)
  • 『犬のかたちをしているもの (集英社文庫)』
    高瀬 隼子
    集英社
    550円(税込)
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  • おいしいごはんが食べられますように
  • 『おいしいごはんが食べられますように』
    高瀬 隼子
    講談社
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――今も、会社勤めされているんですよね。2019年に『犬のかたちをしているもの』でデビューした頃は社内の人は知らなかったとか。

高瀬:そうなんです。デビューして2年半くらいは隠していました。でも『水たまりで息をする』が芥川賞候補になった頃に少しばれ、今年芥川賞を受賞したことで、全部ばれました。

――そして3作目の『おいしいごはんが食べられますように』で芥川賞を受賞されて。

高瀬:会社で「おめでとう」と言われると「迷惑かけないように頑張ります」と言っているんですが、本当に、すごくそう思っています。

――今、平日はどのように過ごされているのですか。

高瀬:朝はギリギリまで寝て、でも遅刻はせず2分前とか滑り込みセーフで出勤して、今の時期は7、8時くらいまでに退勤しまして、そこから図書館に行くかカフェに行くことが多いです。行く前に廊下でおにぎりかパンを食べてお茶をがっと飲んで、お腹が鳴らないようにして。そこで9時半か10時前くらいまで書いて、帰宅してYouTubeを見て、編集者の方とかへのメールの返信をして、もうちょっと書こうとして2、3行書いて、いやもうやめようと思ってパソコンを閉じて寝ます。

――どんなYouTubeを見るんですか。

高瀬:カプリティオチャンネル。クイズ王の古川洋平さんがクイズをしている番組です。私は全然解けないし、最初から解く気はなくて、人が解いているのを見るのが好きなんです。すごく心安らぎます。問題文がまだ5文字くらいしか読まれていないのにパンと押して回答するのを見て「へええ」と思ったりして。あとは犬動画をよく観ます。

――以前、サークルの人に「男性主人公が下手だね」と言われたから女性主人公を書くようになったとおっしゃっていましたが、『おいしいごはんが食べられますように』の主人公の一人は男性の二谷ですね。

高瀬:そうなんです。デビュー前から書いたものをサークルの人たちに読んでもらっていたんですが、総じて男性主人公が下手である、と言われていました。それで、男性主人公が書けるようになりたいなというスタートで、二谷が誕生しました。物語の前に、二谷さんがいたんです。

――仕事はできないけれどみんなから配慮されている芦川さんや、その様子に釈然としない頑張り屋の押尾さんという女性たちは後から出てきたんですね。

高瀬:二谷がつきあうならこういう感じだろうと考えていきました。二谷は絶対に対等な女性ではなく、下に見ることができる女性を選ぶだろうな、とか。女の人側も、対等に話しましょうというタイプでない人だろう、というところで芦川さんを考えました。下に見られるとブチ切れそうな押尾さんは最後に生まれました。

――作中、芦川さんの視点がないところが絶妙だなと思って。何をどこまで考えているのか、あるいは考えていないのかが掴みづらい感じがすごく出ていますよね。じゃあ、男性主人公ということが先にあって、職場小説というのは後から出てきたんですね。

高瀬:そうですね、とりあえず二谷を動かそうと思ったんです。家にいる時間をたくさん書くようりも職場のほうが書きやすかったので会社に行ってもらいました。職場の描写のほうが性別があまり関係ないというか、隣でデータ処理しているのが男性でも女性でもいいので、会社のシーンは書きやすかったんです。それで、あ、この人職場恋愛しそう、と思って。二谷は恋人を作っても職場の人には黙っているだろうけれど、でもバレてるでしょう、などと作者の立場からツッコミを入れたりして。なにかの要素を差し入れると二谷がうまく乗っかって動いてくれる感じでした。

――事前にプロットを作るというよりも、書きながら一行先を考えていく感じですか。

高瀬:書きながら考えます。なので、最初のほうに書いたものはだいだい使えないんです。『おいしいごはんが食べられますように』の時も、最初は二谷のキャラクターも定まっていないし、職場の部屋の配置もぐちゃぐちゃだし、何の職場かも定まってない状態でした。だんだん二谷が何者か分かってきて、次に芦川さんが何者かが分かってきて、ようやく人物として動き出したところから使えるものを切り取っていきます。

――デビュー作の『犬のかたちをしているもの』は、セックスレスだった恋人が他で関係を持った女性が妊娠し、その女性に「子どもをもらってほしい」と言われ、さあどうなる、という話ですよね。あの作品も、どうなるか分からないまま書き進めたわけですか。

高瀬:そうですね。恋人が浮気して、子どもができて、もらってくれ、までは決まっていて、あとは本当に、主人公の薫はどうするんだろうとか、恋人の郁也は頼りないなとか、考えながら書いていました。

――途中、薫さんは、昔飼っていた犬に対する無条件の愛情と、他人に対する愛情は何が違うのか考えますね。高瀬さんもさきほど、犬を散歩させた話をされていたなと思って。

高瀬:あの部分は、自分が小さい頃犬を飼っていた気持ちをそのまま書きました。私が大学卒業する頃くらいまで、15歳くらいまで生きてくれた、その子のことをそのまま書きました。

――『水たまりで息をする』の、突然夫がお風呂に入らなくなった、というのはどういう発想だったのですか。

高瀬:あれはたまたま、その時期に好きだなと思って読んでいた何冊かの小説が、いってみればお風呂に入らない側の人の話だったんです。自分自身がうまく現代社会に適合できなくて困っている側の話で、連続で読んだせいか、「でも私は毎日朝起きて遅刻せずに会社に行って残業もしてわりと真面目にやって適合しちゃってるな」って思ったんですよね。内面でいろいろ考えてはいるけれど、外から見た時、私はすごく適合している。そういう人間を書こうというのが先にあって、それが妻になりました。「この人が主人公だとどうしたらいいか分からない」「じゃあ相手役として社会からポンとずれた人を書こう」「夫にしよう」「ずれるって何かな」「お風呂に入らない、かな」という発想の流れでした。夫が、これまでのように会社に行くし、言動も変わらない、でもお風呂にだけ入らないとなったらどうなるかなと思って書きました。

――じゃあ、あのラストはまったくイメージしてなかったんですか。

高瀬:ぜんぜん。

――へええ。どの作品もちゃんと着地していて、すごいなと思いました今。

高瀬:着地しなかったものはセルフボツなので(笑)。

――これまでの3作品を読むと、今の時代の社会や人間関係の何かざらつく感じ掬い取る作家というイメージも強いかと思います。ご自身では、どんなものを書いていきたいとか、どういう思いでしょうか。

高瀬:このテーマを書きたいというものは明確にはなくて。ただ、日々家から一歩出ただけでイライラするしむかついてしまうんですが、なんでイライラするんだろうとか、なんでこれが嫌なんだろうとか考えるのが好きなんですね。なにか、そういうイライラを逃さないぞ、それを書くぞ、っていう気持ちがあるので、今後もしばらくは現代人の話を書くのかなと思っています。
 ただ、ファンタジーへの憧れはあるんです。それと、怖い話。お化けが好きなので、お化けの話をいつか死ぬまでに書きたいです。

――『ぼぎわんが、来る』みたいな?

高瀬:あんな素晴らしい作品が先にあるのかと思うと、自分が書かなくてもいいかなと思うんですけれど。

――今後の作品発表予定は。

高瀬:「群像」12月号に短篇が載っています。恋愛特集なので、たまにはハートフルな話をと思って.........すみません、ハートフルは嘘です(笑)。

(了)