第247回:高瀬隼子さん

作家の読書道 第247回:高瀬隼子さん

2019年に『犬のかたちをしているもの』で第43回すばる文学賞を受賞してデビュー、今年、3作目の『おいしいごはんが食べられますように』で第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子さん。現代が抱える違和感や悩みを丁寧に描いて支持を得る高瀬さんの読書遍歴、作家になるまでの経緯とは? 貴重な私物の本もたくさん持参してお話してくださいました。

その4「高校・大学時代の読書」 (4/6)

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    小川 洋子
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  • 『密やかな結晶 新装版 (講談社文庫)』
    小川 洋子
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――その後の創作活動はいかがでしたか。

高瀬:書いてはいました。最初のうちは手書きでしたが、家に家族共有のパソコンが置かれるようになって、子ども向けのブログを作れるサービスサーバがあったので、中学生の頃からそこに小さなお話を載せたりしていました。

――中高生時代って、部活で文芸部みたいなものはなかったのですか。

高瀬:中学校は文芸部がなくて、本の話は先ほどもお話した近所の本好きの友達や、同じ学年の本好きの子と話す程度でした。小説は一人でこそこそ書いていました。
 高校では文芸部があったので、運動部にも入りつつ、文芸部に入っていたんですけれど、ほとんど活動がなかったんです。書きたい人が家で書いて、年に1回文化祭の時にそれを集めて部誌を作るので、年に1週間くらいしか活動期間がありませんでした。もう部員も憶えていないですし、向こうも憶えていないと思います。何人いたのかももう記憶が曖昧です。でも、その部誌は絶対に人に見られたくないです。見られるのが本当に怖いです。

――運動部にも入っていたのですか。

高瀬:はじめは文芸部だけに入っていたんですが、活動がなかったので違う部活にも入ろうと思い、競技登山部に入りました。

――山に登るだけでなく、競技をするということですか。

高瀬:大会があって、4人1チームで、15キロの荷物を背負って1泊2日か2泊3日で競技をするんです。特区という区間では4人で合計50キロ以上の荷物を背負って時間を競ってわーっと走って登ったり、頂上では4分以内でテントを立てて、ペグがちゃんと打ち込まれていないと減点で、カレーを作る際には1泊2日歩くのに足りるカロリーがちゃんとあるかを考えないといけないとか、天気図をちゃんと書けるかどうかとか...。その経験を活かして後に登山競技の話を書いて坊っちゃん文学賞に出しましたが落選しました。

――普段から山に登っていたんですか。

高瀬:四国は山がいっぱいあるので困りませんでした。練習の時も、自転車でぴゅーっと近所の山に行って登っていました。田舎ならではですよね。

――楽しそう。特区だけは辛そうですが(笑)。

高瀬:楽しかったです。私は速く走るとか、ボールのパスとかは苦手なんですけれど、山は頑張れば登れるので。運動は球技などよりも、マラソンとか登山のほうが好きでした。

――高校卒業後は、どのように進路を決めたのですか。

高瀬:進路はあまり考えていなくて、本が好きだから文学部でしょう、と先生に言われて文学部に行きました。ちゃんと調べればよかったんですけれど、ちゃんと調べても文学部を選んだ気がします。

――そこで一人暮らしが始まったわけですね。

高瀬:はい。愛媛から京都の立命館大学に進学して、半年くらいは友達0人で、夜は一人で本を読んでいました。そうすると、実家で家族がいるところで読む本と、大声を出しても一人の部屋で読む本では、なにか違う感じがしました。だから金原ひとみさんの本を読んで体調が悪くなったのかもしれません...。でも、大学の図書館はやっぱり充実していたので、お金もなかったのでいっぱい借りて読めたのはよかったです。そのうちに友達ができて、お互いの部屋に泊まりにいったり鍋をしたり、わいわい騒げるようなったんですけれど。

――文芸サークルにも入ったのですよね?

高瀬:はい。文芸サークルに入って、大学のコピー機を使った手作りの雑誌を作っていました。これまでも本が好きな友達はいたし、小説を書いてみたりしている子はいたんですけれど、ここではじめて本格的に小説を書いている友達ができました。
 私は大学生になってから文芸誌というものを知ったんです。田舎の本屋さんにもあったのかもしれないけれど手を伸ばせていなくて、ある日サークルの先輩が何か持っていて、「それなんですか」と訊いたら文芸誌だったんです。たぶん「新潮」でした。表紙に知っている作家さんの名前が書いてあって、雑誌だと言われてびっくりしました。よくよく教えてもらったところ、大学の生協に「新潮」や「文學界」が置いてあると知って。ただ、お金がなくて毎月は買えなかったです。好きな作家が載った時だけ買ったり、先輩に借りたり、図書館で借りて読んでいました。

――そこで純文学の新人賞なども知ったわけですか。

高瀬:そうなんです。小説家になるための新人賞ってこういう雑誌が募集しているのかと知りました。子どもの頃から小説家になりなかったのに、その知識を得たのが大学生になってからだったんです。小中高の頃は「公募ガイド」を買って、「小学生応募可」の規定枚数30枚くらいの賞を探したり、ティーンズハートの文庫の巻末に載っている募集要項を見て、こういうのがあるんだと思っていた程度だったので、純文学の作家になる方法はそこではじめて知りました。それで大学2年生の時にはじめて応募しました。その時はなんとなく、純文学が書きたくて、応募先は締切と枚数で決めただけでした。たぶん新潮新人賞だったと思います。それは記念受験みたいなものでした。

――その頃は、どのような作品を読んでいたのですか。

高瀬:サークルの人や文学部の本が好きな人の影響で、小川洋子さんとか平野啓一郎さんを読みました。
 小川さんは、最初に『ミーナの行進』を読んだんです。あれは兵庫県の芦屋が舞台ですよね。大学が京都だったので、兵庫に芦屋があるらしいと知り、よく分からないまま兵庫に行って、三宮で降りて芦屋はどこだろうと思って帰ってきました。ちょっと違う聖地巡礼者でした(笑)。小川さんの作品は他にもたくさん読みました。『完璧な病室』も好きだし『妊娠カレンダー』もよかったし、『シュガータイム』、『密やかな結晶』、『薬指の標本』、『ホテル・アイリス』......。『まぶた』も大好きです。あ、『ブラフマンの埋葬』も大好きですし、『最果てアーケード』も...。すみません、挙げたらきりがないですね。思い入れがあるのはやはり最初に読んだ『ミーナの行進』ですが、『まぶた』も本当に好きですね。いえ、全部好きかも。
 小川さんの作品は、金原さんの作品を読んだ時のように立てなくなるようなことはないんですが、でもなにかをずっと、こうして両手に持っているような気持ちになります(と、両掌で器のような形をつくる)。
 平野啓一郎さんは『ドーン』が好きです。サークルの先輩から、平野さんが大学の何かの授業にゲストティーチャーとしていらっしゃるという情報を得て、みんなでこっそりその授業に入って聞きました。プロの作家さんを見るのはそれがはじめてで、「わ、喋っている」と思い(笑)、それで『ドーン』を買って読んだらめっちゃ面白くて、それで好きになりました。その時に、作家っているんだ、って思いました。その後、三浦しをんさんが大学の学祭かなにかの講演会でいらして、「三浦しをんさんって実在するんだ」と思って。森見登美彦さんも、サークルの人が誘ってくれて、大阪であったトークイベントに行って、「実在するんだ」と思いました。

――サークルの人といろいろ情報交換できるのがいいですね。

高瀬:そうですね。私は海外文学を読まないままきていて、カズオ・イシグロさんも名前だけ知っていたんですが、サークルの人に「絶対に読んだほうがいい」と言われて『日の名残り』から入って全部読みました。有名作家も知らなくて、アゴタ・クリストフの『悪童日記』も学科の中で大流行りしていたので私も読みました。『カラマーゾフの兄弟』は二十歳の誕生日にまでに読むという目標を立てて、一生懸命新潮文庫の上中下巻を読みました。上巻が苦しく、中巻はそれがマヒして、下巻は入り込んで3日くらいで読みました。なぜかこの時、『百年の孤独』も買ったんですよね。装丁も綺麗だし、格好いいし、バイト代も入ったから、と思って買ったんですが、ちょっとだけ読んで難しいなと感じて、そこから10年読まなかったんですよ。今思うとそんなに難しい文章じゃないんですけれど、登場人物が分からなくなったんですよね。

――一族の話で、同じ名前の人物がたくさん出てきますものね。

高瀬:それで諦めてしまったんです。でも格好いい本なので引っ越すたびに連れていって、去年読み終えました。めちゃくちゃ面白かったです。なぜもっと早く読まなかったんだ、と思いました。

――大学の専攻は、創作と繋がるようなものを選んでいたのですか?

高瀬:いえ、哲学専攻でした。私、小説は大好きなんですけれど、当時は、作家に関する情報は本の奥付に書いてある数行で充分だと思っていたんです。日本文学専攻になると作家研究をすると聞いて、それは困るなと思って行かなかったんですね。英語が苦手だから英米文学でもないし、どうしよう、あ、哲学にしよう、と...。
 大学は本当に楽しかったんです。大学から徒歩すぐの学生アパートに住んでいたので、授業のない日も大学に行って学食でご飯を食べて、哲学科の共同研究室でだらだらと本を読んで、ノートパソコンで小説や卒論を書いて、図書館に行って。そうした毎日がとても楽しかったのですが、残念ながら真面目な学生ではなかったです...。

  • 日の名残り (ハヤカワepi文庫)
  • 『日の名残り (ハヤカワepi文庫)』
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    早川書房
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  • 悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
  • 『悪童日記 (ハヤカワepi文庫)』
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  • カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)
  • 『カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)』
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  • 百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)
  • 『百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)』
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    新潮社
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