第252回: 木村紅美さん

作家の読書道 第252回: 木村紅美さん

2006年に「風化する女」で第102回文學界新人賞を受賞しデビュー、2022年には『あなたに安全な人』で第32回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した木村紅美さん。幼い頃から本が好きで中学高校では文芸部に所属、一時期は音楽ライターになりたいと憧れ、大学では映画史を学んだという木村さんが親しんできた本、そして辛い時期を支えてくれた作品とは? リモートでたっぷりとお話おうかがいしました!

その4「映画を学んだ大学時代」 (4/7)

――大学で東京にいらしたんでしたっけ。

木村:その前に1年間、都内の予備校の寮に入って、翌年、明治学院大学に進み、文学部の芸術学科という風変わりな学科に入りました。
 本当は心理学を勉強したかったんです。秋山さと子さんのユング心理学の入門書を読んだら、魅かれるものがあって。
それとは別に、高3の時に中上健次にハマったんです。
 中上と親しかった四方田犬彦さんが教えているから芸術学科も受けておくか、くらいの気持ちで受けたらいくつかの大学の心理学科は全部落ち、そちらだけ合格しました。四方田先生の専門は映画史ですが、映画はよく知らなかったので、知りたい、という気持ちもありました。当時、先生が漫画雑誌「ガロ」にエッセイを連載されていたので、「ガロ」経由で先生に学びたいといって入ってきた子もいましたね。
 大学で、サブカル好きの友達がたくさんできたのは面白かった。教室で浮かない、という初めての体験をしました(笑)

――中上健次はどのあたりを?

木村:初めて読んだのは遺作の『軽蔑』。路地出身のチンピラと、ヌードダンサーの逃避行でしたが。これも高校の図書室で。文体のパワーとリズム感に、かっこいいなあと打たれて、凄く好きで。『岬』『十九歳の地図』など初期の作も読みました。初期と遺作が好き、という偏った読み方です。

――大学時代、映画をたくさん観たのですか。

木村:ええ。エンタメというよりは、やはり芸術系の映画、監督の個性が強い映画を観に渋谷などのミニシアターによく行きました。大学でも無料でビデオを借りられるし、四方田先生セレクトの名作を百本観てレポートを書く課題もあったし。TSUTAYAでもたくさん借りて、昔のものを中心に観ていました。
 中山公男先生の西洋美術史、「日本美術応援団」でも知られる山下裕二先生の日本・東洋美術史の講義なども受けました。映画と美術について学ぶことができたのは贅沢な体験で、それは自分の小説にもどこか活きているんじゃないかなと思っています。

――木村さんの新作の『夜のだれかの岸辺』にもタルコフスキーなど映画監督の名前や映画のタイトルがたくさん出てきますよね。あれらは、その頃に観たわけですね。

木村:はい。アンドレイ・タルコフスキー、ビクトル・エリセ、テオ・アンゲロプロスなどは大学で初めて観ました。映画も小説に負けず奥深い世界だなと開眼しました。
 当時、四方田先生の映画作家論を通して学んだ監督のなかでは、フェデリコ・フェリーニが自分に一番しっくりきました。卒論は、『81/2』における女性像とユング心理学の関係、というテーマで書きました。フェリーニ自身がユング心理学に興味を持っていて、踏まえた撮り方をしているのを調べて、女性の描き方から読み解きました。

――大学時代の読書は。

木村:友達と劇団をやったり、あと高校時代に熟読した竹中労『たまの本』の沖縄民謡についての文章に触発されて、バイトしてお金を貯めては沖縄の島々を巡る一人旅をするようになり。本から、もっともはなれた時期になりました(笑)大学生なのに。
 四方田先生は、いっぱい著作がありますが、学生時代は存在が近すぎて。そんなに読んでいないです。当時、モロッコに通ってらっしゃって。だいぶ経って『モロッコ流謫』に感銘を受け、こんな旅をされていたのかと。別の顔に再会する思いがしました。昨年刊行の『さらば、ベイルート』はレバノン生まれの女性映画作家の評伝で凄く好きでした。

――では小説は書いてはいなかったのでしょうか。

木村:書いていなかったです。裏方をやっていた劇団で、一回だけ脚本を書いて採用されたことがあるくらいで。ただ、卒業する頃には音楽ライターは無理だなと思い、やっぱり小説家になりたい、というより小説を書けるようになりたい、と考え始めました。

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