
作家の読書道 第252回: 木村紅美さん
2006年に「風化する女」で第102回文學界新人賞を受賞しデビュー、2022年には『あなたに安全な人』で第32回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した木村紅美さん。幼い頃から本が好きで中学高校では文芸部に所属、一時期は音楽ライターになりたいと憧れ、大学では映画史を学んだという木村さんが親しんできた本、そして辛い時期を支えてくれた作品とは? リモートでたっぷりとお話おうかがいしました!
その6「海外の現代作家を読む」 (6/7)
――デビュー後の読書生活はいかがでしょう。
木村:車谷長吉さんが『世界一周恐怖航海記』を文學界に連載中で。私のデビューした号で、この業界の厳しさについて書いていました。たとえ大きな賞を受賞しても、まずいのを2,3作書いたら、編集者は無慈悲に縁を切る。「生き馬の目を抜く世界」とあり、震えあがって(笑)、面白い作家だなあと思って読み始めました。私小説から離れた短篇集『忌中』がいちばん好き。
あと、初めてついてくれた担当編集者に「海外の新しい小説は読んだほうがいい」とアドバイスされました。
大学時代に、フリッパーズ・ギターの頃から好きな小沢健二さんが東大で学んでいたから、という理由で、柴田元幸さんの翻訳するアメリカ文学を読み始めました。当然、ポール・オースターから入って。レベッカ・ブラウン、最初に読んだのは『家庭の医学』という、癌になった母親を看取る話。それは会社員時代、ちょうど、父方の祖母が末期癌で都内の病院に入院し、お見舞いに通っていた頃に読んで。つらいのに、こんな淡々と抑制した書き方があるのかと感動しました。以来、レベッカ・ブラウンは追って読んでいます。
ヴィレヴァンでバイトしていてよかったのは、岸本佐知子さんを知ったこと。ニコルソン・ベイカーが猛プッシュされていたので、手に取るしかなかった(笑)なんでこんな変な話を考えつくんだろうと目が点になりますよね。
――『中二階』とか。
木村:そうそう。岸本さんの訳では、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』はお墓へ持って行きたいくらい好きです。話題になったルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』も全部よかった。そこはかとなくチェーホフを感じるなと思っていたら、解説に、チェーホフを尊敬していたとありました。
他には、書評やSNSで気になって面白そうだなと思ったものを読むことが多いですね。最近だと、ナターシャ・ヴォーディン『彼女はマリウポリからやってきた』が大当たりでした。著者の少女時代に自殺した、ウクライナ生まれだった母親の人生を掘り起こし、亡くなるまでを書いた、半分ノンフィクションのような小説で引き込まれました。
名作なのに読んでいない本のリストは、つねに自分の中にあるので、そういうのも少しずつ読む。昨年は、20代の頃に挫折した谷崎の『細雪』が今読んだら面白くて一気に読破。今年はマルケスの『百年の孤独』を読みたい。もちろん、日本の現代作家の新刊も気になったものは読みます。昨年だと、松浦理英子『ヒカリ文集』の全てが好きでした。ただ、同世代の作家の小説はもっと読みたいんですけれど、読んで打ちのめされるのが怖くてなかなか手が出せない傾向があります(笑)
数少ない作家友達の朝比奈あすかさんは、現代の、日本、海外問わず純文もエンタメもいっぱい読んでいるんですよ。私の小説も、文芸誌に新作が載ると、感想が届くのが早くてビックリします。朝比奈さんの『自画像』は、文庫を頂いて。読み始めたら全身ざわついて止まらなくて徹夜で一気読みしました。性犯罪者である中学校教師への、かつて生徒だった女の人たちの復讐を描いた小説ですが。ラストまで息が止まりそうな緊張感。タイプは全く異なるものの、『夜のだれかの岸辺』に影響を与えられていると思っています。
――SNSで情報を得ることも多いとのことですが。
木村:ツイッターで海外文学の翻訳をしている方を多めにフォローしているので、その方たちの発信を参考に本を選ぶことも多いです。ここ数年は、ハン・ガン『少年が来る』『回復する人間』『すべての、白いものたちの』、キム・エラン『外は夏』、ファン・ジョンウン『年年歳歳』、パク・ソルメ『もう死んでいる十二人の女たちと』など、韓国の現代文学にもっともハマっているかも。会社員時代に韓国の現代映画にも魅了されて。ポン・ジュノなど、とんでもない才能の監督がごろごろいるのに圧倒されたのですが、文学も凄かった。
韓国文学の翻訳者、斎藤真理子さんの評論集『韓国文学の中心にあるもの』を読んだら、すでに読んだ小説もけっこう取り上げられていたので、内容を踏まえつつ朝鮮半島の歴史の勉強にもなりました。これから読みたいのもいっぱいあって。
――『韓国文学の中心にあるもの』は本当にいいガイドブックですよね。
木村:宝物の一冊です。斎藤さんは、沖縄に住まれていたことがあるそうで。先に話した外間隆史さんの父親は、外間守善、といって、琉球文学・文化研究の第一人者の先生です。昨年、ちくま学芸文庫で復刊された守善先生の『沖縄の食文化』は解説が斎藤さんで、これもいい本なんです。