
作家の読書道 第257回: 井上真偽さん
本格ミステリ大賞の候補になった『その可能性はすでに考えた』、2度ドラマ化された『探偵が早すぎる』、現在話題の『ぎんなみ商店街の事件簿 Sister編』『同 Brother編』など、話題作を次々発表している覆面作家、井上真偽さん。ロジカルな世界観を構築するその源泉はどこに? 好きだった小説やデビューのきっかけなどたっぷりうかがいました。
その2「海外ファンタジー、ミステリ、国内作家」 (2/6)
――自分一人で書いていたのは、どんな小説ですか。
井上:当時『指輪物語』が好きで、その影響でファンタジーの世界観の小説を書いていました。魔法が出てくる話です。
――ああ、『指輪物語』も好きだったのですね。
井上:ファンタジーは他にも読みました。ハヤカワ文庫の「エルリック・サーガ」シリーズや「魔法の国ザンス」シリーズ、「ベルガリアード物語」シリーズとか。剣と魔法の世界が好きだったんです。
SFも『夏への扉』など有名どころは読みました。深く何かの分野を突き詰めるというよりは、広く浅く読む、みたいな感じでした。
――そういう本はどうやって見つけていたのですか。
井上:書店に行って面白そうなタイトルを見つけては読んでいました。ハヤカワのファンタジー文庫の棚に行くとワクワクしましたね。そうやって読んでいると、巻末の解説や広告に他の本の紹介があるので、「これ有名なんだな」と思えばそれを読むという。
――親御さんの本棚にあったアガサ・クリスティーは読みましたか。
井上:中学生くらいの頃だったと思いますが、読みました。『アクロイド殺し』なんかはすごく衝撃でしたが、その時は別にミステリだと意識していたわけではなく、お話として読んでいました。
――『アクロイド殺し』の結末にびっくりしませんでしたか。
井上:「えー!」ってなりました(笑)。でもトリックの手法などを知らなかったので、「えー!」止まりでした。『アクロイド殺し』や『そして誰もいなくなった』などはオチを知らないうちに読めたのは幸せだったかもしれません。他にはホームズも『バスカヴィル家の犬』などを読みました。でもそれも、謎解きを意識して読んでいたわけではないです。
中学生時代からポツポツと、太宰治とか、W村上も読むようになりました。村上龍さんの『愛と幻想のファシズム』が面白くて。村上春樹さんの『ノルウェイの森』は、友達に「これ、めっちゃエロくない?」と言って渡されたんです(笑)。そんなきっかけで読み始めたんですが、面白かったので当時出ているものは一通り読みました。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』とか『ねじまき鳥クロニクル』とか。
太宰治は『人間失格』や『斜陽』などを面白く読みました。文章がすごく読みやすかったですね。『斜陽』の、お母さまは体をかがめることなくスプーンでスウプをきれいに飲むけれど、自分は真似できないのでマナー通りにお皿の上に身をかがめて飲む、という描写などは、気持ちがわかるなと思って。太宰が書く、コンプレックスを感じている人の気持ちには共感しました。
――高校時代はいかがですか。
井上:相変わらずゲームづくりをして、漫画や小説も書いていましたが、たいがいは剣道部の活動をしていました。剣道は小学生の頃に親に道場に連れていかれてなんとなく始めたんですが、惰性で続けていました。
メインの部活は剣道部だったんですけれど、サブで文芸部みたいなところにも入りました。活動は文化祭に出す部誌を発行するくらいで、それに合わせて年に一篇短篇を書いていました。それと、年に一度、文化祭の時だけ活動する劇団もあって、そこに入って既存の脚本を編集したりしていました。三谷幸喜さんの「ラヂオの時間」の脚本をコンパクトにまとめたり。
――読書生活は。
井上:憶えているのが、クラスメイトの女の子から、「こういうの好きでしょ」と安部公房の『箱男』を薦められたこと。読んでみたら確かに好きだったんですが、なぜ「好きそう」とわかったのかはいまだに謎です。安部公房は他にも『砂の女』や『カーブの向う・ユープケッチャ』を読み、一時期真似して安部公房っぽい文章を書いている時期がありました。要はシュールレアリスムです。
安部公房の小説にユープケッチャという、完全自給自足している芋虫が出てくるんです。基本的に円を描いていて、自分が出した糞を食べているんです。糞の中で微生物が栄養を作ってくれるので、それで人生が完結しているんですね。それに影響されて、光合成するサルの短篇を書きました。それは文芸部の部誌に載せたんだったかな。