
作家の読書道 第257回: 井上真偽さん
本格ミステリ大賞の候補になった『その可能性はすでに考えた』、2度ドラマ化された『探偵が早すぎる』、現在話題の『ぎんなみ商店街の事件簿 Sister編』『同 Brother編』など、話題作を次々発表している覆面作家、井上真偽さん。ロジカルな世界観を構築するその源泉はどこに? 好きだった小説やデビューのきっかけなどたっぷりうかがいました。
その6「話題の新作、最近の読書」 (6/6)
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- 『ぎんなみ商店街の事件簿 ~Sister編~』
- 井上真偽
- 小学館
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- 『ブラック・ダリア (文春文庫)』
- ジェイムズ・エルロイ,吉野美恵子
- 文藝春秋
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――すごいなと思っていたら、今年はもう1作、また違う作品を発表されましたね。『ぎんなみ商店街の事件簿』は2分冊の作品で、商店街や学校で起きた同じ事件の真相を「Sister編」では三姉妹が、「Brother編」では四兄弟が違うアプローチで推理していく。
井上:これは小学館から、「『きらら』と『STORY BOX』という小説誌があるんですが、その二誌で同時に連載しませんか」という依頼を受けたんです。それでなにかアイデアはないかなと考えていた時に、ふと、同じ事件について違う推理が進む話が面白いかなと思って。
ます浮かんだのは三姉妹です。というのも、先ほど言った、最初にメフィスト賞に応募したスパイコメディみたいな作品が三姉妹ものだったんです。ダメ長女にしっかり者の次女三女という原型がそこでできていたので、使うことにしました。姉妹と対象性を持たせるためにもうひとつは四兄弟にしました。商店街を舞台にしたのは、その頃読んでいた小説が東野圭吾さんの『新参者』で、下町の人情ものっていいなと思っていたから(笑)。それで、ほのぼのしたミステリにしようと思っていたら、編集者から「人は殺してください」と言われたので、第一話で殺しました(笑)。
――ひとつの事件に複数の謎が潜んでいるんですよね。片方だけ読んでひっかかりを感じた部分が、もう片方でちゃんと回収されていくのが痛快で。二冊のどちらを先に読んでも大丈夫ですが、私は一話ずつ、交互に読んで楽しみました。
井上:好きなように楽しんでもらえたら嬉しいです。書店員さんからの感想で「夫婦で一冊ずつ読んで話し合ってます」というのがあって、そういう遊び方をしてくれているのがすごく嬉しかったです。一部のミステリファンの方が楽しんでくれたらいいなと思っていたんですが、普段ミステリを読まない人たちも興味を持ってくださっているので、それは嬉しい誤算でした。
――大重版されたそうですね。作中にいろんな実在の小説や絵本が出てくるのも楽しいんですが、あれはどうセレクトしたのですか。
井上:四兄弟の亡くなった母親が絵本作家という設定なので、自分が昔読んでいたものなどを出しました。それで今思い出したんですけれど、作中に出した『メアリー・ポピンズ』は中学生の時にクラスメイトに「これ好きそう」って言って渡されたんです。読んだら確かに面白かったんですけれど、なんで『メアリー・ポピンズ』だったんだろう...。
――『箱男』といい『メアリー・ポピンズ』といい(笑)。三姉妹のほうはミステリ好きの子たちが登場するので、『熊と踊れ』なんかが出てきますよね。
井上:あれは年末のランキングに載っていたので読みました。海外ミステリは気になるものとか、映画の原作などはわりと読んでいます。『ブラック・ダリア』のエルロイとか。ただ、系統立てて網羅的に読んでいるわけではないです。
――「ぎんなみ商店街」という名前もいいですね。
井上:連載時は商店街の名前が違ったんです。単行本にする際に「ひらがなの名前がいいんじゃないか」と言われたんですが、なかなか思いつかなくて。「ぎんなみ」は編集者さんが思いついてくれて、すごくしっくりきました。完全なアナグラムではないんですが、「井上真偽」のアルファベットを並べ直して思いついたそうです。
――ああ、なるほど。そういえば井上さんのペンネームの「真偽」って、何か由来があるんですか。
井上:デビュー作を書き終わった直後にペンネームを考えようとしたんですが、頭も疲れていて考える気力がなかったんです。適当に本棚から本をとったら、それが論理学の参考書で、適当に開いたら「真偽表」が載っていたので、「これでいいか、でも読み方は"しんぎ"だとそのままだから、"まぎ"にしよう」と...。
――井上さんは覆面作家で年齢も性別も非公表ですが、それはどんな思いがあったからですか。
井上:作品に作家のイメージをつけたくなかったんです。自分が読む時、あんまり作家の存在を意識したくないんですよね。でもそれは少数派なのかなと思います。自分も今後、なにかのタイミングで覆面を脱ごうかなとは考えてはいるんですけれど...。
――今日お会いするまでまったくどんな方か分からなかったんですが、ただ、めっちゃロジカルな人なんだろうなと想像してました。
井上:いやあ...。中途半端なロジックが気になることはありますよ。人の話を聞いていて「それ理屈になってなくない?」と感じることとか。でもそれを指摘したりすることはないです。そこまで怒ることもないですし、普段はぼんやり生きています(笑)。
――普段の、1日のタイムテーブルはどんな感じですか。
井上:生活は結構不規則ですが、午前中に原稿を書いて午後は別なことをするパターンが多いですね。別なことといっても資料読みなど、執筆に関わることはいろいろあるので。それと、最近はよくゲームをしています。FPSゲームとか、主人公が何度も死にながら敵の倒し方をおぼえていく死にゲーとか。
――デビュー後の読書生活に変化はありましたか。
井上:さらに流行りものを読むようになりました。今どんなものが受けているのか、より意識するようになって、本屋大賞受賞作などを読んでいます。その前から辻村深月さんは読んでいて、大好きですね。辻村さんの書く一人称の文章は女性主人公の心情がめちゃくちゃ伝わってきます。『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』や、デビュー作の『冷たい校舎の時は止まる』とかが好きです。
社会人になってからはどちらかというとドラマや映画を多く見ています。「24」や「プリズン・ブレイク」、「ゲーム・オブ・スローンズ」とか。次の展開が読めないものが好きです。映画だったらなんだろう...。最近では「ワイルド・スピード」とか。そうした小説以外のものから影響を受けたり、参考にしたりすることは多いかもしれません。
――今後のご予定を教えてください。
井上:今朝も書いてから来たんですけれど、今はプログラムのアルゴリズムを使った子供向けのミステリ小説を書いています。朝日新聞出版が創刊した「ナゾノベル」という子供向けのレーベルから出す予定で、年内に書き上げられれば来年出せるかと思います。
朝日新聞出版からは「理数系の知識を使ったファンタジー小説」という依頼もいただいていて、それは長期的に書いていくつもりです。ファンタジーを読む人が理数系の知識を求めるのかわかりませんが、理数系の知識は自分の強みではあるので活かしていきたいですね。他にもミステリ以外の小説の依頼などもいただいているので、来年長篇を一本出せればいいなと思っています。
(了)