第257回: 井上真偽さん

作家の読書道 第257回: 井上真偽さん

本格ミステリ大賞の候補になった『その可能性はすでに考えた』、2度ドラマ化された『探偵が早すぎる』、現在話題の『ぎんなみ商店街の事件簿 Sister編』『同 Brother編』など、話題作を次々発表している覆面作家、井上真偽さん。ロジカルな世界観を構築するその源泉はどこに? 好きだった小説やデビューのきっかけなどたっぷりうかがいました。

その5「ロジカルなミステリの作り方」 (5/6)

  • その可能性はすでに考えた (講談社文庫)
  • 『その可能性はすでに考えた (講談社文庫)』
    井上 真偽
    講談社
    836円(税込)
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  • 恋と禁忌の述語論理 (講談社文庫)
  • 『恋と禁忌の述語論理 (講談社文庫)』
    井上 真偽
    講談社
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  • 探偵が早すぎる (上) (講談社タイガ)
  • 『探偵が早すぎる (上) (講談社タイガ)』
    井上 真偽
    講談社
    759円(税込)
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  • ムシカ 鎮虫譜 (実業之日本社文庫)
  • 『ムシカ 鎮虫譜 (実業之日本社文庫)』
    井上 真偽
    実業之日本社
    968円(税込)
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――では、ミステリ作家になろうと思っていたわけではないのですか。

井上:そうですね。それを足掛かりにいろんなものを書いていこうと思っていました。

――2作目の『その可能性はすでに考えた』の探偵・上苙(うえおろ)は、『恋と禁忌の述語論理』に出てくる探偵の一人ですよね。前から再登場させようと思っていたのですか。

井上:上苙のキャラクターは使い捨てのつもりだったんです。2作目をどうしようかという話になった時に、『恋と禁忌の述語論理』は世間様の受けがあまりよろしくないから違う話にしようということとなって...。

――自分は「恋と禁忌」のむっちゃロジカルなところが好きでしたけれど...。でもあれはあれで話が完結してるから、続篇は難しいですしね。

井上:いえ、実はタイトルだけなら5作くらい用意していたんです(苦笑)。でも他の話にしようという話になった時に、デビュー作にいろんな探偵が出てくるので、そのキャラクターの誰かのスピンオフを書いたらどうかと言われて。探偵のキャラクターの中でいちばん受けがよさそうだったのが上苙だったので、彼を使って書くことにしました。

――ひとつの事件を巡っていろんな推理が出てくるなかで、上苙が「その可能性はすでに考えた」といって、ロジカルに否定していく話ですよね。本格ミステリ大賞の候補にもなりましたし、これこそ本当に、本格好きの著者が書いたんだと思わせるミステリでした(笑)。

井上:これを書いた時は、本格ミステリというものもまだ全然わかっていないし、多重解決も知らなかったんですよ。2作目で適当なものを書いたら作家として消えると思って必死で書きましたが、本格ミステリという文脈で、あのように評価してもらえるとはまったく予想していなかったです。本格ミステリ大賞の授賞式の二次会で法月綸太郎さんが隣に座られて、ディクスン・カーの話をしてくださったんですが、カーの作品をあまり知らないので、どうしようと思いながらうなずいていたくらいで...。
ただ、書いてみるとすごく楽しいんです。本格ミステリのようなフォーマットは自分の肌に合っていたと思います。

――じゃあ、『探偵が早すぎる』はどのように生まれたのですか。

井上:打ち合わせの時に思いつきで「事件が起きる前に解決してしまう探偵」と言ったら「いいですね」と言われたという、軽いノリで決まりました。本格ミステリのフォーマットを使いながら、今までにない面白い探偵を作れるかなと思っていたら出てきた設定です。

――井上さんの作品は毎回設定や展開が巧妙ですが、どうやってプロットを作っているんですか。

井上:最初のうちはプロットを作っていなかったんです。書きながら先を考えていって、後から情報を整理していました。『その可能性はすでに考えた』の時なんかは、とりあえず事件部分を書くんです。どうやって解決するかは考えず、ひたすら難しいシチュエーションを書いていって、探偵が反論するシーンは「※ここで探偵が反論する」くらいなことしか書かずにいて、最後まで書いてから「※」のところを埋めていました。正直このやり方はお薦めしません。最後の最後まで「果たしてこの小説は完成するのか」と不安に苛まれながら書き続けることになるので。『ムシカ 鎮虫譜』あたりからプロットを作るようになりました。

――その『ムシカ 鎮虫譜』は本格ものではなく、パニックホラーですよね。無人島を訪れた音楽大学の学生グループが虫に襲われるという...。

井上:あれはデビュー前からネタの中にあったんです。もともと冒険活劇みたいなものも好きで、ジブリなら「天空の城ラピュタ」が好きですし、特殊能力の話も好きですし。そこからアイデアを組み合わせて、音楽で虫を撃退するというゲーム的なものを発想したんです。まあでも、虫の受けがよくなかったですね。世間にはこんなに虫が駄目な人が多いのかと思い知りました。

――今年刊行した『アリアドネの声』はドローンによる救出劇ですよね。巨大地震が発生、大打撃を受けた新設の地下都市に女性が一人取り残される。主人公たちはドローンで誘導してその女性を救出しようと試みますが、彼女は耳が聞こえない、目が見えない、話せない。

井上:テレビか何かで救助用のドローンの紹介を見て、これは話に使えるなと思っていたんです。自分としては、デビュー前にはテロリストの話やパニックものも書いていたので、新しい作風に挑戦したという意識はなく、むしろ持っているネタのひとつを書いた、という感覚です。

――地下五階から地上に導いていく過程だけで緊張感を持続させて描き切っていますよね。タイムリミットがあったりトラブルが起きたり謎が生じたりしつつ。

井上:多視点で書く方法もありましたが、これはやっぱり一気に最後まで読んでもらうためにスピード感を大事にしたいと思い、あの形にしました。

――ネタバレになるので具体的には書きませんが、意外なことがわかるラストがよかったです。

井上:ドローンで人を助けるというネタは4、5年前からあったんですが、もうひとつ何かないかなと思っていて。ラストシーンが浮かんできたのは去年くらいで、それで「あ、これは書けるな」と思いました。

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