第257回: 井上真偽さん

作家の読書道 第257回: 井上真偽さん

本格ミステリ大賞の候補になった『その可能性はすでに考えた』、2度ドラマ化された『探偵が早すぎる』、現在話題の『ぎんなみ商店街の事件簿 Sister編』『同 Brother編』など、話題作を次々発表している覆面作家、井上真偽さん。ロジカルな世界観を構築するその源泉はどこに? 好きだった小説やデビューのきっかけなどたっぷりうかがいました。

その4「再び小説を書き始めたきっかけ」 (4/6)

  • 恋と禁忌の述語論理 (講談社文庫)
  • 『恋と禁忌の述語論理 (講談社文庫)』
    井上 真偽
    講談社
    946円(税込)
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――では、その後執筆や読書を再開したのは、なにかきっかけがあったのですか。

井上:大学時代に書いた小説を小さな文学賞に応募したら入選したんです。それで、もう一回やってみようという気持ちになりました。
 そのとき応募したのはまったくミステリではなく、本当に哲学的な、意識問題の話です。その話はもうちょっと自分の名前が売れて、ある程度いろんな本を出せるようになったときに、短編集などの形で世に出せたらなと思っています。自分で読み返しても読みごたえがあるんですが、今出してもスルーされそうで。でもAIの時代を迎えた今、この先意識問題もクローズアップされていくだろうから、出すタイミングを見計らっているところです。

――それは読んでみたいです。その後、書く小説は哲学的なものから離れていったわけですか。

井上:もう一回やってみようと思った時に、どんな賞があるのか調べてみたんです。そこでエンタメというのはどういうものかを学んで、シフトしていきました。もともと物語を作るのが好きだったので、大学時代に哲学っぽい小説を書いていたのはある意味ちょっとズレていたというか。再開するにあたって初心に戻って、物語として面白いものを書くことにしました。新潮社の日本ファンタジーノベル大賞にも応募したりもしましたが、エンタメの新人賞って大半がミステリの賞なんですよね。でもその頃の自分は本格も新本格もわかっていませんでした。日本のミステリを意識して読むようになったのはデビュー作を書いていた頃なので...。

――え。井上さんは『恋と禁忌の述語論理(プレディケット)』でメフィスト賞を受賞してデビューされましたよね。個性的な探偵たちが披露する推理を、数理論理学者の硯さんが検証してひっくり返していく。論理的に推理の穴を突いていく過程がスリリングな作品です。それまでミステリに詳しくなかったのに、あれがいきなり書けたんですか。

井上:確かによく書いたと思いますが(笑)、よくよく考えてみると、ミステリって理系の論文に近いんです。問題の提起があって、それに対する仮説があって、証明する、というのは同じなので、そのフォーマットにのっとってみたら書けました。むしろ他のエンタメに比べたら書きやすかったかもしれません。デビュー作も、数理論理学をどう噛み砕いて書くかは苦労しましたが、プロット自体はそれほど悩まずにできました。

――デビュー作を書く時に日本のミステリを読んだのは、どういう観点からですか。

井上:トリックを考えても前例があったら駄目だなと思ったんです。それで、たとえば足跡トリックだったらそれが出てくるミステリを片っ端から読み、まだ書かれていないトリックを考える、という。「足跡トリック」で検索して探していたので、検索にひっかからなかったものはカバーしていないんですけれど。

――硯さんと彼女の甥っ子の会話も楽しいし、出てくる探偵もみんなキャラクターが立っていますよね。そういうのはどうやって作ったのですか。

井上:ああ、それは西尾維新さんの影響を受けています。西尾さんの作品はいつ読んだのかな...。それまでは翻訳ものを読むことが多かったので、書く文章も三人称の翻訳調だったんですよ。西尾さんの小説を読んだ時、日本語の文章でこんな面白いものが書けるんだと思って。そこからは文章そのものの読みやすさを目指すようになり、西尾さんの本をまる一冊模写したりもしました。模写は結構いいですね。キャラクター造形も西尾さんの影響を受けていると思います。
メフィスト賞に応募したのも、西尾さんの出身の賞だったからです。最初に送ったのは、スパイコメディものみたいな話でした。あの賞は応募原稿を読んだ編集者たちの座談会が「メフィスト」に載るんですが、そこで取り上げられたんです。結構こき下ろされたんですけれど、載るということは相性がいいのかなと思い、そこでもうちょっとメフィスト賞のことを調べました。今思うと、メフィスト賞って別にミステリに限定して募集してはいないんですけれど、当時はミステリの賞だと思いこんでいたんです。それで、ミステリをいろいろ勉強して書いたのが、『恋と禁忌の述語論理』でした。

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