
作家の読書道 第265回:行成薫さん
2012年に『名も無き世界のエンドロール』(応募時タイトルは「マチルダ」)で小説すばる新人賞を受賞、以来さまざまなエンタメ作品で読書を楽しませてきた行成薫さん。幼い頃からエンタメを本から摂取し、10代の頃から音楽活動を開始していた行成さんが愛読してきた作家や作品、そして小説を書き始めたきっかけは?
その2「第2次ミステリブーム」 (2/7)
――その後、ミステリ系の読書は広がりましたか。
行成:小学校高学年から中学1年の頭にかけて海外ミステリを読んでいたと思います。それが僕の中の第2次ミステリブームでした。きっかけは、学研まんがの探偵特集みたいなのを読んだことですね。古典ミステリの登場人物をかいつまんで紹介していて、その時になぜか刺さったのがエラリー・クイーンだったんですね。実際に読んで好きだったのはエラリー・クイーンシリーズじゃなくて、『Xの悲劇』などのドルリー・レーンシリーズでした。最初から子供向けのものでなく、普通の訳のものを読みました。
ちょうど中学校に入ってテレビの規制が和らいできた頃にNHKでポアロのドラマシリーズ もやっていて、それを見て『オリエント急行の殺人』や『ABC殺人事件』などクリスティーの原作も読んだ気がします。
――テレビや漫画以外に、親御さんから何か厳しく言われたことってありましたか。
行成:親父はノータッチなんですけれど、母親は割と勉強させたがりだったと思います。小学校低学年から中学年くらいまでの間は、ずっと国語の教科書まるまる1冊暗記させられていました。教科書って、「ごんぎつね」のような物語と、ドキュメンタリーと、ちょっと倫理っぽい話が載っているんですよね。そのなかではやっぱり物語がいちばん好きだったと思います。
中学に入ってから規制も緩くなって、自分のお小遣いで「ジャンプ」が買えるようになりました。その頃には『ドラゴンボール』ももう「セル編 」になっていました(笑)。
――今振り返ってみて、どういう子供だったと思いますか。
行成:腕白で自己中心的だったと思うんですけれど、わりと与えられたものは素直に受け入れていた気もします。
――自己中心的というのは?
行成:自分のオリジナルの何かを作りたいという意識がずっとありました。みんなが「ドラゴンボール」のイラストを描いている横でオリジナルのキャラクターを描いたりとか。それも結局なにかの模倣なんですけれど、少しでもいいのでオリジナルにしたい気持ちがありました。
あの頃は自分を客観視することを憶えていなかったんですよね。今はバックカメラがあって自分を全部客観視しているんですけれど、その頃はまだそのカメラがなくて、視界に映る範囲しか見ずに生きていました。自分が中心だと思っていたんですね。
――クラスの中ではどんなタイプだったと思いますか。リーダー格だったりとか?
行成:リーダー格ではないんですけれど、小学校 5、6年生の頃は中心メンバーの参謀役みたいな感じでした。やっぱり小中学生の頃は、本を読んでいると多少成績がよくなるので、仲間の中の成績いい奴ポジションみたいなところに入って、ご意見番みたいなことをやってました。でも中学生くらいになると、みんなそれが鼻につきだして、ケンカする奴もいました。僕は口が悪くて、その人がいちばん嫌なことをスパッと言ってしまうところがあったんですよね。
たぶん一人っ子だったこともあって、我が強いタイプだったと思います。小さい頃から本を読んできて下手にボキャブラリーがあるので、口ゲンカが強いんですよ。体が小さくて背も小さくてケンカしても力で勝てるタイプではなかったので、わりと口で勝って生きていました。
――それは大人に対してもですか?
行成:授業まるまる1時間分を使って先生とケンカしたことがありますね。
転校してきた子の水着が派手だったんですよ。前の学校で使っていたのがブーメランビキニみたいな、すごく派手な水着で。それをクラスの子にいじられて嫌だといって、学級会で取り上げられたんです。当時の担任の先生がリベラルな考えの持ち主で、「みんな違ってみんないいんだからいじるべきじゃない」ということを言ったんですよね。それで僕は、比較的合理主義的な考えとして、「水着は別に高いものではないし買えば解決するのではないか」みたいなことを言ったんです。そしたら先生も結構熱くなるタイプだったので、ディベートみたいになっちゃって。その先生が『三国志』を貸した先生なんですけれど。
――これまで何度もインタビューでお会いしていますが、行成さんはとても穏やかな方という印象です。
行成:それは大人になってからなので。小中高大と、尖っていた感じです。
――中学時代、ミステリの他にはどんなものを読みましたか。
行成:歴史系はずっと読んでいて、ここからがらっと変わったのが、栗本薫さんの『グイン・サーガ』シリーズにはまったことですね。きっかけは、近所にあった個人経営の古本屋さんで1巻を見つけたことだったと思います。それが自分にとっては、ファンタジーにはじめて触れた経験でした。
――その頃もう何巻まで出てました?
行成:40巻くらい。あのシリーズは僕が生まれた1979年に始まっているんです。なので中学生になった時にはもう13年分刊行されているので、古本屋で集めるだけでも大変でした。
そうだ、忘れてた、小学生の時に家の本棚をほぼ占拠していたのは宗田理さんです。『ぼくらの七日間戦争』の映画がやっていて、その予告編を見たのがきっかけで読んだんだと思います。
小中時代は、学研まんがや図鑑などもあって、結構な冊数の本を持っていました。でかいサイドボードを本棚にして、それが『グイン・サーガ』と宗田理の「僕ら」シリーズ、山岡荘八の『徳川家康』、母の実家からもらってきた50冊くらいの古い児童文学全集などでパンパンになったので、サイドボードの上にカラーボックスを無理やり積み上げて本棚にしていました。実家のリビングにある収納棚も、僕がいた頃は学研まんが系の本で埋め尽くされていたと思います。
大学を卒業して、家を出て一人暮らしを始めたタイミングで、実家に残していった僕の本を親が処分したのですが、1.5トントラックの荷台が結構埋まるくらいになったらしいです。僕の部屋は2階にあったので、廃品回収業者さんに「よく床抜けなかったな」と呆れられた、と後で聞きました。
――歴史ものは吉川英治、山岡荘八のほかは読みましたか。
行成:司馬遼太郎にもいったんですけれど、いっちょまえなことを言うと、なんかキャラが合わなかったんです。『国盗り物語』を読んでみたら、織田信長が結構涙もろくていい奴で、それがなんか肌に合わない感じがしました。織田信長には、もっと第六天魔王であってほしいんですよ。山岡荘八の『徳川家康』では、織田信長って人を利用して苦しめる嫌な奴じゃないですか。
他は、中学校の頃に藤沢周平を読むようになりました。最初は親が文春文庫の『蝉しぐれ』を買ってきてくれて、そこから剣豪ものにはまっていきました。
――読書以外になにかエンタメは摂取しましたか。映画とか。
行成:映画は小学校3年生くらいの一時期、毎週レンタルビデオ店に行って親が1本、僕が1本チョイスしてそれを土曜日の昼間に観るという習慣があったんです。その頃はめちゃくちゃ映画を観ていました。
親チョイスで見たもので記憶に残っているのは「アマデウス」かな。エレクトーンを習っているとモーツァルトの曲は必ず習うので親近感があったし、天才天才と言われてきた人が結構下品な奴だったとというのが印象に残りました。たぶんそのあたりから、実はこうでした、みたいな視点の切り替えとか、歴史の裏を知るのがすごく好きになっていった気がします。マッカーサーがマザコンだっとか、森鴎外の子供の名前が当時としては変わっているとか、そういうエピソードがすごく好きになって。
――そういう豆知識は、どこから得ていたんですか。
行成:本からですね。中学生の頃は雑学本も読んでいて、クラスでもわりと「雑学野郎」みたいな扱いだったと思います。英語の先生が社会の教師の免許も持っていて、授業を受け持っていたんですが、もともと英語が専門で歴史を教えるのは慣れていないのか、授業の時に、よく「で、いいよね? あってるよね?」って聞かれました。
――日本史も世界史も詳しかったんですか。
行成:歴史作家さんの知識量に比べたらまったくもって大したことないです。
世界史では、好きな年代がありますね。古代ローマとか、大航海時代とか。でもやっぱり歴史小説を読んでいるので、日本史のほうが知っていたし、面白かったですね。戦国時代が好きで、幕末はそんなにはまらなかったです。司馬遼太郎にはまらず幕末ものはあまり読まなかったからかも。
――やっぱり好きな時代・歴史小説作家 というと...。
行成:吉川英治、山岡荘八、藤沢周平が三本柱ですね。藤沢だけちょっと毛色が違いますけれど。吉川英治は『新・水滸伝』が絶筆で、途中で終わちゃっているのがすごく悲しいですね。
そういえば、池波正太郎の「鬼平」シリーズも一時期はまって読んでました。いつの時期だったかうろ覚えで...。藤沢周平の剣豪ものにはまったあたりから、池波正太郎の『剣客商売』を読み、『鬼平犯科帳』にいったという流れだったかもしれないです。僕が小説に食事風景やグルメを出す、というところは池波正太郎に影響されているかもしれません。
ほかに大学の頃に、伯父から黒岩重吾の『天の川の太陽』を借りて、それも当時、めちゃめちゃ面白いと思って読んでいた記憶があります。日本の古代が舞台の小説が少ないので、新鮮だったんだと思います。
――『新・水滸伝』も読まれていたということは、中国の歴史ものもいろいろ読まれたのですか。
行成:四大奇書は読んでいます。『三国志演義』、『西遊記』、『水滸伝』、『金瓶梅』。
講談社文庫の安能務訳の『封神演義 』も読みました。それで武侠小説にはまった時期があるんですよね。金庸さんとか。『碧血剣』、『射鵰英雄伝』、『神鵰剣俠』などを読みました。
武侠映画も結構見ています。武侠小説の『臥虎蔵龍』が原作の「グリーン・ディスティニー 」のような映画もありますし。そういえば小学生の頃に見た、「新・桃太郎」みたいな台湾映画もありましたね。桃太郎がカンフーアクションしてました(笑)。当時大流行した、キョンシーシリーズの制作陣が手掛けた作品で、小学校時代のサブカル好き連中には人気の作品でした。