第265回:行成薫さん

作家の読書道 第265回:行成薫さん

2012年に『名も無き世界のエンドロール』(応募時タイトルは「マチルダ」)で小説すばる新人賞を受賞、以来さまざまなエンタメ作品で読書を楽しませてきた行成薫さん。幼い頃からエンタメを本から摂取し、10代の頃から音楽活動を開始していた行成さんが愛読してきた作家や作品、そして小説を書き始めたきっかけは? 

その6「実は同じ町が舞台の作品」 (6/7)

  • 僕らだって扉くらい開けられる (集英社文庫)
  • 『僕らだって扉くらい開けられる (集英社文庫)』
    行成 薫
    集英社
    847円(税込)
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  • 本日のメニューは。 (集英社文庫)
  • 『本日のメニューは。 (集英社文庫)』
    行成 薫
    集英社
    638円(税込)
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  • 美味しんぼ(1) (ビッグコミックス)
  • 『美味しんぼ(1) (ビッグコミックス)』
    花咲アキラ,雁屋哲
    小学館
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  • できたてごはんを君に。 (集英社文庫)
  • 『できたてごはんを君に。 (集英社文庫)』
    行成 薫
    集英社
    726円(税込)
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  • 稲荷町グルメロード (ハルキ文庫 ゆ 7-1)
  • 『稲荷町グルメロード (ハルキ文庫 ゆ 7-1)』
    行成薫
    角川春樹事務所
    748円(税込)
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  • 私は存在が空気 (ポプラキミノベル な 1-1)
  • 『私は存在が空気 (ポプラキミノベル な 1-1)』
    中田 永一,新井 陽次郎
    ポプラ社
    803円(税込)
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――その後、小説を書く時のテーマなどはどのようにして決めていっているのですか。

行成:僕は基本的に編集さんとの雑談から拾っていく感じです。だいたい、僕がふざけたことを言って、編集さんがキョトンとするので、そのリアクションによって「こうだったらいいんじゃないですか」とか「こういう作品ありましたよ」などと話しながら、自分の引き出しにあるものを組み合わせていきます。

――たとえば『ヒーローの選択』や、ささやかな特殊能力を持つ人たちが登場する『僕らだって扉くらい開けられる』などの初期の頃から、特別ではない人たちが一歩踏み出す姿を描いて、読者の背中を押してくれる作品を書かれてきたと思うんです。そういうテイストは、自然とそうなるんですか。

行成:たぶん、技術の問題です。僕はマクロの話が書けないんです。風呂敷をばーんと広げた後に回収できないけれど、書きたいのは超能力だったりする。風呂敷をどこまでも広げられる話を提案しちゃうので、それを400枚の中で結末まで導くにはどうするかというと、ミクロに落とし込む。
逆を行きたい気持ちもあります。超能力だったらみんなすごい話を想像するから、身近な話に落とし込もう、という。それに、ただのいい話だともう辟易する方も多いので、何か全く別のエッセンスを加えよう、とも思っていますね。普段は交わらない何かと何かを組み合わせようというのは、音楽的な発想ですね。マッシュアップ、みたいな。
音楽をやっている時からそうだったんです。デジタルミュージックとバンドサウンドを一緒にしたり、ヒップホップみたいな歌唱法とバンドサウンドを一緒にしたり。ベタなジャンルとベタなジャンアルを組みあわせて新しいベタを作るという発想だと思う。
心情の機微とか、情景描写で読ませるような繊細な文章が上手い人はいっぱいいる。となると僕はベタに徹したい。ベタの良さっていうものを書きたいけれど、ただベタなだけではなく、それをどういうふうに読んでもらえるかを考えるんです。

――宮崎県の書店や図書館の方たちが選ぶ宮崎本大賞を受賞した『本日のメニューは。』は、地方の町を舞台にしたさまざまな飲食店にまつわる連作集でしたね。

行成:小説すばる新人賞受賞後、最初に「小説すばる」に掲載したのが、『本日のメニューは。』の第一話の「四分間で前大作戦 」(雑誌掲載時のタイトルは「中華そば・ふじ屋」)だったんです。その後、「闘え!マンプク食堂」を掲載した時に、料理短篇がふたつあるから料理もので1冊作りましょう、みたいな話になりました。
料理がテーマになったのはたまたまでした。受賞後第一作短篇のために編集者と打ち合わせしていた時に「好きなものを題材にして短篇を書いてみたらどうですか」と言われて、一応料理かな、みたいな感じで。原点は『美味しんぼ』ですから(笑)。その打ち合わせの時に「ラーメンが好きです」と言ったら「今から食べにいきましょう」と言われ、なぜか編集さんと浅草でラーメン を食べたのを憶えています(笑)。浅草名代らーめん与ろゐ屋でした。

――続篇の『できたてごはんを君に。』でカレーの開発に夢中になる男性も出てきますが、行成さんはそんなふうに凝ったことはありますか。

行成:20代前半くらいの頃はカレーづくりに凝って、池袋にあったスパイスのショップでいろいろ買い込んで作り、新宿3丁目のバーで出させてもらったこともあります。でも、僕以上にカレーに凝っている友達がいて、そいつは間借りして店も出すくらいだったので、僕はカレーからは撤退しました(笑)。

――最初の2篇を書いた時は、同じ町が舞台という設定ではなかったのですか。

行成:じゃないです。けれど、どうせ1冊にまとめるんだったら、何か通底するものがほしいなと思って全部同じ町の話にしました。
僕の中では、『僕らだって扉くらい開けられる』と『本日のメニューは。』シリーズと『稲荷町グルメロード』は全部同じ町の話 です。登場人物はクロスしていないんですけれど、実はこの店はあれだよね、というのが一行入っています。
『僕らだって~』で、駅前のロータリーの向こう側にある古臭い食堂が出てくるんですけれど、『本日のメニューは。』のキッチンカーの話(「ロコ・モーション」)のところで、駅前にはパチンコ屋と古めかしい中華食堂くらいしかない、というような記述が出てきたりします。他の話でもそういう細かいリンクみたいなものはありますが、誰も分からなくてもいいやと思って書いています。
小ネタを埋めていくのはすごく好きですね。キャラクターの名前の由来とか。たとえば『僕らだって~』ではサイコメトリー能力者の 御手洗彩子(あやこ)という名前の登場人物が出てきますが、彩子は「サイコ」とも読める。サイコメトリー→サイコ・メトリー→サイコ・ミタライ→御手洗彩子という命名でした(笑)。

――小さい頃から作家志望だったわけではない行成さんですが、作家になって、楽しいなと感じるのはどういう時ですか。

行成:楽しいという感覚はあまりなくて、当たり前のようにやっているというか。それまでも創作が生活の一部みたいな感覚で漫画を描いたり音楽を作ったりしてきたので、その流れで書いています。誰にも相手にされなくていいと思っていたのに、誰かに「面白いですね」と言ってもらえたり、作中の小ネタに気づいて「わーっ」となってもらえたりするので、いいお仕事だなって感じます(笑)。

――その後の読書生活はいかがですか。

行成:3年書けなかった時期を抜けて書き始めてからは、年間1冊読むか読まないかくらいです。別に1冊選び抜いて読むというわけではなく、いただいたから読むとか、たまたま時間が空いていたから読む、とか。
自分が小説を書いている時にほかの人の小説を読むと引っ張られてしまうので、自分の仕事が一回収まった時じゃないと好きな本が読めないんです。資料本は別です。自分が書くものを題材とした小説とかドキュメンタリーは書店で買ってきて読んでいます。

――資料として小説を読むこともありますか。

行成:あります。たとえば 超能力ものである『僕らだって扉くらい開けられる』の連載前には、設定が近そうな中田永一さんの『私は存在が空気』を読みました。他の作家さんがその題材をどういう切り口で書いているのかを確かめて、そのアイデアは外すんです。被っちゃいけないので。

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