
作家の読書道 第266回:君嶋彼方さん
2021年に第12回〈小説 野性時代 新人賞〉を受賞した『君の顔では泣けない』(応募時のタイトルは「水平線は回転する」)が話題となり、映画化も決定した君嶋彼方さん。ホラー文庫から広がっていった読書遍歴は? ドラマ好き、映画好きでもある君嶋さん、好きな映像作品や脚本家、監督についても教えてくださいました。
その3「いちばん影響を受けた作家」 (3/7)
――その頃、将来の仕事などは何かイメージしていたんですか。
君嶋:昔は漫画家になりたくて、漫画を描いていたんです。ただ、物語を作るのは好きなんですけれどあまりにも絵が下手すぎて挫折しました。でもやっぱり何か物語を作りたいなと思っていた中学2年生の頃に、『ブルーもしくはブルー』というドラマを見て、面白かったので山本文緒さんの原作も読んでみたんです。
それまで自分の中で、小説というのはあくまでも楽しむものでしかなかったんですけれど、山本文緒さんを読んで「小説ってすげえな」「やっぱり小説にしかできないことがあるな」となって、自分でも書いてみたくなりました。山本さんの文体も心理描写がすごく好きで、それはやっぱり漫画では描けない部分なので、文章っていう道もあるんだなと思ったんです。最初は本格的に小説家になろうと思ったわけではなくて、趣味程度で書いてみようと思っただけなんですが。
――山本文緒さんの他の作品も読みましたか。
君嶋:はい。その頃に刊行されていた一般文芸の作品は全部読みました。『パイナップルの彼方』以降の作品ということになりますが、刊行順はそこまで気にせず、あるものからどんどん買いました。『あなたには帰る家がある』とか、『群青の夜の羽毛布』とか、『恋愛中毒』とか...。直木賞を受賞された『プラナリア』は、自分がはじめてハードカバーで買った本でした。でも、その後、ぱったり本を出さなくなっちゃったんですよね。もう読めないのかとすごく残念に思っていた記憶があります。
それからしばらく経って、僕が大学生の時に『アカペラ』が出たんですよ。もちろん読みました。そこからまた間があいて、『なぎさ』が出て、またちょっと間があいて『自転しながら公転する』が出て。最後の小説集の『ばにらさま』は、僕のデビュー作の『君の顔では泣けない』と同時とまではいかないけれど、ほぼ同じタイミングで書店に並んだんです。
――君嶋さんは2021年に『君の顔では泣けない』で〈小説 野性時代 新人賞〉を受賞してデビューされたんですよね。9月に本が刊行されて、10月に山本さんが亡くなって...。
君嶋:そうなんです。ショックでした。KADOKAWAさんも「山本さんと対談できたらいいですね」という話はしてくださっていたし、僕も山本さんにお手紙を送ったりもしていたんです。でもその頃には闘病されていたんですよね。
その後、新潮社から山本さんの『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』が出たじゃないですか。あれは読んで「うっ」となりました。ただの日記でもこんなに文章がすさまじいんだなと思いました。日記媒体なのに、記録のためというより、何かを書きたいと思って書いているというのがすごく感じられるんです。やっぱり最後まで作家だったんだなと思って、衝撃を受けました。いちばん好きな作家といったら山本文緒さんで、きっとこの先更新することはないと思います。それくらい影響を与えられています。