
作家の読書道 第266回:君嶋彼方さん
2021年に第12回〈小説 野性時代 新人賞〉を受賞した『君の顔では泣けない』(応募時のタイトルは「水平線は回転する」)が話題となり、映画化も決定した君嶋彼方さん。ホラー文庫から広がっていった読書遍歴は? ドラマ好き、映画好きでもある君嶋さん、好きな映像作品や脚本家、監督についても教えてくださいました。
その6「最近好きな脚本家、監督」 (6/7)
――デビューされてから、読書生活は変わりましたか。
君嶋:じつは全然読まなくなりました。さすがに「これは読まねば」という時は読んでいますが、やっぱり影響されるのがすごく怖いというのがひとつあります。それと、これは本当に生意気な話なんですけれど、「自分だったらこう書くのに」と思ってしまう時があって、純粋に没頭できなくなっちゃうというのがあります。
――それは話の構造なのか、キャラクター造形なのか...。
君嶋:展開とかキャラクター造形でそう感じることが多いのかな。僕は結構ステレオタイプが嫌いなんです。もちろんそれが駄目だというわけではなく、単に僕の趣味の話なんですけれど、ステレオタイプに寄せた人物が出てくると「自分ならこうするな」と思ってしまうんですよね。
だから小説よりも映画やドラマのほうが純粋に楽しめるというのがあります。でもやっぱり小説は読まなきゃなという気持ちもあるので、葛藤している日々です。
――最近の映画やドラマでの、好きな監督や脚本家は。
君嶋:吉田恵輔さんという映画監督がいて。わりと前から観ていたんですけれど、最近ますますすごいなと思っています。最近では「ミッシング」という、石原さとみさん主演で幼い娘が突然失踪した夫婦の話を撮っています。そういう母親の役だったらもっと似合いそうな俳優さんはいると思うんですが、テレビドラマのイメージの強い石原さんを選ぶってところが、まずすごいなと思って。
――「ミッシング」観ました。石原さんの演技すごかったです。
君嶋:吉田監督に「さんかく」という映画もあって、それがすごく嫌な感じの三角関係の話で面白いんです。人間の業の深さみたいなものを描く方ですね。最近だと「神は見返りを求める」という映画があって。岸井ゆきのさんが主演で売れないYouTuberで、たまたま知り合ったムロツヨシさん演じるおじさんが協力するようになるんですけれど。
――あ、「ミッシング」と同じ監督でしたか。あれ、いい話になるかと思ったら...。
君嶋:どんどんえげつない方向にいきますよね。思わぬ方向に展開していく。人間のすごく嫌なところを余すことなく描くタイプの監督さんだなと思います。僕はまだ観ていないんですけれど、「空白」という映画がありまして。松坂桃李さんが主演で、スーパーで万引き未遂事件を起こした中学生の女の子を引き留めようとしたら逃げ出して、その子が交通事故で死んじゃうんです。それで、古田新太さん演じる父親が、娘が万引きするはずがないといって暴走していく。もうあらすじだけでもえげつないなっていう。それで今注目しているんです。
――海外の映画はいかがですか。
君嶋:海外だと、毎作品注目している監督はダルデンヌ兄弟ですね。救いようのない話が多いんですが、どこかに微かに希望を感じるときもあって、それが胸を打つんです。グザヴィエ・ドランも好きです。実は同い年なんですが、才能がありすぎて勝手に同世代の星だと思ってます(笑)。あとはミヒャエル・ハネケも。胸糞映画といえばでよく名前の挙がる「ファニーゲーム」を撮った監督なんですが、それ以外の作品も本当に心にきます。自分が一番好きなのは「ピアニスト」ですね。あのラストシーンは未だに忘れられません。
他には、ヨルゴス・ランティモスとか、ポン・ジュノとか......海外の映画監督でも好きな人はいっぱいいます。
――ドラマはいかがですか。
君嶋:さきほども挙げた、男女を逆転させたNHKの「大奥」はすごく面白かったです。そもそもよしながふみさんの原作が面白いんですけれど、ドラマも台詞のちょっとした変え方とか繋げ方がすごく上手くて。
坂元裕二さんも昔から好きです。坂元さんが好きな人はいっぱいいるんじゃないかと思いますけれど。好きなのはやっぱり「カルテット」かな。坂元さんは、もっと前は「東京ラブストーリー」といった、ラブストーリーを書く人だったんですよ。でもある時を境に、話が重くなったり、ちょっと変わったテンポの会話を描くようになって、ドラマ好きはそれを坂元裕二バージョン2と呼んでいるんです。たぶん「わたしたちの教室」というドラマくらいからテイストが変わった気がします。知名度を上げたのは芦田愛菜さんが出ていた「Mother」じゃないかな。全部のドラマは見ていないんですけれど「カルテット」はすごく面白かった。
それと、渡辺あやさんも好きです。映画の脚本を手掛けることが多い方で、「ジョゼと虎と魚たち」とか「メゾン・ド・ヒミコ」とか。ドラマだとNHKの朝ドラの「カーネーション」を担当されてました。自分が好きなのは「その街のこども」という作品です。阪神大震災をテーマにした話なんですが、震災のシーンは一切描かず、ほとんど二人だけで展開される物語で......なのに、ものすごく心に響くんですよね。