第266回:君嶋彼方さん

作家の読書道 第266回:君嶋彼方さん

2021年に第12回〈小説 野性時代 新人賞〉を受賞した『君の顔では泣けない』(応募時のタイトルは「水平線は回転する」)が話題となり、映画化も決定した君嶋彼方さん。ホラー文庫から広がっていった読書遍歴は? ドラマ好き、映画好きでもある君嶋さん、好きな映像作品や脚本家、監督についても教えてくださいました。

その7「自作について」 (7/7)

  • 君の顔では泣けない (角川文庫)
  • 『君の顔では泣けない (角川文庫)』
    君嶋 彼方
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  • 夜がうたた寝してる間に
  • 『夜がうたた寝してる間に』
    君嶋 彼方
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  • うちのクラスの女子がヤバい(1) (少年マガジンエッジコミックス)
  • 『うちのクラスの女子がヤバい(1) (少年マガジンエッジコミックス)』
    衿沢世衣子
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  • 一番の恋人
  • 『一番の恋人』
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  • 春のほとりで
  • 『春のほとりで』
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――そこまでドラマが好きなのに、ご自身で脚本家になりたいと思ったことはなかったのですか。

君嶋:なぜかあまり思わなかったんですよね。シナリオ大賞みたいなところに挑戦する方法もあったと思うんですけれど、もともとドラマはみんなで作るものというイメージがあるので、自分は一人でやれることがいいなと思っていた節があります。脚本だとそこから映像をつけたり、いろいろあるので、自分の力だけでは完成できない。小説だと自分一人で最初から最後まで完成させることができので、あまり脚本のほうに興味がいかなかったというのはあります。

――しかも小説ならSFでもなんでも書けますものね。デビュー作の『君の顔では泣けない』は映画化も決まっていますが、不思議な現象が起きる話ですし。

君嶋:『君の顔では泣けない』は、色んな入れ替わりをテーマにした物語に触れたとき、自分だったらこうするなって思ったのがきっかけです。ああいうことが起きた時、自分の家族とか友人のこととか、もっといろいろ悩んだりすることがあるんじゃないかって思って。だったら自分で書こう、という感じだった気がします。

――2作目の『夜がうたた寝してる間に』も、超能力者が出てくる話ですし。

君嶋:さきほど受賞の連絡待ちの時に次作を書こうとしたと言いましたが、その時のアイデアを利用したものです。

――社会の中に超能力者が当たり前のように存在している世界が舞台ですが、超能力者たちは少数派で、異質な目で見られている。高校生の冴木旭は時間を止める特殊能力がありますが、学校で"普通"に見られるよう、明るく振る舞って生きている。でも学校で事件が起きた時に、能力者が疑われて...という。

君嶋:超能力をテーマに書いたのははじめてでした。衿沢世衣子さんの『うちのクラスの女子がヤバい』という漫画に影響されて書いたものなんです。その時は「自分ならこうする」じゃなくて、単純にすごく面白いなと思ってインスパイアされた感じです。この作品は本当になんでもない超能力を持った子が出てくるんです。怒ったら手がイカになるとか、困ったら体に花が咲くとか、そういうどうでもいい能力を使って、日常をすごくうまく描いている作品です。
変わった能力を出すと同じような感じになっちゃうので、あえて時間を止めるとか心が読めるといった馴染みのある能力を出して、今までみんな気にしていなかったことを書けたらいいな、というところから始まりました。超能力があったら、意外とうらやましがられるよりも敬遠されちゃうんじゃないかな、とか、本人も本当はこんな力要らなかったと思うんじゃないか、とか。そちらのほうにフォーカスさせました。

――その『夜がうたた寝している間に』の刊行インタビューの時に、「次は男らしさについて考えたものを書いてみたい」とおっしゃっていましたね。それが3作目の『一番の恋人』なんですね。道沢一番は「何にでも一番になれるように」という父の願いで名付けられ、父親に見限られたお兄さんの分も「男らしく生きろ」と強く言われて育ち、それなりにうまく生きてきた。でも付き合って2年経つ恋人の千凪にプロポーズしたところ、彼女の返事は「好きだけど、愛したことは一度もない」。千凪は自分が他人に恋愛感情も性的欲求も抱かないアロマンティック・アセクシャルではないかと思い当たっていて...。

君嶋:男性の苦しみを書きたいと思ったんです。というのも、僕、めっちゃエゴサするんですよ(笑)。『君の顔では泣けない』で検索をかけたら、「やっぱり女の人は生きづらいよね」みたいな感想がちょこちょこあって。それは個々の受け取り方なので、それが間違っているというわけではないんです。でもそういう感想が多いということはやはり、女性は生きづらいと思うことが多いんだろうなと感じると同時に、男も生きづらいと感じる時があるよな、と思いました。『一番の恋人』の作中にも出てきますが、運動神経が悪いとか、出世できないとか、そういう時に「男としてどうなの」という感覚が世間に根付いている。男性への男らしさへの強要ってそんなに問題視されていないな、とどこかしら思っていました。
前のインタビューの時は、そういうことで何か1作書けたらいいなとは思っていたんですが、どう書くかは全然決まっていませんでした。
どういう時に自分が男であることにいちばん苦しむかいろいろ考えてみて、愛している人に、自分が男だからこそ愛してもらえないとなったら、自らが男であることに苦しむじゃないかなと思ったんです。

――アロマンティック・アセクシャルが先ではなかったんですね。

君嶋:後からなんです。でもそれを装置にしたくなくて、ちゃんと書かないと、とは思っていました。

――そこがよかったです。一番くんの視点だけで話が進むのかと思ったら、千凪さんの視点も出てきて、昔から恋愛ができないことに悩んできたことや、ようやく自分がアロマンティック・アセクシャルではないかと気づき、そこから行動していく様子が描かれるのがすごく切実で。

君嶋:最初は一番の視点だけで一回書いたんです。しかも主人公がお兄ちゃんだったんですね。運動神経も悪いし仕事もうまくいかなくて、でも弟はかなり優秀で。そのお兄ちゃんの恋人がアセクアロマという設定だったんですけれど、編集さんと相談して、主人公を優秀な弟にして、恋人である千凪の視点も入れることにしました。結果的にそっちのほうがよかったなと僕も思っています。
やっぱり千凪の視点で書こうとしないと、自分でも分からないことが結構あったなと思うんです。その人の主観の視点を書くことで、さらにちゃんと理解しようという気持ちになれるので、あそこは本当に増やしてよかったなと思います。

――さきほどステレオタイプのキャラクターがあまり好きではないとおっしゃっていましたよね。マイノリティにカテゴライズされる人だってみんな違うんですよね。「アセクアロマの人はこう」というステレオタイプの描き方でなく、千凪さんが自分自身はどう生きたいのかを探っていく過程が描かれていくのが刺さりました。

君嶋:そこは確かに意識していました。たとえば男の人が好きな女の人と一口に言っても、いろんなタイプがいるじゃないですか。恋愛観もそうだし、好みとかももちろんそうですし。なのにマイノリティっていう枠になると途端に、「アセクアロマってこういう人だよね」みたいなカテゴライズをされちゃうなと感じでいて。カテゴライズされた中にもいろんなタイプがいるし、マイノリティの中にさらにマイノリティがいるかもしれないし、だから「アセクアロマだからこうだよね」といって終わらせたくないなと思っていました。

――なので、どれくらい取材とかされたのかなと思いましたが。

君嶋:じつは何もしていないんです。ネットでいろいろ調べたりはしましたが、誰かにインタビューしたりはしていません。したほうがいいのかすごく迷ったんですけれど、取材してしまうと、逆に僕の中の知識がそこで固定されてしまいそうだと思って。それこそステレオタイプに寄ってしまうのが怖かったし、あくまでも書きたいのはアセクアロマというより、アセクアロマという性質を持った千凪という人を書きたかったので、だったら変に知識を偏らせないほうがいいと思いました。なので見識が深い方々が読んだら、どう思われるのかは、ちょっと怖くはあるんですけれど。

――恋愛ってなんだろう、結婚ってなんだろう、人の幸せってなんだろう、みたいなことを考えさせて、いろんなステレオタイプの考え方を崩してくれる展開になっている。これはラストは決めていたんですか。

君嶋:決まっていました。絶対にしたくなかったのが、千凪がはじめて好きになった人が一番でした、みたいな結末ですね。それは絶対に嫌でした。

――これまで発表した3作品、まったく切り口は違うけれど、現代的な問題が盛り込まれていると思うのですが、そういうことって意識されていますか。

君嶋:いや、あまりなくて。本当に書きたいものを書いている感じですね。それこそ1作目は入れ替わりをテーマに自分が書いてみたら、というのがきっかけでしたし、2作目は超能力っていいことばかりじゃないよね、という観点からですし。3作目は男性性というところから入ったのでテーマはわりとはっきりしていましたが。

――次の刊行予定はどんな感じですか。

君嶋:直近でいうと、8月に講談社から『春のほとりで』という短篇集が出ます。「小説現代」にちょこちょこ載せていただいたものを1冊にまとめた形です。高校生の話なんですけれど、いやいや高校生っていったってみんながみんな青春ってわけじゃないからな、っていう感じの話です(笑)。収録された6篇とも2人組の話で、教室とか、屋上とか中庭とか、学校のいろんなところで起きる2人の秘密や関係性を書いた感じの連作集です。
あとはたぶん来年になると思うんですけれど、新潮社さんのほうでちょこちょこ載せてもらったゲイカップルの話が本になります。ゲイカップル本人たちというより、その周りの人の話ですね。友達だったり、元恋人だったり、親だったり。1話ごとに視点がいろいろ変わる内容です。

――『君の顔では泣けない』の映画化も楽しみですね。

君嶋:はい。公開はまだ先ですし、現時点で出せる情報は少ないんですけれど。一度プロデューサーの方と監督とお会いして、いろいろ打ち合わせをさせていただきました。自分でも楽しみにしています。

(了)