
作家の読書道 第266回:君嶋彼方さん
2021年に第12回〈小説 野性時代 新人賞〉を受賞した『君の顔では泣けない』(応募時のタイトルは「水平線は回転する」)が話題となり、映画化も決定した君嶋彼方さん。ホラー文庫から広がっていった読書遍歴は? ドラマ好き、映画好きでもある君嶋さん、好きな映像作品や脚本家、監督についても教えてくださいました。
その5「学生~社会人の頃の読書」 (5/7)
――当時の読書はいかがでしたか。たとえば、小説すばる新人賞の過去の受賞作を読んで傾向と対策を考えるとかはされました?
君嶋:受賞作は大学生時代のほうが読んでいました。仕事を始めてからはやっぱり時間がとれなくて、好きな作家さんが出したものを優先的に読んでいたので。大学の時は小説すばる新人賞受賞作では水森サトリさんの『でかい月だな』とか、三崎亜記さんの『となり町戦争』とか...。
大学生の時、みんな「応募するなら過去の受賞作も掲載誌も読んだほうがいい」と言っていたんですけれど、でもそれで実績を出した人が一人もいなかったので、どこまで正しいか分からないです。正直、〈小説 野性時代 新人賞〉の受賞作も1作も読まずに応募したので、タイミングとかもあるのかなと思っています。
――好きなものを読んでいたというのは、山本文緒さんや伊坂幸太郎さんの他にどんな方の作品ですか。
君嶋:大学を卒業したくらいから平山夢明さんにはまっていて、『独白するユニバーサル横メルカトル』や『他人事』などを読みました。あとは同じ時期から歌野晶午さんも、『葉桜の季節に君を想うということ』などの作品を読みました。歌野さんは『さらわれたい女』から入ったんです。映画化されて(映画版のタイトルは『カオス』)、それを見て原作を読んだ記憶があります。僕、歌野さんは短篇集がすごく好きで。『ハッピーエンドにさよならを』という短篇集の最後に「尊厳、死」という作品があるんですね。あれは締めのお話として、めちゃくちゃ格好よく決まっているんです。
あとずっと読んでいるのは筒井康隆さんです。大学生くらいの頃から読み始め、作品が多くて全部は読み切れていませんが、いちばん好きなのは『家族八景』です。
――七瀬三部作の最初の作品ですが、三部作ではなく『家族八景』が好きということですか。
君嶋:もちろん三部作全部読んだんですけれど、『家族八景』がいちばん好きですね。学生の頃は家族に興味があって、卒論で疑似家族について書くくらいだったんです。『家族八景』は主人公の火田七瀬が住み込みのお手伝いとしていろんな家庭を転々とする話ですが、本当にいろんな形の家族が出てくるじゃないですか。それと、描写がやっぱりすごかった。「澱の呪縛」という相当不潔な家に行く話があるんですけれど、その不潔描写が本当に気持ち悪くなるくらい不潔で(笑)、すごいなと思いました。
あと筒井さんでは『虚構船団』なんかは逆立ちしても書けないなというか、よくこういうものを書けるなあと思ったし、面白かったです。
――そして、デビューして兼業されて...。
君嶋:本当は今勤めている会社が副業が禁止のはずなんですけれど、会社に伝えたら「ああ、いいんじゃない」と軽く返事をされ、一応公認となりました。最初は周囲には隠していたんです。ありがたいことに「王様のブランチ」のブックコーナーに出演することになって、一応それも伝えたら「あ、いいよ」という感じで、それで出演したら一気に社内に広まってしまいました。
――1日の執筆時間は決まっていますか。
君嶋:基本的には会社から帰ってきてから書くことが多いです。会社の飲み会があってどんなに酔っ払っている日でも、1日1行だけでも書こうと思っていて。さすがに旅行に行った時は無理ですけれど、家に帰るのであれば、とりあえずパソコンを開き、とりあえずキーボードを叩く、というのは頑張ろうかなと思っています。