その1「学習漫画と伝記」 (1/7)
――いつもいちばん古い読書の記憶からおうかがいしております。
潮谷:幼稚園の頃に絵本をめくったおぼえはあるし、家にも本が残っているんですけれど、内容は記憶にないんです。小学校に入ったくらいの頃に、親戚のお兄さんからお古の漫画本をもらいまして。それが集英社の「日本の歴史」という学習漫画シリーズでした。これは何回もバージョンアップされているんですが、たぶん私が読んだのは最初のバージョンで、全18巻くらいでした。それが、本を読んだのも漫画を読んだのもはじめてでした。漫画を読みながら勉強もできるのがなかなか楽しかったですね。
それで、学研の「ひみつシリーズ」も読むようになりました。『宇宙のひみつ』などがありましたね。そういう学習漫画系なら親もいくらでも買ってくれたんです。そうしたシリーズってパターンがあって、だいたい博士が出てくるんですよね。『植物のひみつ』だったら植物のことを詳しく教えてくれる博士が登場する。しかもそういう博士って、簡単にタイムマシンや空飛ぶ円盤を作ったりと、なんでもありな感じだったので、自分も大人になったら博士になりたいと思っていました(笑)。今も自分の小説に結構博士を出しているのは、その頃の憧れがあるからかもしれないです。
――潮谷さんは大学で東洋史学を専攻されたそうですが、その頃からとりわけ歴史が好きでしたか。
潮谷:ものすごく好きというほどではなかったと思います。あまり集中力のある子供ではなかったので、そこまで何かにのめり込む気持ちにはならなかったです。
――学校の図書室は利用しましたか。
潮谷:小中学生の頃はそんなに使っていませんね。その頃はあんまり小説を読むことに興味が向いていませんでした。でも、小学生向けの伝記は読むようになりました。だから漫画ではなく活字の本を読むようになったのは、伝記が最初だと思います。それは図書室で借りたり、本屋さんで買ったりしていました。ヘレン・ケラーやシューベルトの話など、順番を気にせず目についた定番ものを選んでいたと思います。
――ごきょうだいはいらっしゃいますか。一緒に本を読んだりしたのかなと思って。
潮谷:私は一人っ子だったんです。なので人と本の貸し借りをすることもあまりなくて。なので、学習漫画以外の漫画は自分のお小遣いだけでなんとかしなくてはいけなくて、あまり買えませんでした。
小学生の頃、「ドラゴンクエスト」が全盛期で、ゲームの関連本も結構出ていたんです。ゲーム自体も大好きでしたが、そうした本も読んでいました。ゲームに出てくるアイテムの小話みたいなものの本もちょっとずつ読んでいたので、「ドラゴンクエストⅣ」のノベライズ、『小説ドラゴンクエストⅣ』が出た時に読んでみたんですね。以前からノベライズはありましたが、たまたま私が手に取ったのがそれでした。作家の久美沙織さんが書かれておられて。読んでびっくりしたのが、当時のゲームは容量の都合で台詞なども限られていたんですが、久美さんがそのちょっとした描写を膨らませ、味付けをして、ものすごくきらびやかな物語にされていたんです。最初はそれを立ち読みしてびっくりして、4巻ほどあったのを結局全巻買いました。5章形式で章ごとに壮年の戦士や若い女の子など主人公が変わっていって、文体も三人称から一人称に切り替わったりする。小説ってこういうことができるんだと、すごく印象的だったおぼえがあります。
――学校の国語の授業は好きでしたか。
潮谷:結構好きでした。本好きだったみなさんはそうだと思うんですけれど、本を読んでいると、わりとあまり勉強しなくても点が取れる科目なので。それで褒められると嬉しいですし。小学校高学年や中学生になると、教科書に小説の抜粋が載っているので、それで「この小説面白そうだな」と思ったら本を買ったりしていました。夏目漱石の『こころ』なんかは中学生の時に一部が教科書に載っていて、面白いと思って文庫版も買いました。
――読書やゲーム以外に何か打ち込んだことはありましたか。習い事とか。
潮谷:小学生の間は剣道をやっていたんですけれど、あまり試合で勝ちたいという情熱がなくて、なんとなく通っているだけだったので中学生になると辞めました。部活にも入っていませんでした。
中学生以降はゲームはあまりやらなくなったんですけれど、当時はゲームデザイナーになりたかったんですね。「ドラクエ」とかのゲームデザイナーの堀井雄二さんが子供向けの雑誌にもよく登場されていたので、自分もゲームを作ってみたいなと考えていました。今なら「RPGツクール」のような、プログラムを知らない人でもゲームを作れるソフトがありますが、当時そうしたものは全然なくて。プログラムを学ばないとゲームは作れないと思って勉強しようとしたけれども、数字が並んでいるのを見て断念しちゃいました。
当時の子供としてありがちなんですけれど、漫画家になりたいとも思いました。絵の描き方が難しいのでそれも断念したんですけれど。
――漫画家になりたいと思ったということは、学習漫画以外になにか好きな作品などがあったのですか。
潮谷:小学校高学年くらいから「少年ジャンプ」を買って読むようになりました。なのでコミックスはあまり買っていないんですけれど、ジャンプ漫画自体は読んでいます。小学生の頃は『ドラゴンボール』、中学生になると『ジョジョの奇妙な冒険』や、『幽☆遊☆白書』などが好きでした。『ジョジョの奇妙な冒険』は、やっぱりシナリオや台詞も面白くて、漫画って絵の上手さだけで成り立っているものじゃないんだなと印象に残りました。
――ご自身で物語を空想したりすることはありましたか。
潮谷:そうですね...。ああ、そうだ、幼稚園に通っていた頃、どの作品かは憶えていないんですけれど、絵本の登場人物を自分の頭の中で動かしたり、その絵を真似して自分もノートに絵本みたいなものを書こうとしたことがありました。ただ、絵本は解釈の余地があって想像の自由度が高い作品が多いんですけれど、漫画はある程度世界観が出来上がっているものが多いので、漫画を読むようになってからは自分で勝手にストーリーを考えることはなくなりました。ただ、たとえば「ドラクエⅣ」をやっている時に、自分なら「ドラクエⅤ」はこういう展開にするなとか、こういう話を作りたいな、といったことは結構考えていました。
今はスクエア・エニックスという会社になっていますけれど、当時「ドラクエ」はエニックスで、エニックスと双璧だったスクエアが「ファイナルファンタジー」のほかに、ゲームボーイで「魔界塔士Sa・Ga」というシリーズを出していまして。それがちょっと独特の設定で、いろんな世界が塔や迷路で繋がっていて、そのあちこちの世界を旅していく話だったんです。巨人の世界とか、マグマの世界があったりして。自分がこのゲームの続きを作るんだったらどういう世界を作るか空想していました。
――作文など文章を書くことはいかがでしたか。
潮谷:小中学生の頃は趣味で何かを書くことはあまりなかったんです。でも国語は得意だったので、読書感想文なんかは先生から言われてコンクールに出して評価されたりはしていました。なので書くこと自体は好きだったんですけれど、自分で小説を書いてみようとは思わなかったんですね。やっぱりゲームデザイナーや漫画家になりたいと思っていたので、そうするとどうしてもビジュアルが最初に頭に浮かんでいました。今も、話を構成する時は、漫画やゲームのキャラクターみたいなものがやり取りしているところを思い浮かべて書いています。そこまでビジュアル的な想像力があるわけではないので、容姿まで細かく浮かんでいるわけではないんですけれど。