
作家の読書道 第268回:潮谷験さん
2021年にメフィスト賞受賞作『スイッチ 悪意の実験』でデビューして以降、斬新な設定とフーダニットを組み合わせたミステリーで楽しませてくれている潮谷験さん。幼い頃からミステリー好きだったのかと思いきや、意外にも作家を志すきっかけは司馬遼太郎さんの『項羽と劉邦』で、歴史小説を書こうとしたのだとか。そんな潮谷さんの読書遍歴、デビューの経緯、最近の読書生活とは?
その5「キャラクターの魅力の重要性」 (5/7)
――その後、再び腰をすえて小説に取り組むようになったのは。
潮谷:西尾さんの本を読んでからは、しばらく書こうとは思わなかったんです。でもその後、アニメを見て衝撃を受けたことがあって。それが確か2009年くらい。大ヒットした「けいおん!」を見たんですね。女の子たちがバンドをやっている話です。今までのエンタメと違うのは、ほとんどドラマ性のある事柄がなくて、ほぼ楽しそうにしているだけなんですよ。それでも面白くてヒットしている。その時に気づいたのが、キャラクターの関係性だけでも物語は成り立つということでした。そのキャラクターの関係性だけで成り立つということを今まで私が好きだった作品に当てはめてみた時、森博嗣さんや西尾維新さんはそれをやっている、と気づいたんです。のちにキャラ萌えという言葉が出てきますけれど、あのお二人はキャラクター萌えをミステリーに持ち込んでいるんですよね。ミステリーって、特に過去の作品だと、誰が犯人かを話し合っているだけで物語が進行したりして、それが最近の読者には退屈に思われてきているところがあったんです。けれど、そこにキャラ萌えという要素を打ち込むと、キャラクター同士がやり取りするだけの推理シーンでも読者は感情移入してくれるから、推理だけするミステリーも結構読んでもらえるだろうと思い、自分でもやってみようかなと。
――それでまた、小説を書き始めたわけですね。
潮谷:最初は、新人賞に応募するか関係なく、一回自分の好きなものを全部入れ込んだ作品を書いてみることにしました。そこで考えたのが、フランス革命の時期に、ヨーロッパの架空の土地で事件が巻き起こる話でした。いろんな権力闘争を書いた上で、最後に本格ミステリーになるという、すごく長い話を試しに書いて自分では満足したんですけれど、それが40万字くらいになって。分量として賞に応募するのは難しいので、そこから今度は直球エンターテインメントとして、『時空犯』と『スイッチ 悪意の実験』のアイデアを考えていきました。それらの準備をしつつ、また別にエンタメ的な小説を書いてメフィスト賞に送ったところ、「メフィスト」本誌の選考委員が手短にコメントしてくれるコーナーで、要素が入りすぎているからもう少し整理したほうがいいですよ、という講評をもらいまして。それを踏まえて『スイッチ 悪意の実験』を書きました。正確にいうと、最初に書きあげたのが『時空犯』、次にボツになった作品、その次が『スイッチ 悪意の実験』の順番です。
――2021年にメフィスト賞を受賞した『スイッチ 悪意の実験』は、大学生たちがアルバイトで奇妙な心理実験に参加する話。スマホにスイッチのアプリをインストールして1か月過ごすだけですが、その間もしスイッチを押すと、ある一家の生活が破綻してしまう。押さなくてもお金がもらえるから誰も押すわけがないと思っていたのに...という。そんな『スイッチ』の次が『時空犯』ですし、毎回ひねりのある要素が加わったミステリーをお書きになっていますよね。
潮谷:自分の好きな要素をその都度浮かび上がらせているといいますか、そこにキャラクター性みたいなものを加えつつ、ラストは自分の好きなフーダニットで締める、みたいな感じですね。
――ヨーロッパを舞台にした40万字くらいの作品は、ネットに上げているそうですね。
潮谷:「NOVEL DAYS」に「決闘の王子」というタイトルでアップしました。たぶんまだ読めると思います。作者名は「シオタニケン」です。
他に、小説ではないんですけれど、カクヨムに「妄想読書」というシリーズを書いていました。デビューする前後に、存在しない架空の本の感想文を100冊分書くという試みをしていて。自分の書くスピードを上げる練習になるんじゃないかと思ったんです。スタニスワフ・レムが『完全な真空』でやっていた架空の書評みたいなものですが、あれは結構長文なのに対し、私が書いていたのは原稿用紙2枚分くらいの短い感想です。どちらかというと小説よりもノンフィクションやドキュメントの感想が多かったですね。もちろん、架空の本ですけれども。それもカクヨムで「妄想読書」「シオタニケン」で検索したらまだ読めます。
――お名前はペンネームですか。
潮谷:そうです。デビューした時に決めたんですけれど、「潮谷」は昔通っていた塾の先生が私の名前をずっと「シオタニ」と勘違いして、そう呼ばれ続けていたのでそのままペンネームにしました。「験」は、編集部の方がいろいろ候補を挙げてくださったなかにあったんです。『スイッチ 悪意の実験』の「験」とかぶるので、憶えてもらいやすいかなと思いました。一応、ネットに挙げたもののペンネームは商業名義と違うものにしたほうがいいと思い、カタカナにしてあります。
――『スイッチ 悪意の実験』を出してわりとすぐ『時空犯』をお出しになったなと思っていましたが、もうアイデアがあったということなんですね。
潮谷:そうです。なので『時空犯』を出した頃にはもう、その次の『エンドロール』のプロットを考えていました。メフィスト賞の作家さんってデビュー直後に立て続けに新刊を出されるケースが多いんですけれど、デビュー前から持ち球をいくつか持っているパターンが多いんじゃないかなと。
――『エンドロール』ではコロナ禍の後、若者の間で自殺が流行るんですよね。彼らには共通点があって......。あれはどういう発想だったのですか。
潮谷:受賞が決まった時期がコロナ禍のはじめの頃で、ロックダウンとか書店の一時閉鎖とかがあったんですよ。そういう時期だったので、やはりコロナを主題にしたほうがいいんじゃないかなと思ったんですけれど、そのまま書くのもどうかと考えて、ある程度収束した時代の話にしました。実際今も完全に収束してはいないので、読みが外れたところはあるんですけれど。コロナの時期は全然遊べなかった若者もいるし、若者向けの店も大打撃を受けて倒産しちゃったりもしていて、収束してもダメージみたいなものが残ると思ったんですね。そこからどういう影響が残るかを考えていきました。
――その次の『あらゆる薔薇のために』は、昏睡病から回復した患者の身体の一部に、薔薇のような腫瘍ができるという奇妙な現象が描かれます。その患者たちが次々に襲われる事件が京都で起きるという。
潮谷:これは最初にタイトルを思いついたんです。そこから、薔薇で印象的なガジェットを考えていきました。最初に考えたのは、日本各地の溜池に薔薇みたいな生き物が現れて、そこで溺れた人の身体に薔薇が生まれるという話でしたが、その薔薇の機能について考えていくうちに今の話になりました。
――学研のひみつシリーズの影響で、博士も出てきますし(笑)。
潮谷:5作目まで全部博士みたいな存在が出てきますよね(笑)。『エンドロール』で出てくるのは博士でなく思想家ですが、みんなに影響を与えるという存在は同じですし。今思うと、森博嗣先生の影響も大きいですね。森先生の作品も毎回博士が出てきますから。