第269回:前川ほまれさん

作家の読書道 第269回:前川ほまれさん

2017年にポプラ社小説新人賞を受賞した『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』を翌年刊行してデビュー、昨年『藍色時刻の君たちは』で山田風太郎賞を受賞した前川ほまれさん。看護師でもある前川さんが、小説家を目指したきっかけは? その読書遍歴と来し方についてたっぷりおうかがいしました。

その2「角田光代さん作品との出合い」 (2/7)

  • 小説 人間失格
  • 『小説 人間失格』
    太宰治,森禀
    文響社
    1,375円(税込)
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  • 斜陽 他一篇 (岩波文庫 緑 90-3)
  • 『斜陽 他一篇 (岩波文庫 緑 90-3)』
    太宰 治
    岩波書店
    594円(税込)
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  • 女生徒 (角川文庫)
  • 『女生徒 (角川文庫)』
    太宰 治
    KADOKAWA
    484円(税込)
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  • ヴィヨンの妻 (新潮文庫)
  • 『ヴィヨンの妻 (新潮文庫)』
    治, 太宰
    新潮社
    407円(税込)
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  • 坊っちゃん (新潮文庫)
  • 『坊っちゃん (新潮文庫)』
    漱石, 夏目
    新潮社
    341円(税込)
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  • 檸檬 (280円文庫)
  • 『檸檬 (280円文庫)』
    梶井基次郎
    角川春樹事務所
    293円(税込)
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  • 空中庭園 (文春文庫)
  • 『空中庭園 (文春文庫)』
    角田 光代
    文藝春秋
    682円(税込)
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  • 対岸の彼女 (文春文庫)
  • 『対岸の彼女 (文春文庫)』
    光代, 角田
    文藝春秋
    704円(税込)
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――中学校は地元の学校に進んで、サッカー部に入って...?

前川:そうです。読書に大きな変化はなかったんですけれど、図書室で太宰治のような、古典と言われているものをチラチラ借りていました。きっかけが何だったかも憶えていないし、それで大きな影響は受けることもなかったです。『人間失格』を読んでちょっと暗い話だなと思うくらいで。10代の終わりに太宰の『斜陽』や『女生徒』や『ヴィヨンの妻』を読んでようやく、人間が持つ寂しさとか空虚感とか、道化になって無理して取り繕うみたいな感覚を味わい深く読めるようになりました。でも中学時代は、やっぱりサッカーをしつつ、暇だったら本を読むくらいの感じでした。

――古典と言われている作品というと、太宰の他に夏目漱石とか芥川龍之介とかは。

前川:夏目漱石の『坊ちゃん』を読んだことは憶えていますが、文豪と言われている人たちの作品の内容はあまり記憶になくて。今思い出したんですけれど、最初に読んだ時からずっと好きなのは梶井基次郎の『檸檬』ですね。教科書か何かに載っていて、心に引っかかるところがあって。レモンを爆弾に見立てて書店の本の上に置くだけの話ですけれど、そこに何か、当時の自分の鬱屈した思いを重ねていたような気がします。短い作品ですし、節目節目で読み返しています。

――振り返ってみて、どんな子供だったと思いますか。

前川:ずっと内向的で引っ込み思案だったと思います。仲いい友達は本当に限られていて、自分から友達を誘ったりとかできなくて。今でも結構そうなんです。仕事を始めてからは少し改善がありましたが、人とちゃんと喋ることに苦手意識がありました。

――高校も地元の学校に進まれたのですか。

前川:そうですね。高校に入ってからは、ちょこちょこと流行りの小説とかを読んでいたと思います。高校の頃の読書でいうと、角田光代さんですね。
角田光代さんの小説は、本当に小説の面白さを教えてくれたというか。角田さんの本を読んではじめて、自分も書いてみたいなと思いました。はじめて読んだのが『空中庭園』で、映画を観たら面白かったので原作も読んでみようと思ったのがきっかけです。ちょっと記憶が曖昧なんですが、そこから『対岸の彼女』とか『キッドナップ・ツアー』とか、角田さんの小説を読んでいきました。

――なぜそこまで角田さんの小説に刺激を受けたのだと思いますか。

前川:すっと文体が入ってきたというか。それと、父方の祖母が東京に暮らしていたので、小さい頃に夏休みに遊びに行ったりしていたんです。それもあって都会への憧れが強かったんですね。東京から帰ってくるたび自分が住んでいる場所がすごく田舎に感じたし、当時はカルチャーにしても届くのにタイムラグがあったりして。そういう時に角田さんと写真家の佐内正史さんによる『だれかのことを強く思ってみたかった』を読んだんです。写真と文章で構成されている本で、そのなかに「東京」という短篇があって。主人公の女の子が東京について語っていて、すごく大きな出来事が起きるわけではないんです。でもそれを読んだ時、小説の世界と自分の心情がピタッとはまったんですね。タイミングが合ったというか。作中で描かれていることと自分のいる環境は違うんですけれど、もうベタに「これ自分のことかも」と思いました。はじめてそういう体験をしました。もともと本好きでしたが、のめり込むくらいまでいったのは、角田光代さんの作品と出合えたことが大きいです。

――それで自分で実際に小説を書いてみたりしたのですか。

前川:原稿用紙を買って書こうとしたんですけれど、1枚も生まれなかったですね。それで、やっぱり自分は読む専門なんだなと思いました。

――高校時代、読書とサッカー以外に何かはまったものはありましたか。

前川:映画ですね。岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』とか、『ピンポン』といった、いわゆる単館系の映画をTSUTAYAで借りて観るようになりました。角田光代さんにはまるまでは、小説よりも映画、という感じでした。

――好きな映画監督は。

前川:昔はベタにジム・ジャームッシュとかがお洒落系でいいなと思っていたんですけれど(笑)、あまりずっと追っている監督はいないかもしれないです。最近は監督に関係なく話題になった作品を観ています。
映画はすごく好きだったんです。自分は映画監督にはなれないけれど、映画には関わりたいと思っていました。監督になれないと思っていたのは、小説を書こうとして書けなかった経験があったからだと思います。自分には小説にしろ映像にしろ、物語を作ることはできないだろう、という感覚がありました。
たまたま当時は服も好きだったので、高校卒業後は映画のスタイリストになろうと思って上京しました。それで一応スタイリストのアシスタントにはなったんですけれど、うまくいかずに数年で辞めて、1年間くらいフリーターの時期があり、その時にめちゃくちゃ本を読みました。アルバイトしながら、1日1冊くらいのペースで読んでいました。

――上京してすぐアシスタントになれるものなんですか。

前川:最初はライン工をしながらお金を貯めて、服飾の専門学校に行こうと思っていたんです。でも、たまたまファッション雑誌の後ろにスタイリストのアシスタント募集の告知が載っていて、手紙を出したら返事がきて。面接をして「すぐ働ける?」と言われました。それまで働いていたところには「申し訳ないんですけれど」と事情を話して辞め、アシスタントとして働き始めました。それが18歳くらいの頃です。

――スタイリストさんの仕事もいろいろですよね。映画には関わることができたのですか。

前川:雑誌に載るくらい有名なスタイリストなら映画の仕事もやるだろうと浅はかに考えていたんですよね。そうはうまくいきませんでした。自分がついていた人の主戦場はファッション雑誌だったんですが、コマーシャルだったり何かの歌番組だったり、現場はいろいろだったんです。でも映画の仕事はなかったです。

――仕事内容はアパレルに洋服を借りに行ったり、撮影前に衣装にアイロンがけしたりとか?

前川:はい。リースに行って、撮影の準備をして...。でも、辛すぎて記憶が飛んでます...。
さっきも言いましたが、自分はやっぱりコミュニケーションがすごく苦手だったんです。でもああいう現場は常に初対面の人が多くて、それに自分はすごくストレスを感じてしまって。東京を歩いているといっぱい人がいるのに、自分には全然知り合いもいないし、みたいな感じでどんどんどんどん気分が落ちていって、結局辞めてしまいました。

――ベテランのスタイリストさんとかヘアメイクさんってコミュニケーション上手な人が多いですよね。

前川:そうなんですよ。そういう方々をいっぱい見ているうちに、ファッションの知識どうこうというよりも、自分の性格的に無理だなと思いました。自分は本当に口下手だし、明るくもないし、別に場を盛り上げるわけでもないし、って。コミュニケーションに関してはずっとコンプレックスがありました。

  • キッドナップ・ツアー (新潮文庫)
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