
作家の読書道 第269回:前川ほまれさん
2017年にポプラ社小説新人賞を受賞した『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』を翌年刊行してデビュー、昨年『藍色時刻の君たちは』で山田風太郎賞を受賞した前川ほまれさん。看護師でもある前川さんが、小説家を目指したきっかけは? その読書遍歴と来し方についてたっぷりおうかがいしました。
その4「看護師を目指す」 (4/7)
――その生活が変化したのは何がきっかけだったんですか。
前川:20代前半で半年くらいそういう生活を送って、やはり一生このままでは駄目だと思い、資格職に就こうと思ったんですね。このままどこかに就職するよりは、一回資格を取って、その仕事で長らく働いていこう、と。それで看護師を選びました。病院によるんですが、働きながら看護師の学校に行けば奨学金の返済を免除にしてくれる病院があったんです。その代わり資格を取ったら何年間かはうちの病院で働いてくださいね、というシステムです。月々いくらかはお金も入ってくるし、奨学金の返済も免除になるんだからいいな、という現実的な理由で看護師を選びました。そこが一般科病院で高齢者の患者さんの多い病院だったんですが、自分は両親が共働きで祖母と過ごす時間が長かったので、高齢者はわりと好きだったということもあります。
――学校で勉強しながら、病院では資格が必要ではない作業をやる、という感じですか。
前川:そうです。朝7時から昼12時まで病院で看護助手、ヘルパーさんみたいな感じで働いて、そのまま学校に行って午後から授業を受けて、学校が終わったらまた病院で夜9時くらいまで働いていました。
最初は准看護師の学校に行きました。看護師になるルートっていろいろあるんです。専門学校に3年通って正看護師になるとか、大学に4年間通って正看護師になるとか、准看護師の学校に2年行ってから正看護師の学校に2年行って正看護師になるとか。自分は准看の学校に2年行って、正看の学校に2年行くというルートで看護師になりました。
――朝から働いて、途中で学校に行ってまた夜9時まで働くって、かなりハードなのでは。
前川:ハードでしたね。やってみるとめちゃくちゃきつかったです。けれど、スタイリストのアシスタントを辞めた時、辞めてもやっぱりきつい、という思いがずっとあったんですよね。だから、今ここできついからって投げだしても、結局きついだろうな、って。それがあったから頑張れた気がします。あと、当時自分は20代前半でしたが、年下の18歳くらいの女の子も同じようなことをやっていたので、自分もちゃんとしなきゃ、みたいな気持ちもありました。
正直、看護学生の時はあまり読書できなかったと思います。たまの休みに1日潰して本を読んだりはしていましたけれど。
――それで学校に通って、看護師になって。でも、看護師さんこそ、コミュニケーションがすごく大事だと思うんですが。
前川:そうなんですよ(笑)。看護師を選んだ当時は、お金とか、選択肢とかが限られていたので、もうとりあえずこれをやって生きていくしかない、みたいな感じであまり深く考えていなかった気がします。
看護師になってからは、やっぱり自分がちゃんとしないと目の前の人が意識を失うとか、それこそ本当に亡くなってしまう状況なので。そんなにめちゃくちゃ喋るようになったわけではないですけれど、業務上の会話はちゃんとするようになりました。もちろん自分自身が大人になっていくなかで、社会性が身についていったように思います。
――ローテーションで昼間の勤務もあれば夜勤もあるわけですか。
前川:そうですね。准看の資格を取って正看の学校に行くようになってからは、週末には准看として夜勤に入ったりするようになりました。
――東日本大震災があったのはその頃ですね。
前川:はい。正看護師の学校に通っていた頃です。なので、地元は被災したのですが、自分は東京にいました。
――その後も、本を読む時間はなかなかなかったですか。
前川:一番きつかったのは准看の資格を取るまでで、正看の学校に行くと夜勤以外は1日授業なので、普通の学生の生活みたいになるんですよね。それで夜寝る前に本を読む習慣を取り戻しました。
その頃は結構新刊を読んでいました。古典をいろいろ読んでいた時は、何者でもない自分に対して何かヒントが転がっているかもしれない、みたいな気持ちで本を選んでいましたが、資格を取ってからは単純に面白そうな本を選んでいました。
――読んで面白かったものは。
前川:いろいろ読んでいたんですがあまり憶えていなくて...。角田光代さんも読んでいたし、文学賞を獲って話題になっている小説も読んだし、海外文学だとポール・オースターの『ムーン・パレス』とかも読んだし...。
ああ、乙一さんをよく読んでいました。『ZOO』とか『GOTH』とか。桐野夏生さんの『OUT』を読んだのもこの時期だったと思います。
貴志祐介さんも『黒い家』や、『鍵のかかった部屋』のシリーズなどを読みました。特に『黒い家』はものすごく好きです。あの小説に〈なますにしてやる〉という台詞があるんですけれど、『藍色時刻の君たちは』にそれをオマージュした台詞を入れたんですよ。山田風太郎賞に選ばた時、授賞式に選考委員の貴志さんがいらして、正直にそのことを伝えたら笑ってらっしゃいました(笑)。
――『黒い家』、怖いですよね。小さい頃怖い話がお好きだったということで、他にホラー小説にはまったりはしなかったのですか。
前川:澤村伊智さんが『ぼぎわんが、来る』でデビューされた時に触発されてがーっと読んだんですけれど...。ああ、でもその前に、鈴木光司さんの『リング』や『らせん』は読んでめちゃくちゃ好きでした。今でもすごいなって思っています。
――『リング』『らせん』は映画化作品も話題になりましたよね。ジャパニーズホラーは観ますか。
前川:それらの映画もめっちゃ好きでした。「リング」って90分くらいしかないんですけれど、謎解き要素もあるし、すごく濃密で、そこが衝撃的でした。ほかにはジャパニーズホラーの原点と言われている「女優霊」とか、ホラーとは違うかもしれませんが黒沢清さんの「CURE」とかも好きです。