
作家の読書道 第269回:前川ほまれさん
2017年にポプラ社小説新人賞を受賞した『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』を翌年刊行してデビュー、昨年『藍色時刻の君たちは』で山田風太郎賞を受賞した前川ほまれさん。看護師でもある前川さんが、小説家を目指したきっかけは? その読書遍歴と来し方についてたっぷりおうかがいしました。
その6「デビュー後の読書生活」 (6/7)
――プロになってから読書生活に変化はありましたか。
前川:小説の読書量は落ちていますね。兼業だと趣味の本を読む時間まではなかなかないし、自分が知りたいことや資料を読むことが増えたので。原稿を書き上げて送って、そのゲラが戻ってくる間に集中して読んでいます。最近やっとミン・ジン・リーの『パチンコ』を読みました。韓国系の一家の話です。
荒井裕樹さんのエッセイ集『まとまらない言葉を生きる』などのノンフィクションも結構読んでいます。読むのは小説とノンフィクション、半々くらいの割合ですかね。
人のリアルな言葉や行動や仕草って、一般的に考えればちょっと不自然だったり不健全であってもその人には意味があったりするんですよね。本を読んでいる時にそういうことを知ると、なぜか分からないけれどすごく心が揺さぶられるんです。少し前に読んだ上間陽子さんの『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』もすごく面白かった。あと、この黒川祥子さんの『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』なんかも(と、本を見せる)、読んでいると文章の奥にある"人間"みたいなものがすごく浮かび上がってくるんです。そういうものが自分の執筆の糧にもなっている気がします。
――『誕生日を知らない女の子』、ものすごくたくさんの付箋が貼られていますね。
前川:小説を読む時は付箋を貼らないんですけれど、ノンフィクションに限っては心に触れた文章などに付箋を貼ります。『臨床のスピカ』を書いた時も、参考文献として読んだ本はこんな感じで...(と、本を見せる)。
――『ベイリー、大好き セラピードッグと小児病棟のこどもたち』という本に、やはり付箋がびっしりですね。読書記録などはつけているのですか。
前川:全然つけていないです。
――資料に関係のない、読みたい本はどのように選んでいるのですか。
前川:あまり下調べしないで本屋さんに行って、面白そうだなと思う本を手に取るようにしています。そんなにネットで買ったりはしないですね。
――そうして選んでご自身にとって当たりだった本は。
前川:河﨑秋子さんの小説です。最初に読んだのは『肉弾』だったと思うんですけれど、すごいなと思って一気に読み、今でもめっちゃ好きです。
――『肉弾』は北海道の自然のなかで観光客の青年が羆と死闘を繰り広げる話ですよね。
前川:そうですそうです。河﨑さんは『土に贖う』という短篇集もものすごく面白かったです。
他には、芥川賞を受賞した砂川文次さんの『ブラックボックス』とか、佐藤厚志さんの『荒地の家族』とか、辻堂ゆめさんの『十の輪をくぐる』とかが面白かった。
――ジャンルを気にせず選んでいる感じですね。
前川:そうですね。ジャンルよりも、「これくらいなら2日くらいで読めそうだな」と考えて、長さで選んだりします。でも佐藤究さんの『テスカトリポカ』は厚みがありますが絶対に読みたくて、気合を入れて2日くらい部屋にこもって読みました。
なので本当にその時の気分で自由に本を選んでいます。商業作家としては話題になっている本も押さえておきたいし、単純に面白そうなので、そういう本も読んでいますけれど。
――最近、映画はご覧になっていますか。好きだった作品などありましたら。
前川:シャーロット・ウェルズ監督の「aftersun/アフターサン」はパンフレットを買ったくらい、最近観た中ではめちゃくちゃ面白かったです。娘とお父さんの話です。大人になった娘が小さい頃にお父さんと過ごした夏を回想するんです。ただ幼少期の夏休みが描かれるだけだし、すごく言葉が少ないんですけれど、本当に感情が画面に滲み出ているというか。すごくいい映画です。あの映画については「Web別冊文藝春秋」でエッセイも書きました。
――その映画は私も人からすごく薦められました。今もU-NEXTかPrime Videoで観られるみたいですね。