第275回:加藤シゲアキさん

作家の読書道 第275回:加藤シゲアキさん

小学生の頃から芸能界で活動するなか、2012年に『ピンクとグレー』で小説家デビューをはたした加藤シゲアキさん。『オルタネート』で吉川英治文学新人賞を受賞し、同作と『なれのはて』で直木賞の候補になるなど、作家として着実に前進中。多忙な生活のなかでどんな本と出合ってきたのか、なぜ小説を書こうと思ったのか。読書遍歴とその背景をおうかがいしました。

その5「25歳までに小説を書きたい」 (5/7)

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――大学時代、文章は書いていたのですか。

加藤:仕事でブログを始めていました。自分はどうやら文章を書くことが面白いらしい、という感覚があったし、なぜか分からないけれど、なんかみんなやたら褒めてくれるな、と感じていました。
自分では格好いい文章を書くつもりはなく、コミカルに、ただ笑える楽しいものを書こうとしていました。打算的というわけではないけれど、こうやったらウケるかな、と考えたりして。縦スクロールが始まった頃で、それを活かして書いていたので時代がハマったかなとも思います。
そうしたら結構コラムの仕事が来るようになり、そうすると何かもう少し依頼に合わせた文章を書かなきゃいけなくなる。そうやっていろいろ書いているうちに、やっぱり小説がいいな...と思ったんですね。

――以前、仕事でいろいろエッセイを書いているうちに、自分を切り売りしているみたいな感覚になった、とおっしゃていましたね。

加藤:そうなんです。そういう感覚があったから『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が衝撃だったのかもしれないですよね。大人に求められることを最初は楽しく、面白くやっていたけれど、求められることを毎日のようにやっていて楽しくなくなってきていたのかもしれません。仕事自体があまりうまくいかなくなっていたし、一人っ子だからグループの中の人間関係もめっちゃストレスなんですよね。早く帰りたい、帰って本が読みたい映画が観たい、みたいなマインドになっていて、でもエンタメで求められることをやらなきゃいけないとか、まだ自分は結果を残していないから何かしなきゃいけないとか、もがいている状態でした。自分もホールデンのように放浪できたらいいけれどそうもできない、みたいな。もちろんホールデンも葛藤しているんですけれど。
大学1年生の時はキャンパスが相模原で、電車で30~40分かかるんで移動中にいろいろ考えたり読んだり書いたり、ネタ探ししたりしているんです。その時、電車内で蜂が飛んでいるのを見て、ふと「刺されないかな」と思ったんですよね。そしたらコラムのネタになるから。車に轢かれないかな、とも思った。それで、これはまずいなと気づきました。ネタのためにトラブルに見舞われようとしているわけですよ。思考が自分を傷つける方向にいっていて、これは最後死ぬしかなくなるだろう、みたいな。精神的に危ない状況でした。それで、大学を卒業した頃にはもうエッセイは辞めようかなと考えていました。

――明確に小説を書きたいと思ったのはいつくらいですか。

加藤:20歳になってお酒が飲めるようになって、いろんな人とのつきあいが増えて、仕事があまりなくて暇だったから、毎晩のようにお酒を飲みにバーに行っていたんです。いろんなものから逃げているだけのなので、空しいんですよね。一生こんなことしているのかな、って思っていました。
ただ、そうしていると大人の知り合いもできるんです。それで50歳くらいのコピーライターの方と仲良くなりました。文学的な方で、文章の面白さとか、演劇のこととか、やっと同じ感覚で話す人ができて。その人と飲んだ後にタクシーに乗って、渋谷駅の明治通り側のバスロータリー付近で渋滞に巻き込まれている時に、ふと、「25歳までに小説書きたいな」って思ったんです。それはすごく憶えている。「明日焼肉食べたいな」みたいな感じじゃなくて、もっとはっきりと「書きたいな」と思った。
その時に思い出すわけですよ。金原さんとか綿矢さんを。おふたりが芥川賞を受賞した時って今の自分よりも年下じゃん、って。こんな毎晩飲んでいる場合じゃない、人生変えなきゃ駄目じゃん、ってなりました。
大学を卒業して、もう「学生」とも書けないし、グループは終わりかけていると感じていたし、どうやって生きていこうという感じの時に話を聞いてくれる会社の人がいて、「やりたいことあるの」と訊かれたので、「25歳までに小説を書きたいと思ったことがある」と言ったんです。「25歳までどれくらい?」「あと2年です」「2年とか言ってないで来月までに書いてこい」となって、それで書いたのが、『ピンクとグレー』でした。

――2012年に発表したデビュー作ですね。いきなり長篇が書けたわけですか。

加藤:長篇ははじめてでしたね。高校の時の国語表現の授業で短いフィクションは書いて いました。

――あ、そういえば短篇集『傘をもたない蟻たちは』に収録された「にべもなく、よるべもなく」の作中作「妄想ライン」も、高校の卒業文集に寄せた短篇を改稿したものだそうですね。

加藤:後で読み直したら全然駄目だと思ったけれど、あれを書いた時、選択授業の人たちが「面白い」と言って、みんな小説を書き始めたんですよ。それまで卒業文集にはエッセイや歌詞を書こうとしていた奴が、「俺もフィクション書く」と言いだしたんです。俺、みんなに小説書かせたぞ、と思いました(笑)。それに、20歳の頃に一人舞台をやったことがあって、その時も自分で原案を出したりしたので、物語みたいなものを作ることはそれまでにもありました。

――本腰を入れて小説を書いてみて、書き続けたいと思いましたか。

加藤:書いてみて、大変なこともいっぱいあったけれど、『ピンクとグレー』を出して書店回りをした時にはもう次の話を考えていました。だから、楽しかったんでしょうね。その頃には編集者に「渋谷サーガ」をやりたいんです、という話をしていました。

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