
作家の読書道 第275回:加藤シゲアキさん
小学生の頃から芸能界で活動するなか、2012年に『ピンクとグレー』で小説家デビューをはたした加藤シゲアキさん。『オルタネート』で吉川英治文学新人賞を受賞し、同作と『なれのはて』で直木賞の候補になるなど、作家として着実に前進中。多忙な生活のなかでどんな本と出合ってきたのか、なぜ小説を書こうと思ったのか。読書遍歴とその背景をおうかがいしました。
その6「作家デビュー後の読書生活」 (6/7)
――『ピンクとグレー』、『閃光スクランブル』、『Burn.バーン』の初期3作が、「渋谷サーガ」ですよね。プロの作家になってからは、読書傾向も変わりましたか。
加藤:プロになると、担当編集の人がつくじゃないですか。そこではじめて自分より本が詳しい人にいっぱい出会って、しかも気が合うというか。この小説が好きだあの小説が好きだという話をすると、僕が好きなものを全部理解してくれて、「なにこの大人たち。楽しい」となりました(笑)。それでいろんな話をしていたら、それこそ秋田のおばあちゃんの時みたいに、20冊くらい本が送られてくるんです。文庫から何からいろいろあって、それが面白かった。
――どんな本が入っていたんですか。
加藤:いろいろ入っていて...。いちばん憶えているのはエイミー・ベンダーの『燃えるスカートの少女』。すごくよかったんだけれど、なんでこれを僕に薦めたんだろうとも思いました。あ、あれが送られてきたのは『Burn.バーン』を書いていた時だったかもしれません。"燃える"繫がりで(笑)。
――他に好きになった作家、作品は。
加藤:川上未映子さんの『ヘヴン』がすごく好きで、定期的に読み返すんです。なぜかつい読んでしまう。お守りみたいな一冊です。なんか、舞城さんとか阿部さんとか福永さんとか川上さんとか、自分が読むものってあまりエンタメ寄りではないですよね。
エンタメでは樋口毅宏さんにハマりました。それこそメタフィクションぽさ、サブカルぽさや、バイオレンスな感じがよくて。『民宿雪国』は本当に面白かった。『さらば雑司ヶ谷』も『日本のセックス』も好きです。ただ、仕事で「家の本棚を撮ってきてください」と言われると、毎回『日本のセックス』は棚の後ろに隠さなきゃいけないっていう(笑)。好きなのに、タイトルのせいで。
東山彰良さんも好きです。『流』もすごかったけれど、『僕が殺した人と僕を殺した人』が衝撃でした。
――台湾の四人の少年少女の話と、三十年後にアメリカで起きた連続殺人の話が絡まって、意外な真相が浮かび上がるんですよね。
加藤:あれって驚きもあるし、青春小説っぽさもあるじゃないですか。めちゃくちゃ好きです。東山さんは『怪物』とかも好きです。
東山さんが薦めてくれて、台湾の呉明益の『歩道橋の魔術師』も読みました。あれもイノセントな感じがあってよかったですね。
――新作が出たら必ず読む作家や、『ヘヴン』のように繰り返し読んでいる作品がありましたら教えてください。
加藤:必ず読むのは宇佐見りんさんかな。全部好きだけど、『くるまの娘』がすごく好きなんです。でも、薦める人を選ぶんですよね。というのも、僕は最後めちゃくちゃ泣けたんですが、こんな気持ちで泣く人が他にいるのか分からない。みんな不器用で、裏をいく人たちの話で、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』みたいだなと思いました。宇佐見さんは、長篇も読みたいですね。
東山彰良さんもほぼほぼ読んでいて、新刊を楽しみにしている作家です。『テスカトリポカ』の佐藤究さんもそうですね。
繰り返し読むのは、カミュの『異邦人』。これは『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の次に好きかもしれません。冒頭の〈きょう、ママンが死んだ。〉っていうのは、〈神が死んだ〉ってことなのかなって思うんです。主人公はある種衝動的に、ドライに人を殺すんだけど、最後に神父にブチ切れるんですよね。あれはもはや笑っちゃうというか。
『罪と罰』も読んだ時はめちゃくちゃ付箋を貼ったし、読み返したといえば、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』は『ミアキス・シンフォニー』を書く時に何度も読み返しました。
――いま『愛するということ』が挙がりましたが、ノンフィクションや人文書もよく読まれている印象があります。
加藤:人文書あたりになると資料として読む感じですね。『オルタネート』で青春小説を書いた時はエンタメを読まなきゃと思って読んでいたけれど、もうちょっと大人っぽいものを書こうとなると、やっぱり勉強しなくちゃいけないので。あとは、アドラーの本がもとになったドラマに出たので、『嫌われる勇気』を読んだりもしました。
あ、でも、もともと哲学は好きで、大学生の頃にめっちゃ読んでいる時期がありました。大学生って、哲学とか心理学とかが好きじゃないですか。なんとなく一般常識として、フロイトはこういう人ね、ユングはああいう人ね、って押さえておきたくなるんですよね。それで、僕は構造主義にハマったんです。内田樹さんの『寝ながら学べる構造主義』とか、社会学や文化人類学の本とか、東浩紀さんとか佐々木中さんを読むんですよ。そういう時代だったんです。なんか今、当時を一気に思い出しました(笑)。
――お仕事で読むものも多いのでは。作家をゲストに招く「タイプライターズ」という番組も長く続けてられてましたし。
加藤:そうですね。いま文芸界で起きていることを追わなきゃいけないと思って、話題作を読むことが増えました。それもやっぱり、芥川賞系の本が多いんです。短いから読みやすいというのもありますが。
最近、本谷有希子さんが面白いなと思っていて。これまでもわりと読んでいたんですけれど、最新作の『セルフィの死』は、過去イチ笑いました。
――自撮りしてSNSにアップせずにはいられない女性が主人公の連作集ですね。
加藤:お店で自撮りしているうちにイソギンチャクになっちゃうところとか、「私の玉ねぎ」という表現とか。なんとかしてマウントをとろうするところも面白いですよね。飲食店の順番待ちの名前を書き込む時に、わざと読みにくい漢字の名字を書き込んだりして。共感は一個もないけれど、めちゃくちゃ笑いました。そして最後の場面が...。ああいうものは自分には書けないからすごいなって思う。
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