
作家の読書道 第275回:加藤シゲアキさん
小学生の頃から芸能界で活動するなか、2012年に『ピンクとグレー』で小説家デビューをはたした加藤シゲアキさん。『オルタネート』で吉川英治文学新人賞を受賞し、同作と『なれのはて』で直木賞の候補になるなど、作家として着実に前進中。多忙な生活のなかでどんな本と出合ってきたのか、なぜ小説を書こうと思ったのか。読書遍歴とその背景をおうかがいしました。
その7「好きな映画、自身の新作について」 (7/7)
――映画も相変わらず観ているのですか。好きな監督や作品は。
加藤: 好きな監督は、ポール・トーマス・アンダーソンとイ・チャンドン。ポール・トーマス・アンダーソンはいろんな人に薦められて、最初は「パンチドランク・ラブ」を観て面白いなと思い、他も全部観ました。『ピンクとグレー』で「マグノリア」をモチーフに使っているのは、その時から好きだったからです。『なれのはて』を書こうと思った時はすぐ「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を思い出しました。もともとあの映画の原作小説は『Oil!』というタイトルなんですよね。
――「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」は石油採掘のビジネスに乗り出した男の話。『なれのはて』は石油で財をなした東北の一族が出てきますね。
加藤:イ・チャンドンは最初「オアシス」を観てすごいなと思ったんですけれど、「バーニング 劇場版」が好きです。原作は村上春樹の短篇「納屋を焼く」で、あの短篇がこうなるなんて脚色すごいな、と思いました。僕はメディアミックスみたいなものが結構好きなんですけれど、小説でやるべきことと映画でやるべきことの違いが明確に見えたんです。映像で見せるべきは時間とか空間で、小説はもちろん言葉だけで読ませるから、文章表現が大事になる。もちろん、どちらもストーリーも大事だし。同じ物語でもアプローチが違うことが明確に分かって、僕はあの映画は見事だなと思いました。
――映画はどんな時に観ることが多いですか。
加藤:小説を書いていて本を一冊読んでいる時間がない時は映画を観ます。映像って言葉じゃないから、自分の言葉で考えられるので。
小説だと言葉を言葉で考え直さなきゃいけないので、面白いけれど時間がかかるんです。だから文庫の解説なんかは、小説が一冊書けるんじゃないかっていうくらい考えるので時間がかかります。
――そういえば島本理生さんの『2020年の恋人たち』の文庫解説を書かれていましたよね。
加藤:あれもめっちゃ時間をかけて考えて書きました。文庫解説を書く時って、何回も読み返すから解像度が上がるし、読解力が深まりますね。だからいい経験になりましたけれど、大変なのであまりやらないようにしています。他に文庫解説を書いたのは今村翔吾さんの『塞王の楯』だけです。
――今年、その今村さんと小川哲さんと一緒に発起人となって、能登半島応援チャリティ小説企画のアンソロジー『あえのがたり』を刊行されましたよね。
『オルタネート』で吉川英治文学新人賞を受賞し、『なれのはて』で2度目の直木賞候補となり、小説家として着実に進まれている印象です。新作『ミアキス・シンフォニー』は「アンアン」で連載された小説です。小説連載は「SPA!」で連載された『チュベローズで待ってる』以来ですね。
加藤:連載が始まったのが2018年なので、刊行まで7年弱かかりました。書籍化にあわせて、時間をかけてかなり改稿しています。
最初は、ひとつの状況のA面とB面を書いていこうと思ったんです。単行本では第2章に入っていますが、最初に書いたのは和食店でトイレを待つ側と待たれる側の話でした。実際に、レストランでトイレに行ったら使用中で、ノックして待っていたら出てきた人に「私、そんなに長かったですかね」と言われたことがあったんです。なんでそんな言い方をするのかなとちょっと不快だったんですけれど、相手にもなにか理由があったんだろうと思って。じゃあどういう理由なのかなと考えたのが、この物語の始まりだった気がします。
A面とB面を書くということは、その状況に必ず、少なくとも二人の人物が登場するんですよね。それで、友人同士や恋人同士、家族などいろんなパターンが生まれていきました。
――さまざまなシチュエーションの人間模様が描かれる群像劇ですが、実はみんな繋がっている。中心にいるのは、まりなという女子大学生で、彼女は世間に「愛」という言葉あふれていると感じ、「愛とはなにか」を考え続けています。
加藤:自分も小さい頃から世間に「愛」という言葉があふれていると感じていたし、青学で聖書の授業を受けていたから、「愛」について考えることが多かったんです。それで、物語の後半は「愛」というテーマが膨らんでいきました。
フロムの『愛するということ』を読んだことも大きかったですね。愛することには技術が必要だ、という言葉に納得するところがありました。自分もグループ活動の中で、その状況ごとにどう振る舞うか、すごく考えながら行動してきたんですが、自分のやってきたことはこれだったんだと思えたんです。普段は小説で「愛」という言葉を安易に使いたくないんですが、今回は潔く書きました。これを読んだ人が僕と同じように自信を持ったり、何かのきっかけが生まれたらいいなと思って。もちろん、単純に楽しんで読んでもらえるだけで嬉しいです。
――小説家だけでなく、脚本家や作詞家、映画監督などクリエイターとしての活動の場を広げていますよね。今後のご予定は。
加藤:「ミラーライアーフィルムズ」という地域活性化を目指した短篇映画プロジェクトがあって、そのシーズン7で愛知県の東海市で「SUNA」という短篇映画を撮りました。死体の内臓に砂が詰まった連続殺人事件を二人の刑事が追う話で、途中からオカルトの方向にいきます。5月に他の短篇と一緒に一般上映される予定です。
――地域活性化の企画映画で殺人事件とオカルト...(笑)。
加藤:って思いますよね(笑)。読書生活も赤川次郎さんの『砂のお城の王女たち』から始まっているし、僕、砂が好きなのかもしれません(笑)。
(了)