その1「海外の名作を読んだ小学生時代」 (1/7)
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- 『五月三十五日』
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――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
丸山:いちばん古いかははっきりしていませんが、タイトルを憶えているのは、『きんいろ目のバッタ』という児童書です。「きんいろの目」ではなく「きんいろ目」というのが変わった表現だなと思ったんです。リズム的にも憶えやすくて、このタイトルは強く印象に残っているんですが、内容は忘れてしまっていて。調べてみたら、ある日突然目が見えなくなった少年が金色の目をしたバッタと出会い、自分の目を探す旅に出る、といった話のようです。それを読んだのが、たぶん小学校低学年だと思います。
――本が好きな子供だったのでしょうか。
丸山:そうだと思います。活動的な子供ではあったんですね。本当に昭和の子供で、外で遊んで文字通り泥だらけになって、母親に洗濯で大変な思いをさせるという感じでした。一方で、かなり本を読んでいた記憶があります。
最初のうちは図書室で本を見つけていたのかな。推薦図書か何かの金色のシールが貼られた本がいいと聞いたので、そういうものから順に読んでいったと思います。その中のひとつが、『ドリトル先生』のシリーズでした。これは親に箱入りの本を買ってもらって、第1巻の『ドリトル先生アフリカゆき』から全部、夢中になって読みました。次から次へとシリーズを読んでいく面白さを知りました。
そこから、岩波書店の児童書を片っ端から読んでいくようになります。『ドリトル先生』の次に出合ったのはリンドグレーンとケストナーですね。ほぼ同時期だったと思います。リンドグレーンは『長くつ下のピッピ』を最初に読み、そこから『名探偵カッレくん』のシリーズや、『やかまし村の子どもたち』のシリーズとか。『長くつ下のピッピ』のピッピは天衣無縫で、怪力があって、金貨が入った旅行カバンを持っていて。スーパーガールですよね。そんなピッピの様子が、隣の家に住む姉弟の目を通して描かれるんですよね。自分と同じような普通の子の目を通しているかから、すんなり入り込むことができた。あれはすごく上手い作りだったんだなと後から思いました。
――ケストナーはいかがでしたか。
丸山:『エーミールと探偵たち』や『点子ちゃんとアントン』、『五月三十五日』、『飛ぶ教室』、『ふたりのロッテ』などを読みました。これらの本を通して、世の中には子どもの気持ちが分かる大人がいるのだ、という感銘を受けたように思います。
リンドグレーンの『名探偵カッレくん』のシリーズやケストナーの『エーミールと探偵たち』が好きで、ずっと、自分が児童書を書くなら少年探偵みたいなものがいいなと思っていて。それで、後に『デフ・ヴォイス』のスピンオフとして、主人公の荒井の娘である美和と友達の英知が子供探偵みたいな感じで活躍する児童書を書きました。
――『水まきジイサンと図書館の王女さま』と『手話だからいえること 泣いた青鬼の謎』ですね。その後の読書は。
丸山:その後も岩波少年文庫を読み進めていくなかで、自分にとって到達点みたいなところにあったのが『星の王子さま』でした。それまでは楽しい、面白い、という気持ちで本を読んでいたんですが、『星の王子さま』ではじめてメッセージを受け取ったというか。「たいせつなものは目に見えない」とか、「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているから」とか。それと、「ぼく」が描いた絵は大人が見ると帽子の絵にしか見えないんですけど、じつはウワバミを飲み込んだゾウの絵で、王子さまにはそれが一目で分かるんですよね。すごいなあと思って。想像力というものを、そこではじめて感じた気がしました。
――国語の授業は好きでしたか。
丸山:やはり本を読むことが好きだったので、国語もずっと好きで、完全に文系でした。理数系は全然駄目だけれど、国語の成績だけで全体が底上げされていました。作文も嫌いではなかったんですけれど、それで何か表彰されたような記憶はないです。
――ご出身は東京ですよね。
丸山:東京の小金井市生まれで、5年生の時に埼玉の所沢に転校しました。ちょっと本と関係のない話になりますが、小金井にいた頃はやんちゃで野球も得意で、本も読んでいるし、自分で言うのも何ですが、勉強もできたんです。それで、自分でも自分のことをすごいと思っていたところがあったんですね。でも引っ越した時に、やはり転校生ということでちょっと萎縮したんです。その時に自分の中の万能感が少し影を落としたというか。そこがひとつの転機になりました。
私は小さい頃から吃音があって、今でも治っていないんですけれど、転校した時にそれをからかわれたんですね。小金井にいた頃はからかわれたことはなかったので、そこではじめて意識して、すごくコンプレックスになって。喋ることが得意ではなくなっていって、その分、頭で考えたり空想したりするようになっていったと思います。
萎縮したのは一時だけで、またやんちゃな感じに戻ったんですけれど、ただ、自分の中では以前とは全然違いました。それまでは本当にお山の大将で自分がナンバーワンだったのが、自分は2番手3番手だなという意識が芽生えました。
――空想から物語を作ったりしましたか。
丸山:作りましたね。最初は漫画を描きました。藁半紙に4作か5作描いて綴じて本にしていました。はじめの作品は巻頭カラーのつもりで色鉛筆で描いて、他は鉛筆で、ギャグ漫画やストーリー漫画、野球漫画や不良ものなどと描き分けていました。それが創作の原点かもしれません。小学校高学年までは将来漫画家になりたいと思っていました。まあ根本的な画力みたいなものがないと気づいて早々に諦めました。
小説も書きました。最初に書いた小説は、ボールの冒険、みたいな話でした。ボールが川に落ちて流れていって、いろんな人や動物と出会っていって...最後は忘れましたけれど。
それで思い出しましたが、小学校中学年くらいの時に、吃音矯正のために言語障害者センターみたいなところに通わされていたんです。箱庭療法的なものだったのか、そこで動物のフィギュアを使って遊んだ記憶があります。物語というか、小さな自分の世界を空想して遊んでいました。
それと、近くの空き地でよく、1人野球をやっていたんです。空き缶を投げてバットで打って、ヒットとかアウトとか決めて、両チームのメンバー18人ちゃんとつくって、9回まで試合をやっていました。それも空想の遊びですよね。大人になってから色川武大の『狂人日記』を読んだときに、カードに書いた力士の名前とサイコロを使って自分だけの相撲大会を開催する、という場面があって「おんなじだ!」と思いました。
――ごきょうだいはいらしたのですか。
丸山:ふたつ上の兄がいました。さきほど自分は勉強もできてと言いましたが、兄のほうが本当に優等生で、私は典型的な次男坊で好き勝手にさせてもらっていたんです。兄が親の言うことをよく聞くいい子ちゃんだったので、それに反発して生意気なことを言ったりしました。
兄は教師になりましたから文系ではあったんですけれど、趣味が違ったのか、本の話をしたことはなかったですね。小さい頃は野球が共通の趣味でしたけれど。
その兄が27歳くらいで亡くなるんです。そこから一人っ子のようになって、そこで立場が変わったことは大きかった。実は、『漂う子』に、兄が亡くなってそれまで折り合いが悪かった父親に墓の話をされて戸惑う、みたいな話を書きましたが、あれはほぼ自分のことです。わりと自分のことを書いちゃうんですよ、私。
私が影響を受けたのは叔父さんですね。母の弟で、私が浪人していた19歳くらいの時に亡くなるんですけれど。新聞記者で、すごく酒飲みで酔っ払っては姉である母に怒られている人だったんですが、その叔父さんに「本を読め」とすごく言われたんです。ご自身は高卒でアルバイトみたいな形で新聞社の雑用係になって、そこからおそらく独学で記者になったんですが、すごく本を読む人で、私にもとにかく「本を読め」と言っていました。
――その後、どのような本を読んだのですか。
丸山:小学校高学年の頃に読んだ古田足日はよく憶えています。『宿題ひきうけ株式会社』は小学生たちが主人公なんですが、タイトル通り、宿題を引き受けてお金を取る会社を作ろうとするんです。今思うと、宿題とかテストとか入試とか、競争社会に対する批判性のある内容でした。大げさな言い方をすると、自分の中の、間違っていることは間違っていると言っていいんだという感覚の芽は、この作品から受け取った気がします。
同じ時期に読んだのが、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』でした。これはコペル君とおじさんの関係が、自分とおじさんの関係とまったく同じだったので、「おおっ」と思いましたね。
生源寺美子の『もうひとりのぼく』は双子の話で、やはり兄が優等生で、弟がわんぱくなんですよ。たしか同じ女の子が好きなんですよね。その女の子が『智恵子抄』を暗唱するんです。なので私はこの本で高村光太郎の『智恵子抄』を知り、「あどけない話」とか諳んじたりしました。
山中恒の『ぼくがぼくであること』も、優等生の兄にコンプレックスを抱く弟の話で、自分を投影して読みました。これはNHKの少年ドラマシリーズを先に見たのかもしれません。このドラマシリーズはいろんな小説をドラマ化していたので、ドラマで先に見てから原作を読む、ということが結構ありました。「タイム・トラベラー」は筒井康隆の『時をかける少女』が原作だったし、「けんかえれじい」は鈴木隆の同名小説が原作でしたし。『山椒太夫』が原作の「安寿と厨子王」もありました。井上靖の『しろばんば』もドラマで見てから、後に三部作を読みました。
この少年ドラマシリーズの影響は大きかったですね。この頃から、テレビドラマというものが、小説や漫画と同じか、それ以上の影響を与えるものとして自分の中に入ってくるようになります。
それと、自分にとっての探偵ものの原点は、加納一朗だと思います。最初に読んだ『イチコロ島SOS』は冒険ものでしたが、その後に読んだ『名探偵入門』という、文章や漫画で問題が提出され、回答編でトリックが説明される本も好きでした。同じ頃、本ではないけれど、「スパイ手帳」というものが流行って、溶ける紙や、それで書いて紙をあぶると文字が浮き出てくる特殊なインクのペンが付いていて、楽しかったですね。当時は探偵やスパイがちょっとしたブームで、ポプラ社の「名探偵ホームズ」のシリーズと「怪盗ルパン」のシリーズは全部読みました。なのでホームズは、大人向けのものは短編集くらいしか読み返していないかもしれません。
――漫画は読みましたか。
丸山:小学校低学年からよく読んでいました。私は、手塚治虫という神様の影響を受けた人たちが漫画家として第一線で活躍していた世代なんです。赤塚不二夫や石ノ森章太郎の漫画をリアルタイムで読んでいました。
『あしたのジョー』、『巨人の星』、『タイガーマスク』、『空手バカ一代』なんかは、全部原作が梶原一騎なんですよね。影響を受けたのは否定できなくて、あまり認めたくありませんが、不良に対する憧れや、どこかで肉体的な強さに惹かれるところがあるのは、梶原一騎の影響の気がします。他には水島新司の『男どアホウ甲子園』や『あぶさん』といった野球漫画、本宮ひろ志の不良ものの『男一匹ガキ大将』なども好きでした。
永井豪の『デビルマン』と『バイオレンスジャック』、ジョージ秋山の『銭ゲバ』、『アシュラ』、『告白』といった、ちょっと暗い、人間の負の面や多面性が描かれた漫画も読みました。ジョージ秋山の『告白』は、著者本人が告白するスタイルで、少年の時に友達を感電させて殺したと告白する内容なんですよ。後にあれは嘘だと言っていましたけれど、強烈な印象に残った作品でした。
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