
作家の読書道 第278回:丸山正樹さん
2011年に手話通訳士、荒井尚人が主人公の『デフ・ヴォイス』でデビューした丸山正樹さん。同作や『夫よ、死んでくれないか』はドラマ化され注目に。つねに社会的に弱い立場の人を掬い上げる作風は、読書歴を含めどんな道のりのなかで育まれてきたのか。幼い頃からの遍歴をたっぷりおうかがいしました。
その2「国内外のミステリにはまった中学時代」 (2/7)
――中学は地元の学校に進まれたのですか。
丸山:そうです。所沢の市立中学でした。中学時代は、みなさんが通る道ですけれど、星新一にはまってほぼ全部読みました。本当に面白かったですね。最初に読んだのは『ノックの音』だったか『声の網』だったか...。とにかく一冊読んで、どんな才能なんだとびっくりして、次から次へと読みました。自分でもショートショートを書いてみようとしましたが、全然オチが書けませんでした。子供の頃から自分も小説家になれたらという思いがありましたが、自分には無理だなと思いましたね。その後、40歳くらいになるまで小説家になろうとは考えませんでした。
他には、北杜夫さん。最初は『船乗りクプクプの冒険』を児童書的な感じで読んで、『どくとるマンボウ青春記』など「どくとるマンボウ」のシリーズや『怪盗ジバコ』にいきました。その流れで『楡家の人々』を読んだのが、はじめて読んだ純文学的な長篇でした。自分にもこんな難しそうな本が読めるんだと、読書体験の喜びを知って、『幽霊』なども読みました。
その北杜夫のお友達ということで、遠藤周作も読むんですが、読んだのは別名義の狐狸庵先生のエッセイですね。小説は『おバカさん』といういわゆる中間小説を読みましたが、それもわりと感動したんです。ああいう軽いタッチの小説の中にも、遠藤周作のキリスト教観を感じました。
井上靖は少年ドラマシリーズの影響で『しろばんば』を読んでいたので、三部作の他の『夏草冬濤』や『北の海』も読みました。特に『夏草冬濤』が面白かったですね。なぜか、あの頃は旧制中学・高校ものに興味を惹かれたんです。『どくとるマンボウ青春記』も旧制高校ものですよね。五木寛之の『青春の門』や山本有三の『路傍の石』、少年ドラマシリーズでも見た鈴木隆の『けんかえれじい』、尾崎士郎の『人生劇場』や夏目漱石の『三四郎』、芹沢光治良の『人間の運命』なんかもこれに含まれます。
旧制中学・高校ものって、要は成長譚なんですよね。それと、必ずといっていいほど、主人公にとってマスター的な存在となる不良が出てくる。いいことも悪いことも教えてくれるワルですよね。そのワルに喧嘩を教わって主人公も強くなるという。私は大学生くらいから脚本を書くようになるんですけれど、青年や少年の成長譚ばかり書いていたのはその影響ですね。悪友がいて、不良たちがいて、恋もするけれど好きな子には振られる、みたいな話ばかり書いていました。
――翻訳小説は読みましたか。
丸山:オー・ヘンリーは中学時代に読んだ記憶があります。それと、ドラマ「刑事コロンボ」のノベライズで『構想の死角』や『死の方程式』などを読んだのを憶えています。確認したところ、ノベライズが出たのが1974年で、私が13歳の時なんですよ。なので、大人向けのミステリを読んだのはコロンボが最初なのかもしれません。自分でもトリックを考えて、コロンボの二次創作をしたんです。
――素晴らしいトリックを考えたのですか。
丸山:すごく考えたんです。カエルが口にへばりついて窒息しちゃうっていうトリック。友達に笑われました。
――すみません、私も今笑っちゃいました。
丸山:自分は小説家になれないって、挫折するのも分かるでしょう(笑)。ミステリはクリスティーも文庫で読んでいましが、『カーテン』は単行本で買ったんです。確認したら単行本が出たのは私が14歳の時でした。クリスティー作品を全部読んでしまってもう読むものがないと思っていたところに「新刊」が出たので買ったんです。お蔵入りしていた作品だったというのは後から知りました。
同時にエラリイ・クイーンも、『Xの悲劇』や『Yの悲劇』といったドルリー・レーンものを読みました。
――名作を押さえている印象ですが、どうやって見つけていたのでしょう。
丸山:自分でも分からないですね。ただ、書店にはよく行っていました。人と本の話をすることはほとんどなかったんですけれど、ただ、例外的にロス・マクドナルドの『動く標的』は社会科の教師に薦められて読みました。ちょっと個性的な女性の先生で、いろんな本を薦めてくれたんです。他の本は忘れてしまいましたが、『動く標的』は難しそうだったけれど読みだしたら面白かったので憶えています。ただ、ロスマクの『さむけ』を読んだのは大学生になってからだと思います。
――ミステリは海外ものが多かったのですか。
丸山:日本のミステリでは、松本清張と横溝正史ですね。完全に映画の影響です。松本清張の『砂の器』は13歳、横溝正史の『犬神家の一族』は15歳の時に映画が公開されて、映画から入ってこの二人の作品を読み始めました。
――『砂の器』は丹波哲郎さんや加藤剛さんが出演しているバージョンですよね。『犬神家の一族』は金田一耕助役が石坂浩二さんですか。
丸山:そうです。『砂の器』は小説よりも映画のほうに影響を受けました。実をいうと、私の『デフ・ヴォイス』の一作目は、完全に『砂の器』の骨格をお借りしています。映画の最後のコンサートシーンが、『デフ・ヴォイス』の結婚式のシーンにあたります。あまり指摘されたことはないんですけれど。
――ああ、なるほど! そこに至るまで地道に調査して...というのも同じですね。
丸山:そうです。〈デフ・ヴォイスシリーズ〉の中で初めて刑事の何森の視点で描いた「静かな男」(「慟哭は聴こえない」に収録)という短編があるのですが、それもちょっと「砂の器」の影響下にあるかもしれません。映画の脚本は橋本忍さんという巨匠で、傑作だと思います。松本清張は他にも読みまして、動機や背景で面白いものが書けるんだと思いましたね。それまではトリック重視でしたが、それよりも動機なんだという自分の中のミステリ観が出来上がりました。『一年半待て』の一事不再理の話なんかも、当時すごくびっくりしましたし。小説を通してそうした知識を得ることが多かった。自分が小説にあまり知られていないことを書こうするのは、そうした経験があるからだと思います。