第278回:丸山正樹さん

作家の読書道 第278回:丸山正樹さん

2011年に手話通訳士、荒井尚人が主人公の『デフ・ヴォイス』でデビューした丸山正樹さん。同作や『夫よ、死んでくれないか』はドラマ化され注目に。つねに社会的に弱い立場の人を掬い上げる作風は、読書歴を含めどんな道のりのなかで育まれてきたのか。幼い頃からの遍歴をたっぷりおうかがいしました。

その6「小説家デビューと自作のこと」 (6/7)

  • ウェルカム・ホーム! (幻冬舎文庫 ま 38-1)
  • 『ウェルカム・ホーム! (幻冬舎文庫 ま 38-1)』
    丸山正樹
    幻冬舎
    869円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫 ま 34-1)
  • 『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫 ま 34-1)』
    丸山 正樹
    文藝春秋
    770円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • ワンダフル・ライフ (光文社文庫 ま 29-1)
  • 『ワンダフル・ライフ (光文社文庫 ま 29-1)』
    丸山正樹
    光文社
    858円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 漂う子 (文春文庫 ま 34-2)
  • 『漂う子 (文春文庫 ま 34-2)』
    丸山 正樹
    文藝春秋
    902円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 龍の耳を君に: デフ・ヴォイス (創元推理文庫 M ま 3-1)
  • 『龍の耳を君に: デフ・ヴォイス (創元推理文庫 M ま 3-1)』
    丸山 正樹
    東京創元社
    858円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 慟哭は聴こえない: デフ・ヴォイス (創元推理文庫 M ま 3-2)
  • 『慟哭は聴こえない: デフ・ヴォイス (創元推理文庫 M ま 3-2)』
    丸山 正樹
    東京創元社
    836円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • わたしのいないテーブルで: デフ・ヴォイス (創元推理文庫)
  • 『わたしのいないテーブルで: デフ・ヴォイス (創元推理文庫)』
    丸山 正樹
    東京創元社
    836円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 刑事何森 孤高の相貌 (創元推理文庫)
  • 『刑事何森 孤高の相貌 (創元推理文庫)』
    丸山 正樹
    東京創元社
    902円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

――ところで、丸山さんは、長年ご家族の介護をされていますよね。

丸山:そうですね。大学卒業して6,7年経った頃からそういった生活に入りました。それまでは普通にバイトもしていましたけれど、そこからは基本的に在宅でできる仕事しかできなくなりました。もちろん打ち合わせや取材で出かけることもありますけれど。
それで、ずっとシナリオや啓発ビデオの仕事をしていたんですが、40歳くらいの頃、不況でPRものの仕事がなくなっていったんです。Vシネマの仕事もなくなってしまって、もう二進も三進もいかなくなって。それで、もう小説を書くしかないかなあということで、小説を書き始めました。また、書いてはコンクールに応募する日々となりました。だから小説は私にとって本当に「最後の仕事」ですね。
本当に仕事がなくなった時には、介護の仕事をしようと思って資格も取ったんです。でも結局、介護の仕事に就く前に小説家デビューが決まりました。後に書いた特養老人ホームを舞台にした『ウェルカム・ホーム!』は、介護実習などその時の経験をもとに書いたものです。

――デビュー前は、どんな小説を書いていたのですか。

丸山:いろんなものを書いていました。恋愛ものからミステリからコメディから。漫才師の話なんかも書いて、これは選考で二次くらいまでいったんじゃなかったかな。
だいたい短編で、長くて100枚くらいでした。最初は、純文学の賞に応募していたんです。文芸誌を読んでいたから、すばる文学賞や群像新人文学賞は知っていたので。途中で自分は純文学ではないかもしれないと思って、すばる文学賞に送ったものをほぼ手を入れず枚数だけ調整してオール讀物新人賞に送ったんですよ。そうしたらいきなり最終選考までいきました。そこではじめて、自分が書いていたのは純文学ではなくてエンタメだったんだと気が付いたんです。その後オール讀物新人賞で3回くらい最終選考に残って、松本清張賞にも出すようになって。清張賞に4回目の応募で出したのが『デフ・ヴォイス』でした。

――『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』は、ろう者の両親のもとで育ったコーダの荒井尚人が手話通訳士となり、とある事件に関わっていく物語です。手話の種類や手話通訳士の仕事など知らないことが多かったのですが、いろいろと情報を集めてお書きになったのですか。

丸山:あれを書く前までは、手話のことはまったく知らなかったんです。でも自分は家をあけられないし取材する時間もなかったので、図書館で借りた本を読み、手話の学習用DVDを見て書きました。
松本清張賞の最終選考では青山文平さんと私の決選投票になって、青山さんに決まったんです。その時に私に入れてくださったのが、伊集院静さんと桐野夏生さん。それで、受賞はできなかったものの、『デフ・ヴォイス』も刊行してもらえることになりました。このお二人に対する御恩は忘れません。桐野先生にはその後も勝手ながら本が出来るたびにお送りしていたんです。『ワンダフル・ライフ』の文庫の解説をお願いしたら快く引き受けてくださって、素晴らしい解説を書いていただいて、もう、泣きましたよ。

――『デフ・ヴォイス』を最初にお書きになった時、シリーズ化は意識されていましたか。

丸山:していなかったです。私は『デフ・ヴォイス』を書いてから、2作目を出すのに5年かかっているんですよ。というのも、書いても書いてもボツになったんです。担当者が異動になって文藝春秋とは縁が切れてしまって。何社かから書下ろしの依頼はいただいていたので、その方たちに向けて順番に毎年1冊ずつ書いたんですが、それも全部ボツになって。
そんな時に「読書メーター」で、誰かが薦めてくれたのか火がついて、『デフ・ヴォイス』の登録者が1000人になったんですね。それでようやく文庫化できたんです。なのでシリーズ化云々なんて話はもちろんなかったです。
文庫がちょっと話題になってくれたおかげで2作目の『漂う子』を出すことができて。そんな頃に声をかけてくれていた東京創元社の編集者から、「『デフ・ヴォイス』の続篇はどうですか」と言われたんです。文春で書いたものだから他社で続篇を書いていいのか分からないと思い、文春の方に聞いてみたら「どうぞどうぞ」ということで続篇を書くことになりました。だから、シリーズ化が決まったのは『デフ・ヴォイス』を書いてから6年くらい経ってからなんです。そこから『龍の耳を君に』と『慟哭は聴こえない』と『わたしのいないテーブルで』という続篇を東京創元社から出した後で、第1作の『デフ・ヴォイス』も創元推理文庫に入れてもらいました。
続篇以降は、文献にあたるのでなく当事者にお話を聞いて書いています。1作目を出してからは、ろう者や手話通訳者の知り合いもいっぱいできていたので、山のように題材があるんです。

――その後のどの作品も、社会的に声が大きくない人たちを掬いあげていると感じますが、それは意識されていることなのでしょうか。

丸山:そうですね......。小説を書くというのは大変で、ものすごくエネルギーが要るんです。なので、よほどのモチベーションがないと書けないんです。日頃、新聞やニュース、あるいは身近なところで見聞きしたことで、困ったことや理不尽があるのに世間に全然届いていないと感じることがあるんですね。自分自身もそれを知らなくて驚くと同時に、これは世間の人も知らないだろうから、小説で伝えられたらなって思うんです。そういうモチベーションが生まれたら書く、それだけのことなんですよ。
自分の体験を投影していることが多いのは、やっぱりいちばんよく知っているからです。出し惜しみする理由はないというか。小説にとってなにかいい効果があるのだったら、それは書きますよ。

――『デフ・ヴォイス』に登場する刑事の何森を主人公に、別シリーズも生まれましたね。『刑事何森 孤高の相貌』と『刑事何森 逃走の行先』と。

丸山:『デフ・ヴォイス』シリーズでも人気のキャラクターなんです。それで、小説家としての欲が出てきて、自分なりの探偵小説みたいなものが書きたくなったんですね。何森は刑事ですけれど。『デフ・ヴォイス』の裏の話でもあるので、あちらでは見えていない荒井家の内情が見えたりもします。

――並行して読むとまた面白いですよね。

丸山:そうですね。どちらのシリーズも時間が進んでいるので、荒井家と何森、それぞれの変化をどちらにも書いていくことになります。

――『漂う子』や『ウェルカム・ホーム』はご自身の体験が反映されているとのことでしたが、『ワンダフル・ライフ』も、最初の一篇の妻を介護する男性の話の介護生活については、ご自身の日常が反映されていますよね。あれはさまざまな人が登場する連作形式ですが、最後にびっくりしました。

丸山:正直、びっくりされると思っていなかったんですよ。だから「びっくりしました」という読者の反応に、私がびっくりしています。あの本の最後に添付したものも、実は編集者への説明用として添えたものだったんです。

――全編を読み終えた後で、あのページを見て復習できるのがいいですよね。ネタバレしたくないのでここで具体的には説明しませんが。そして、ドラマ化もされた『夫よ、死んでくれないか』はタイトルにインパクトがありますが、これは、女性たちの生きづらさを書こうと思われたのですか。

丸山:何年か前から、女性のことを書きたいと思うようになったんです。というのも、国連の人権課題の話題で、日本において人権リスクのある人たちとして、障害者や在日外国人と並んで、女性が挙がっていたんですね。それを見て私はびっくりすると同時に、自分は今まで気づいていなかったのか、と思って。きっと自分のように気づいていない人は結構いるだろうから、小説に書こうと思いました。『刑事何森』でもコロナ禍で経済的に行き詰ってパパ活をする女性や在日外国人の女性のことを書きましたが、まだ書き足りていなかったし、特殊な状況かどうかに関係なく、どの女性にも困難があるだろうと思っていたんですね。特に結婚している女性は、夫という存在にかなり抑圧されている部分がある気がしたので、それで書いてみたくなったのが『夫よ、死んでくれないか』でした。
ただ、後書きにも書きましたが、発想自体は、作家になる前に読んだ『夫の死に救われる妻たち』というノンフィクションの存在が大きいですね。それが頭にあったから『夫よ、死んでくれないか』というタイトルにしたんですが、ドラマ化された際にこのタイトルがバッシングされました。自分では「どうか死んでくれないでしょうか」とお願いしているくらいのソフトなイメージでしたし(笑)、実際、女性読者からは「インパクトのあるタイトルだと思った」と好意的な意見が多かったんですけれど。

――最新作『青い鳥、飛んだ』は万引き犯を捕まえようとして誤って死なせてしまったコンビニ店長の柳田と、コロナ禍の影響で困窮し、自分では望んでいなかった仕事に就くミチルが主要人物です。

丸山:『夫よ、死んでくれないか』を出した後、何も書けなくなったんです。2作目が出て以降、1~2年で1冊ぐらいのペースだったのが、この数年は年3冊も出せるようになってありがたかったんですが、どこかでパンクしちゃったんですね。それでいったん仕事をストップしました。その時に、どうせ自分はこれで作家として終わりだから、最後に書きたいものを書こう、と思って。
実は、前から書きたいけれど書けない題材がありました。それがコンビニの店長が万引き犯を誤って死に至らしてしまう話と、体を売らざるを得ない立場になった女性の話でした。それで、プロットをまったく立てずに、この二つの話を同時進行で書いていったんです。一行書いてから次の一行を生み出すという書き方だったので、本当に苦しかったです。

――最初は別々の話だったのですか。作中、二人は意外な形で邂逅を果たしますよね。

丸山:書いている途中で、これは不寛容と自己責任の話としてリンクするなと気づいて、そこからひとつの話として考えはじめました。罪と罰、みたいなことも考えました。刑事罰は受けなくても社会的に大きな罰を受けることって結構ありますよね。その反面、「なぜこれが罪にならないの?」というようなこともある。罪と罰が釣り合っていないなあ、と感じることが前から多かったので、そうしたことを入れ込んでいきました。

――物語は、他にも謎の視点人物が登場しますよね。作中に「M」という人物が登場しますが、終盤まで誰のことか分からないという。

丸山:誰のことか分からない、というのはつまり、みんなそうなる可能性があるんですよ。みんな、被害者にも加害者にもなりうる、ということが書きたかったんです。

――万引き犯を捕まえたことで炎上していく様子や、風俗的なメンズエステでの労働の様子がすごく生々しかったです。

丸山:メンズエステの仕事については、ここまで描いたら読者は不快感をおぼえるかもしれないけれど、その不快感こそミチルの不快感であり、そんな思いをしてまでなぜミチルがそういった仕事をしなくてはならないのか、ということを感じてほしかったんです。
なんか、映画に負けていられないって気持ちがあったんですね。たとえば、「あんのこと」っていう映画があるんですけれど。

――観ました。河合優実さんが主演で、母親に虐待を受け売春を強要されて育ち、違法薬物の常習者になった少女あんが、刑事に勧められて自助グループに参加して更生していくけれど...。実在の女性に関する、ある新聞記事がきっかけになったという作品ですよね。

丸山:ああいう映画に、小説は負けていると思ったんですよね。あれくらい生々しさのある小説をなんで書けないんだろうって。正直、「あんのこと」に負けないようにと思いながら書きました。
でも、純文学はすでにやっているんですよね。たとえば金原ひとみさんの小説、特に『アッシュベイビー』『AMEBIC アミービック』『オートフィクション』のあたりって、ものすごく生々しい描写をしているじゃないですか。ああいう小説に拮抗できるような描写をしたかったんです。

  • 刑事何森 逃走の行先
  • 『刑事何森 逃走の行先』
    丸山 正樹
    東京創元社
    1,746円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 夫よ、死んでくれないか (双葉文庫 ま 29-01)
  • 『夫よ、死んでくれないか (双葉文庫 ま 29-01)』
    丸山正樹
    双葉社
    770円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 青い鳥、飛んだ
  • 『青い鳥、飛んだ』
    丸山 正樹
    角川春樹事務所
    1,870円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • アッシュベイビー (集英社文庫)
  • 『アッシュベイビー (集英社文庫)』
    金原 ひとみ
    集英社
    550円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • AMEBIC (集英社文庫)
  • 『AMEBIC (集英社文庫)』
    金原 ひとみ
    集英社
    594円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • オートフィクション (集英社文庫)
  • 『オートフィクション (集英社文庫)』
    金原 ひとみ
    集英社
    523円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

» その7「最近の読書と今後の予定」へ