その1「本が大好きな子供」 (1/7)
――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
渡辺:一番古いとなると、やはり絵本の記憶が強いです。たくさん本を買ってもらうというよりは、よく近くの図書館に連れていってもらっていました。借りられるマックスの冊数まで好きな絵本を借りて、夜寝る前に母が読んでくれるのが習慣でした。字が読めるようになってからも絵本が好きで、自分で読んでいました。
――図書館では自分で絵本を選んでいたのですか。
渡辺:そうですね。ジャケ買いのように表紙で選んだりもしていました。あと、同じものを何度も読むのが好きな子供だったんです。「14ひきのシリーズ」という、ネズミのシリーズがありまして。12冊くらいあるなかで、私は『14ひきのおつきみ』と『14ひきのあきまつり』の2冊を推していて(笑)、そんなに借りるなら買えばいいのに、というくらい何度も借りていました。食べ物がたくさん出てくるので、その絵を見るのが好きだったんだと思います。添えられた文章も美味しそうな感じに書かれてあるので、どはまりして読んでいました。
――本好きになったのは、親御さんやごきょうだいの影響もあったのでしょうか。
渡辺:兄が一人いて、小さい頃は一緒に絵本を読み聞かせてもらっていた気がするんですけれど、小学校に上がってからは兄は読書に興味はなさそうでした。両親はともに本が好きで、家にはそれぞれの本棚がありました。そこから勝手に本を手にとっていました。小学生の頃、西原理恵子さんの『まあじゃんほうろうき』を読んだことを憶えています。絵が多いから、絵本と同じラインの本だと思ったんです。
――理解できていたんでしょうか。
渡辺:どうでしょう。麻雀という大人のゲームの話だなという印象を持っていたと思います(笑)。
――小学校に上がってからは、学校の図書室も利用されたのですか。
渡辺:図書室が大好きでしょっちゅう行っていました。教室の後ろにも学級文庫みたいに本が並んでいたので、それを休み時間に読みすぎて友達に怒られました。休み時間は貴重な交流できる時間なのに私が読書をしているので、「こっちと喋れよ」みたいなことを言われたんです。自分でも「確かにそうだな」と納得し、本は家で読むようにした記憶があります。
――自他ともに認める本好き、みたいな感じだったんですね。
渡辺:そうですね。本はもの心ついた時から唯一続いている趣味というか。
――自分でお話を作ったり、想像したりすることはあったのですか。
渡辺:それが一切なくて。読んで楽しい本というものが自動的に存在していると思っていて、それを誰かが書いているという意識すらなかったです。なので自分がそれを作り出すという発想もなかった気がします。
――国語の授業は好きでしたか?
渡辺:好きでした。"活字好きの人間あるある"だという気がするんですけれど、最初に教科書が配られた時に、国語の教科書は読み切ってしまっていました。国語の授業が好きだったというよりは、あまり授業を聞かずに教科書を読んで一人で楽しんでいて、そういう意味で国語の授業は好きな時間ではありました。
――作文や読書感想文はいかがでしたか。
渡辺:作文はわりとノッてくると得意だったんです。授業中、「書け」と言われてから最初の30分くらいは書けずにぼんやりしていて、書き始めると原稿用紙が足りなくなって先生にもらいに行く、という感じでした。
でも、読書感想文は苦手だった記憶があります。感想なんて楽しかったとか面白かったとかくらいしかないよと思っていたので、感想文にまとめあげるのは苦手でしたね。
――次から次へと読む感じだったようですが、印象に残っている作品はありますか。
渡辺:最初に自分の中でタイトルも作家も憶えた児童書は、ミヒャエル・エンデの『モモ』でした。たぶん小学校1年生くらいだったと思います。それは自分がどこで読んでいたかも憶えています。アパートの畳の部屋のタンスの上に『モモ』が置いてあって、勝手に取って読み始めたんですよね。それが文字の多い本を最初に読んだ記憶かもしれないです。
確か、母が私のいとこから借りたか何かで家にあったんです。普段の父と母の読書傾向は本当に大人向けの本ばかりだったので、珍しいタイミングで出会えたと思います。
――国内外問わず、なんでも読む子供だったのですか。
渡辺:そうですね。『モモ』の次に手に取った児童書がたぶん、「ハリー・ポッター」シリーズなんです。第1巻の『ハリー・ポッターと賢者の石』が日本で発売されたのが、私が小6か中学に入るくらいで、主人公と同世代ですごく共感できたんですね。ものすごくはまりました。それからは新作が出るたびに読んで追いかけていました。
――一大ブームだったと思うのですけれど、周囲も読んでいました?
渡辺:読んでいる子は周りに1人か2人くらいしかいなくて。新刊が出るたびにその子たちとその話で盛り上がっていました。2、3年遅れて映画になってからは、もっと多くの子とハリー・ポッターの話ができるようになりましたけれど。でも、私は過激な原作信者じゃないですけれど(笑)、「映画はちょっと違うんだよな」みたいな気持ちがありました。
映画では原作を端折られてしまうのがどうしても気になるんです。あの場面がいいのになんで削るんだろう、みたいな気持ちが強くて、「映画じゃ無理なんだよな」と思っていました。
――厳しい目を持っていたんですね。
渡辺:思春期のほうがこだわりが強かったというか、過激派なところがあって。ちょっと気に入らないと嫌だ、となってしまうタイプだったと思います。でも、その頃も本は自然発生しているものだという感覚で作者がいると思っていないので、読んで面白くなかったとしても、「これはそういう本なんだ」「自分には合わなかったな」と思うくらいでした。本に対しては「なんでこうしないんだ」みたいな気持ちはなかったです。
原作のある映画に対しては違ったのは、本を元にして人が作っているのが分かりやすかったせいもあると思います。中学時代、小説の『バトル・ロワイアル』がすごく好きだったんですけれど、それも映画を観て「あ、削られている」と気づいて憤りを感じていました。








