作家の読書道 第283回:渡辺優さん
2015年に『ラメルノエリキサ』で第28回小説すばる新人賞を受賞、翌年同作を刊行してデビューした渡辺優さん。最新作『女王様の電話番』は直木賞候補にもなって話題に。ミステリ要素やSF要素を取り込みつつ、現代社会のありようや人々の心情をさまざまな形で描き出す作風は、どのように育まれてきたのか。読書遍歴を中心に来し方をおうかがいしました。
その4「翻訳学校に通い、小説を書き始める」 (4/7)
――卒業後は、どうされたのですか。
渡辺:就活の最初の、大きな会場の合同説明会的なイベントに行った時点でもう心が折れて。そもそも週五で働きたくないし、その頃はまだリモートワークという概念もなかったので、もし就活して会社に入っても自分は絶対にどこかでくじけて無理になって終わるだけだから、翻訳家を目指したほうがまだ現実的だなと思いました。
卒業した年は、たしか大学時代のアルバイトをそのまま続けたか派遣会社に登録したかで、就職はしませんでした。それで、半年後くらいに翻訳学校に入学して通い始めました。働いてはいたけれど、実家暮らしで寄生している状態の生活をしばらく続けていました。
――翻訳学校はいかがでしたか。
渡辺:わりと真面目に通っていたんですけれど、職業的なレベルまで達するのに時間がかかって、そのうち課題も真面目にやらなくなってしまって。海外のニュースを耳で聞いて訳出する授業があったんですけれど、それも聞き取れた部分をネットで検索して、ニュースの全文を入手して訳出するというズルをしたりして。自分でもこれでは通っている意味がないし、このままだと翻訳家にはなれないと思うようになりました。
ただ、日本語の訳出の文だけはめちゃめちゃ褒められていたんですね。なので、日本語の文章のほうをこれだけ褒められるなら、日本語で何か書いてみようかなと思ったのが、小説を書き始めたきっかけです。それが25歳の時でした。でも最初は、びっくりするくらいぜんぜん書けませんでした。
――どういう小説を書こうとしたのですか。
渡辺:最初に書きあげたのは、多重人格の高校生の男の子がいて、自分の周りで起こった連続殺人事件の犯人が自分ではないことを確かめるために頑張る、みたいな話でした。高校時代、学校帰りに本屋さんで読んでいた本の中にダニエル・キイスの『五番目のサリー』があって、大好きで繰り返し読んでいたんです。それが、多重人格がテーマの小説だったので。
――ミステリを書こうと思ったわけではなく、今まで読んできたものの影響を受けて書いたら多重人格ものだった、という感じですか。
渡辺:そうですね。ミステリ作家とそうでない作家がいるということもその時はあまり考えていませんでした。とにかく自分の好みの方向に全部つぎ込むという書き方でした。
――多重人格の男の子の話、面白そうです。
渡辺:面白かったと思うんです(笑)。ちゃんと最後まで書ききって、これは受賞するだろうと思ってメフィスト賞に応募したんですけれど受賞できなくて。編集者の方の座談会で面白かった応募作にはコメントがあるのに、それにも引っかからなくて、一回書いただけじゃ駄目なんだ、ちゃんと真面目に書かなきゃいけないぞと思って、気合を入れ直して二作目を書き始めました。
――二作目はどんな内容だったのですか。
渡辺:社会人の男性が主人公で、同棲している恋人を殺してしまったシーンから始まるんです。その死体を埋めるために中学高校時代を過ごした田舎町に行くんですけれど、埋めているところを中学高校時代に仲がよかった女友達に目撃され、その女友達がちょっとメンヘラをこじらせていて、脅すというか、目撃したことを匂わせてくる...みたいな話です。それもなにかの影響だったのか、人が死ぬところから始めると書きやすいという感覚があった気がします。
――それもメフィスト賞に応募したのですか。
渡辺:小説野性時代フロンティア大賞だったと思います。それは二次選考まで通りました。一次選考を通った時点でもう、ものすごく嬉しかったです。それまで自分が書いたものを誰かに見せたことがなく、小説を書いていることも誰にも話したことがなくて、自分の書いたものが果たして小説として成り立っているのかも分からなかったんです。そもそも日本語として意味の通る文章になっているのかも不安だったので、一次選考を通るということはとにかく小説を書けているんだと思えて嬉しかったんです。
その後、二次選考にも通ったので、これは小説家になれると思って。二次選考の次には進めなかったんですが、いけるという気分になって三作目を書き始めて。それが『ラメルノエリキサ』でした。


