作家の読書道 第283回:渡辺優さん
2015年に『ラメルノエリキサ』で第28回小説すばる新人賞を受賞、翌年同作を刊行してデビューした渡辺優さん。最新作『女王様の電話番』は直木賞候補にもなって話題に。ミステリ要素やSF要素を取り込みつつ、現代社会のありようや人々の心情をさまざまな形で描き出す作風は、どのように育まれてきたのか。読書遍歴を中心に来し方をおうかがいしました。
その7「新作と今後について」 (7/7)
――最新作の『女王様の電話番』は、恋愛至上主義のような社会に馴染めない二十代の志川が主人公です。〈この世界はスーパーセックスワールドだ〉〈私はそのことに気づくのがひとよりたぶん遅かった。だから仕事を失った〉という彼女が見つけたアルバイトは、メンズエステの電話番。執筆のきっかけはどこにあったのですか。
渡辺:作家になる前から、誰もがヘテロセクシャルでセックスする人間だということが前提になっている世界に違和感があったんです。編集者と打ち合わせしていた時に、その愚痴みたいなことを話したら、「そういう小説が書けるのではないか」とご提案をいただきました。それで、自分の価値観は社会のメインの価値観とは違うなと感じる部分を小説に書けたらなと思って。自分が違和感を持っている世界を短い言葉で表そうとした時に、「スーパーセックスワールド」という言葉がすっと出てきました。
――志川自身は、異性を好きになることはあっても、セックスが無理。アセクシャルという言葉は知っているけれど、自分がそれに当てはまるか分からずにいます。そんな彼女が偶然見つけたアルバイトは、性風俗店の電話番だという。この人物やシチュエーションの設定はどのように考えたのですか。
渡辺:自分の中に蓄積されてきた違和感を小説に落とし込むのが難しくて、どうしたらいいか考えている時に、スーパーセックスワールドのことがよく分からない主人公にすれば書けるかなと思いました。アルバイト先については、以前私自身がバイトを探していた時に、コールセンターの求人だと思って行ってみたらデリバリー風俗のお店だったことがありました。そこで一日だけアルバイトしてみたら、本の中に書いたような驚きや戸惑いがいっぱいあって。私には無理だと思って一日でやめたのですが、スーパーセックスワールドについて書こうと思った時、すぐにその時の体験を思い出しました。
主人公の前職は不動産業ですが、じつは私は不動産業でも働いたことがあるんです。短いスパンでいろんなアルバイトをしてきた体験が今活きているのは、本当にありがたいなと思っています(笑)。
――志川はバイト先で美織さんという優しい女王様に好感を持ちますが、彼女が突然音信不通になる。店の人たちは「よくあること」として放ったままですが、心配になった志川は彼女を捜し始め、常連客たちにコンタクトをとる。すると、人によって美織さんの印象が少しずつ違っていて...という。ここからちょっと探偵小説っぽくなりますね。
渡辺:美織さんの失踪は最初のプロットから決めていました。ミステリ要素やサスペンス要素のある話を読むのが好きなので、書く時もそういう要素が入ったほうが楽しいんです。それに、主人公が世界に対して文句を言うだけで終わるのでなく、何かしら動いて成長していく話にしたかったんです。
――美織さん捜しの過程で出会う人たちや、友人や昔の同僚らとの関わりあい、そして美織さんの真実を知ることで、志川は自分自身に向き合っていきます。
渡辺:最初は、主人公がスーパーセックスワールドの世界で自分なりの居場所を見つける話にしようと考えていたんです。でも、どう落としどころをつけたらいいのか、ぜんぜん分からなくて。だったらその"分からなさ"をきちんと書こうと思いました。
――読者の方々の反応はいかがでしたか。
渡辺:分かると思ってくれる人と全然分からないという人と両極端に分かれるとは思っていたんですけれど、思った以上に分かれたな、と。「自分のことのようだ」といってとても心のこもったお手紙をくださる方、「自分は主人公とは違うけれど、こういう気持ちは分かる」みたいに言ってくださる方もいて。すごく嬉しいです。でももちろん、「主人公がなんでこんなことをするのか分からない」という感想もあって、自分でも「そうだよな」と思ったりします。
その視点はなかった、という感想もありました。「風俗店を利用するのはものすごくプライバシーにかかわることなので、店のアルバイトの女性から私的な理由で連絡があったら恐怖だ」と言ってくれた男性の友人がいたんです。お客さんサイドの個人情報の扱いに対する気遣いを考えていなかったと気づきました。それもまたスーパーセックスワールドのルールをひとつ破っていることだろうなと思うので、もし書いている途中に気づけていたら、そのことにも作中に触れられたんですけれど。
――今作は直木賞の候補にもなりましたね。
渡辺:嬉しかったです。最初はなかなか信じられなくて、編集者さんたちに連絡するのもちょっと遅れました(笑)。
今回は残念ながら受賞とはならなかったんですが、選考会の日に「受賞しませんでした」という電話連絡をいただいた瞬間から、ものすごくやる気が湧き出てきました。
それまでは正直、候補になってもまだ「直木賞」というものに現実味を感じられていなかったんですけど、「候補になったけれど獲れなかった」となった瞬間に、賞をいただけるようないい小説が書きたいという気持ちがすごく強くなりました。
――最後に、今後の刊行予定を教えてください。
渡辺:いちばん近い予定は、中央公論新社さんで今年刊行を目標にして書いているもので、内容を一言で説明するのが難しいんです。過疎化が進んだ田舎の図書館が閉館することになって、図書館に勤務する男性が資料整理をしていたら町で過去に起きた事件の記事が出てきて...。ミステリではないんですけれど、ちょっとその要素も入った話にできればと思っています。他にもいろいろ予定は入っているので、順々に書いていくつもりです。
(了)

