作家の読書道 第291回:砂村かいりさん
小説投稿サイト「カクヨム」の第5回カクヨムコンの恋愛部門で、『炭酸水と犬』『アパートたまゆら』が特別賞をダブル受賞。二作とも書籍化されてデビューをはたした砂村かいりさん。恋愛小説に限らず、現代社会を生きる人々の葛藤や再生を丁寧に描く著者は、どんな本を読み、影響を受けてきたのか。愛読書について、たくさんの書名を挙げてくださいました。ご堪能あれ。
その6「大学進学で東京へ」 (6/9)
――大学進学は、どのように決められたのですか。
砂村:親が、18歳になったらいったん家を出ていけという方針で。わたしも実家を出たかったのでこれ幸いとばかりに東京の大学に進学しました。別に東京にこだわっていたわけではないんですけれど、高校で英語科だったし大学でも英語をやりたいなと思い、都内の私大に進学して一人暮らしをはじめました。
大学には、大学生協がありますよね。その生協の書店のコーナーが、また人生を変えてくれました。そこで山本文緒作品に出会ったんです。
ちょうど山本文緒フェアをやっていたんですよね。平台に文庫が平積みされていて、最初はなんかタイトルや表紙がかわいいなと思って買ったんですが、読んでみて撃ち抜かれました。最初に読んだのは『ブラック・ティー』だったと思います。軽犯罪をテーマに描かれた短編集です。こんなにも揺さぶってくる人がいるんだというのが衝撃だったし、文体や言葉選びがめちゃくちゃ好みで、勝手に自分の感性との相性がいいなと感じていました。好きな作品は挙げたらきりがないです。『パイナップルの彼方』とか『みんないってしまう』とか『きっと君は泣く』とか『紙婚式』とか......。本当に、ただただ好きとしか言えないです。世に出ている山本文緒作品を全部読もうと決めて、お金をやりくりしてその時買えるものは全部買いました。それをベッドの脇に積み上げて、夜な夜な読み進めてそのタワーを切り崩していく日々を過ごした時期がありました。
角田光代を読み始めたのも大学時代でした。『愛してるなんていうわけないだろ』というエッセイ集を最初に読み、その後小説を次々に読み進めました。傑作ばかりで選びきれないですが、短編集なら『太陽と毒ぐも』や『ドラママチ』、長編なら『森に眠る魚』『ひそやかな花園』などを挙げたいです。
江國香織に出会ったのもこの頃だったのかな。『落下する夕方』や『ぬるい眠り』は衝撃的でした。編集者さんとよく、「本好きの女性って絶対、江國香織期を通過しますよね」という話をします。江國香織しか読まない時期というのが誰しもにあって、わたしもその時期に出ていた江國作品は全部読みました。
サークルは文芸研究会に入りました。ほぼほぼ男性しかいなくて、BOXと呼ばれる部室で煙草をスパスパ吸っていてスモハラ状態でした。みんなと本の貸し借りもしたんですけど、わたしに花村萬月ばかり貸してくる同学年の男の子がいました。最初は自分で買った『風に舞う』という、花村萬月にしては爽やかな作品がおもしろかったのでそのことを話したら、それをきっかけに既刊のドラッグ・セックス・バイオレンスみたいな作品ばかりどんどん貸しつけてくるようになって。『ゲルマニウムの夜』を含めどれも読んでは返していたのですが、『二進法の犬』のわりと序盤で女の子同士が闘うシーンがあったんですね。カッターの刃を二枚持って。なぜそうするかというと、傷は一本つけただけであればいずれ修復するけれど、二本平行して傷つけると互いが引っ張り合って治りにくい、みたいな描写があり......。さすがにその時「わたしには無理だ」と限界を感じ、その子に「もう花村萬月はいいから」と告げました。
――サークルでは創作はされたのですか。
砂村:まわりは主に小説を書く人ばかりでしたが、わたしは短歌を詠んでいました。今のような短歌ブームも来ていない頃ですし、めちゃめちゃ異端派だったんですよね。機関誌を作る時も、短歌は贅沢にページを使うからと恨み言も言われました。みんな現代短歌を知らないし歌集も読まないから、むちゃくちゃな批評をされて結構むかついていました(苦笑)。でも卒業する頃には、「砂村さんの歌を4年間読んで、なんか良さがわかった気がする」みたいなことを言わしめたので、溜飲が下がる思いでした。
この頃、星新一のショートショートの形式を引き継いだ阿刀田高をめちゃくちゃ読んでいました。『ブラック・ジョーク大全』なんかは今だったらポリコレ的にアウトな内容も多かったかもしれません。阿刀田さんには、『ギリシア神話を知っていますか』『コーランを知っていますか』といった教養シリーズがあって、これがめちゃくちゃおもしろくて。高校の時に世界史の先生がギリシア神話のおもしろさを授業で話してくれて、それではまって先生の私物のギリシア神話の本を借りて読んでいたりしたんですね。なので、大学に入ったらもっと別のベクトルからギリシア神話を読んでみたいし、世界の古典は知っておくべきだなと思っていたんです。阿刀田さんの「知っていますか」シリーズはわかりやすく、易しく、ユーモアたっぷりに教えてくれるので、本当に重宝しました。
それと、大学生の時にジュンパ・ラヒリにはまりました。最初に『停電の夜に』を読んで、これまで読んできた海外文学とは全然手触りが違うなと思って。わたしは中学生の頃にオー・ヘンリーが好きだったんですが、ラヒリは優れた短編に送られるオー・ヘンリー賞を受賞しているんですよね。
勝手にカテゴライズしていいのかわからないけれど、ラヒリのような出自を持つ作家の作品は「移民文学」と言われていますよね。コルカタ出身のベンガル人で、2歳で渡米している。価値観にしても経験にしても、そういうバックボーンを持つ作家にしか書けないものがあるように思いました。それで撃ち抜かれて、ずっと追っていくことになる作家になりました。『わたしのいるところ』なども大好きです。
――ところで、どんなことを専攻されたのですか。
砂村:アメリカのロストジェネレーション作家と呼ばれるヘミングウェイ、サリンジャー、フィッツジェラルドあたりを研究するゼミに入りました。卒論はヘミングウェイで書いたのですが、それは高校生の時に『老人と海』を貸してくれた友達の影響だったのかもしれません。やっぱり本の貸し借りって、人生に影響しますよね。『老人と海』を貸してくれた子は同じ写真部でしたが、特別仲がいいわけではなかったんです。あの頃って、その程度の距離感の相手とも本の貸し借りをするのが普通だったんですよね。で、その『老人と海』が非常に印象的で、ヘミングウェイを掘ってゆくきっかけになりました。卒論では、ヘミングウェイの短編に頻出するニック・アダムスという人物について書きました。
それと、一般教養の授業でシェイクスピアの四大悲劇なんかも原文で読みました。シェイクスピアの作品って戯曲だから、翻訳ではわからないけれど、原文ではきれいに韻を踏んだりしているんですよね。言語感覚がめちゃめちゃ鋭い人が書いている。現代英語とは違う、近代英語で書かれているので、英語は得意だったはずなのに最初は読めなくて、そういう体験も新鮮でした。
英文科ではそういった貴重な知識をたくさん得られましたが、卒業した後でふりかえってみると、大学では文学よりも語学がやりたかった、やるべきではなかったか......という思いもあります。文学は独学でもある程度はできるけれど、語学はそうはいかず、対面で先生に教わることの意義が大きいと思うので。





















